バーチャル空間

 私は再びPCのブラウザを立ち上げ、手掛かりを片っ端から検索ウィンドウに入力して調べていった。一般の検索サイトはもちろん、会員制の掲示板、ソーシャルネットワークも含め、個人の発言が閲覧できるコミュニティをしらみつぶしに当たって行く。捜査用にとあらかじめ取得してあった様々な属性のダミーアカウントが多いに役に立った。


 少女P:アーちゃんのたんじょうび、どうする?

 少女Q:えーいつだっけ

 少女P:ひどい、27日じゃん

 少女Q:てへ、そうだった。アーちゃんネットに全然来ないから


 別のスレッドから、少女Qと少女Rが結び付く。


 少女Q:来週アーちゃんのお祝いするよ

 少女R:ああ、ゴトちゃん27日だ

 少女Q:は?

 少女R:ごめん、中学からの友達はゴトちゃんって呼ぶのよ

 少女Q:ほー、で三茶?

 少女R:乗り換えタリー、シモキタは?

 少女Q:でもいいよ。こじんじょーほーっぽくなるから、あとはメールに移らね?

 少女R:らじゃー


 手掛かりを含む会話の断片を集められるだけ集めて解析し、可能性の高いものを絞り込んでいくと、この世田谷の女子高生たちのスレッドが残った。どうやら中学からの友人らしい少女Rが一番当人と近そうだ。三茶、シモキタはそれぞれ三軒茶屋、下北沢で世田谷区の繁華街の地名を指す。三軒茶屋には乗り換えが面倒で下北沢には行きやすいのであれば、小田急線か井の頭線の沿線となるが、井の頭線なら遊び場は渋谷が候補に入ってくるはずだ。したがって少女Rの自宅は、私のオフィスと同じ小田急沿線ということだろう。少女Rのアカウント名は<umiko777>。次のミッションはumiko777とのコンタクトだ。

 umiko777のネット上の活動は旺盛だった。高校生に人気のありそうなコミュニティには概ね参加していて、頻繁に発言していた。とはいえオープンなコミュニティサービスのほとんどは友達申請をして承認されないと、一対一のやりとりはできない。そこで私は、彼女が最近始めてハマっているというソーシャルゲームアプリを自分のスマートフォンにインストールし、彼女が掲示板で公開していたIDにゲーム内からフレンド申請した。最近のスマホ用ゲームは、ほとんどがソーシャル型になっていて、IDさえわかれば見知らぬ他人とフレンドとして一緒に戦ったりポイントを分け合ったりできるようになっている。そして、本人が好むと好まざるとにかかわらず、直接相手にメッセージを送ることができるのだ。

 夕方五時を回った頃、彼女からフレンド承認の通知が届いた。私は礼を述べた後、新参者にサービスで与えられるポイントをすべて彼女にプレゼントし、amigo11z7を知っているかと尋ねた。


 umiko777:知ってるよ、仲いいよ

 yunadoki:会って話が聞きたい

 umiko777:あーいきなりかよ、ゲーム内は誘うの禁止だよ

 yunadoki:なるほど、じゃあこっちに頼む


 私は、いきなりターゲットを引き当てたことに内心歓喜しながら、監視システムに引っかからないように自分のメールアドレスを全角に直して伝えて、ゲームから退出した。

 ダメもとだったが、amigo11z7の話題を出したことで警戒が緩んだのか、ラッキーなことに、しばらくして返信が来た。礼を弾むからあって話が聞きたいと私がいうと、援助交際はエヌジーだといってきた。探偵であることを明かし、もちろんそんな要件ではない、amigo11z7のことで知りたいことがあるだけだと伝えて、高校生に現金を渡すのははばかられるから図書カードでどうかと金額を示した。彼女は金額に魅力を感じたようで、少しのインターバルの後でamazonかiTunesストアのギフトカードなら考える、と書いてきた。私は、なんのカードだろうが手間は同じなので、それで構わない、と返信して交渉は成立した。私は女子高生umiko777と、一時間後に下北沢のファストフード店で落ち合うことになった。




※作者注:作中の時代、ネットコミュニケーションは掲示板+キャリアメールが中心という高校生がまだ多く存在していました。

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