第5話 能ある虎の兄

「シャーナ!勝負だ!!」


それはいつもの散歩の最中の事だった。


そう言って私の前に立ち塞がった一匹の仔虎。

族長さんちの長男君である。


「何故?」


私は首を傾げた。


「オレの弟をさらしモノにしてよくも抜け抜けと!」


そう言って私の首に顎の力だけでぶら下がる白い虎ストラッップを見つめながら、敵意剥き出しにぐるる、と唸る。


私相手に結構な威嚇をしてくる長男君を眺めながら思った。


気持ちはなんとなくわかる。


と。


しかし残念ながら、長男君の威嚇はお子様方なら怯むかもしれないが、私からすれば不機嫌そうね、どうしたの?くらいなもんである。


申し訳ない。


しかしながら、ストラップこれは不可効力であり、今更である。

クジャはすでにこれが私に対する定位置だし、首に何もぶら下がってない時は他の虎に「今日はどうしたの?」って聞かれるくらいに周囲も馴染んでしまっている。

因みにこの婚約者ストラップ、ちょっとでもオスが私に近づく気配あれば、グルグル唸る警報付きでセキュリティー面もばっちりである。今の処、メスが近づいても大人しくぶら下がっているだけで誤作動は一切ない。


「いい加減、弟を放せ!」


それは私にではなく、弟に言ってやってほしい。放さないのは弟の方である。


私だってちゃんと努力した。

族長の家にお伺い立てて、この噛みつき癖とムラのオスへの威嚇、何とかなりませんか?ってちゃんと相談に行ったのだ。


難しい顔で唸る族長の隣でその奥さんは言い放った。


「強者への威嚇は強くなれば問題ない。一度喰らい付いたら離さないその心意気や良し!!」


言ってる意味がよくわからなかった。


後でこっそり族長に「ウチの妻と息子が済まない」と謝られた。


最近の子は顎が弱いから、顎の力を鍛えるという理由で、しばらくそのまま放置しといてと族長には言われた。


現代もやしっ子がスルメやタコ噛めないとかそんなレベルではないのだが。


むしろ、最近のクジャは小さな小骨程度ならバリバリ噛み砕く。

これ以上顎の力を鍛えなくとも十分ではないだろうか、と問うたところ、


その内なおさせるから、と族長に力なく言われると、それ以上は強く言えなかった。


私は目の前の毛を逆立てる仔虎を眺める。


この怒り具合から察するに、長男君にはどうやら連絡は行き届いてなかったようだ。


仕事に関しての報告ほう連絡れん相談そうも大事だが、家族間でもそれは大事にして欲しいところである。


しかし、随分と言葉が達者だなぁ、と思わず関心した。確か、クジャの一つ上だった筈である。


「難しい言葉をたくさん知ってるな。偉いぞ」


途端、首にぶら下がるクジャと、長男君が同時にピクリと反応した。


「そ、そんなことで騙されないからな!!」


そう反論した長男君の声に先程の迫力はない。


褒められて嬉しいのか、弟が蔑ろ(?)にされて怒っているのか、どっちかにした方がいいと思う。


折角の威嚇が台無しである。


対してクジャはと言うとぐるるぅっと喉の奥で不機嫌そうに唸っている。

正直、他虎(ヒト)の急所に噛みつきながら唸るのはやめてほしい。


「俺を褒めて誤魔化そうなんていかないんだからな!」


うむ。内情はどうあれ、中々賢いお子さんである。さすが、族長さん家の長男君である。

感心しているとぼてり、とクジャが喉から落ちた。


「クジャ!」


長男君が叫んでクジャにダッシュする。


「クジャ?」


お兄ちゃんが弟の顔を除き込む。

何この萌えショット。


そう思い、眺めていると、クジャがキッと長男君を見上げた。


「お兄ちゃん、きらい!!」


予想外の反撃だったのだろう。ガーン!と背中に効果音を背負い、硬直する長男君。


「クジャが、オレのクジャが……」


ふるふると長男君の身体が震える。


「しゃ、しゃ……」


「シャーナのブスー!!!」


「しゃーなにあやまれーー!!!」


長男君は私に捨て台詞を残し、泣きながら走り去り、クジャがその後を追う。


結局は年齢の差か体力差か。クジャが視界から消えて直ぐに戻ってきた。

私は長男君が消えた方角を眺めながらポツリとつぶやいた。


「ふむ、ブス、とは。中々新鮮だな」


「しゃーなはブスじゃないもん!しゃーなは美人だもん!しゃーなはつよいんだもん!!!!」


今度はワンブレスで言い切った婚約者殿を見下ろす。


「最後の一言がよくわからん」


「しゃーなはボクのおヨメさんで、強いってこと!!」


私はたった今起こった怒涛の出来事を思い返してみた。


そして未だご立腹の様子のクジャを見下ろす。


「そういう話だったか?」


「そういうはなしなの!!」


すごい剣幕で反論された。

その日、婚約者殿の不機嫌は、昼寝から覚めるまで続いた。



「しゃーな、しゃーな!」


木陰で微睡んでいた目を開けると、私の前に丸々太った野鼠を2匹並べ、クジャがちょこんとお座りしていた。


「しゃーな、しゃーな、ほめて、ほめて!」


私はむくり、と身を起こすと、いつものようにべろり、と顔を舐めた。


いつもならここで満足するクジャだったが、今日は様子が違った。


「ちーがーうー!おにいちゃんみたいにえらいぞっていって!」


何故そこで長男君が出て来るのか。

その関連性が理解できずに首を傾げる。


「えらいぞ?」


「なんでくびかしげるの!かわいいからいいけど!」


いいのか?


結局クジャはぶちぶちと文句を言いながら私の毛づくろいを始めた。


それでも理解できずに物問いた気に白い仔虎を見やれば、


「もういい!」


と、プイッと私から顔を逸らし、それでもチラチラと眺め、野鼠を食べ終わると無言でもそもそといつもの定位置に潜り込み、不貞寝を決め込んだ。


どうやら難しいお年頃らしい。


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