第16話 花火大会のその後で

 夜空に大輪の花が咲いた。

 その足下、暗くなった海上には幾つもの屋形船が浮かび、特等席で花火の観覧が行なわれていた。

 その内の一艘に、不破ふわ藤司とうじは婚約者と共にいた。


「それにしてもラッキーだったな」

「え、何がですか?」


 手すりに両腕をもたれさせて呟く藤司に、婚約者の脇谷わきや弘子ひろこが首を傾げる。

 若く美人で、おまけに藤司の勤める会社の社長の娘である。


「いや、この花火大会への招待状さ。いつの間に、こんな懸賞出したんだい?」

「あら、私、てっきり藤司さんが出したモノかと思ってましたけど……?」

「……え、君じゃなかったのか?」

「はい」


 じゃあ誰が、と不思議に思ったが、日本酒の酔いが回った頭はそれ以上深い追求をすることが出来ない。


「……ま、いいか。料理も上手いし」

「そうですね」


 酒も料理も、当然全てタダだ。

 一流の料理人が腕を振るった舟盛りを始め、豪華な食事がテーブルに並んでいる。

 飯は腹に収まってしまっているし、今更、人違いでしたも通じないだろう。

 また大きな音が鳴り響き、これまでで一番大きな花火が開いた。

 真っ赤な照明が、空を仰ぐ2人を照らす。


「……素敵な花火。結婚前に心に残る、素敵な思い出が出来ました」

「だな」


 その時、ポチャポチャ、と小さな音が海からした。


「ん?」


 藤司は、海面を見下ろす。


「どうかしましたか?」

「いや、雨か何か降ってきたような気がしたんだが……気のせいかな」

「花火の玉の破片とか……じゃないでしょうか?」


 どういう彼女も、ちょっと自信がなさそうだ。


「ふーん、そういうのもあるのか」

「いえ、私もよく知りませんけど」

「まあ、いいや。それより、花火を楽しもうか」

「はい」


 その夜、2人は身を寄せ合って、花火大会を堪能した。




 三日後。


「ん……?」


 会社から帰った藤司は、マンションのポストの中に妙なものを見つけた。

 パッケージされたDVDだ。

 差出人は、何だか聞いたこともない事務所だった。どうやら便利屋とかいう職種らしい。

 先日婚約者と楽しんだ、花火大会のメイキングビデオとシールに説明が貼られている。


「変わったアフターサービスだな」


 妙に思いながらも自分の部屋に戻った藤司は、ネクタイを緩めながらDVDをデッキに入れた。

 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ソファに腰を下ろす。

 再生されたそれには、藤司の予想もしなかったモノが映っていた。


「えっと……ちゃんと映ってますね。よし」

「……幸!?」


 それは、前に付き合っていた彼女、碓氷うすいさちだった。

 顔立ちは悪くないが、今一つ華がないというかパッとしない女性だ。

 精一杯のオシャレなのだろう、ずいぶんといい浴衣を着ているようだ。

 撮影は、何だか妙なアングルだ。

 俯瞰、というのか、上から見下ろす形で、座り込む幸を映している。周囲は暗いが、何だか妙に狭い場所のような印象を藤司は受けた。

 画面の向こうの幸は、控えめな笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、藤司さん。幸です」

「な……何で……?」


 それがまるで聞こえているかのように、幸は両手を合わせた。


「あ、不思議に思ってるでしょうから、これから説明させてもらいます。海上花火大会、如何だったでしょうか? 楽しんで頂ければ、幸いです」

「…………」


 今の一言で、あの招待状の差出人が分かった。


「ネットオークションで落札した招待状や屋形船のサービスは、闇金融でお借りしました。借り逃げですね。あの人達には申し訳ないですけど、お金は全部貴方に捧げてしまいましたので、他に方法がなかったんです」


 藤司は、缶ビールを煽った。

 グラスも用意したが、使う余裕がない。

 そう、自分は大学時代から付き合っていた彼女を捨て、社長令嬢を選んだ。

 それは事実だ。

 しかし……何が狙いだ?

 冷房は効いているはずなのに、汗が止まらない。


「これが、最後のプレゼントになります。大好きだった貴方を失い生きていてもしょうがないので、私はここで命を絶とうと思います」


 その言葉に、藤司はギョッとした。


「ま、待て……」


 その一方で、ホッとしている自分に愕然とする。

 彼女の存在は、藤司の未来にとって決して望ましい存在ではない。

 いなくなってくれるなら、それに越したことはない。

 自分の冷たさを自覚しつつある藤司に構わず、画面の中の幸は言葉を続けていた。


「最後に、私の一番綺麗になった姿を心に刻んでもらおうと思い、こんな方法を取りました。去年貴方と見たアレが、とても印象に残ってましたから……」


 去年のアレ?

 何だっただろう、と考えるが思い出せなかった。


「これを見ている頃には、私はもう死んでいるはずですが、きっと綺麗に散れたと信じて、そろそろビデオを切ります」


 大きな音が響き、パッと画面が明るくなった。

 幸は、何やら太い筒のようなモノの中にいるらしい。

 土管……? と一瞬思ったが、すぐに藤司は明滅する照明に思い出した。

 これは、花火大会のメイキングビデオという名目で送られてきた。

 それが事実だとするならば。

 そして、彼女がしようとしていることは、つまり。

 画面が傾き、夜空が映る。

 ひゅるるるる……と音が鳴ったかと思うと、新たな花火が咲き乱れる。


「あ、そうそう。婚約者さんと一緒に見てくれていると一番いいんですが、そうじゃない時のことも考えて、念のため彼女のおうちにも送っておきました。じゃあ、この辺で失礼します」


 ビデオはそこで終了した。

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