3
具体的には何をすべきだろうかと彼は考える。
日本史の授業中だった。初老にさしかかった男性教師が、教科書片手に板書している。たまに生徒の方に向き直って解説を加えるが、生徒を指名して問題に答えさせる事はない。そのため、他の教科の予習復習をしている者や寝ている者がちらほらといた。
教師は淡々と授業を進行するだけで、生徒を注意しようとしない。
このタイムリープはほとんど事故のような物だ。
もしあの時あんな事をしていなければ、そんな後悔から、過去をやり直すため時間を移動し失敗をなかったことにする。そういった類の目的あるタイムリープではなかった。
偶然キューブを発見した二人、触れなければ相手に触れられてしまう。
あの夕刻はそんな状況にあった。
だから、彼はこの時間に戻って来ただけだった。何かやりたいことがあるわけではない。
ノートを写す作業をしながら頭を働かせるが、いいアイデアは一向に浮かんでこない。
一日、いやもう半日にまで減ってしまったのか。
それだけの時間で、自分の運命を決定的に変えるような行動ができるわけがない。もともとは普通の日でしかなかったのだ。人生の岐路に立っていたわけでもない。
彼は最後列の席から、なにげなく教室内を眺める。
授業を受ける四十人の生徒を見つめ彼は想像する。
自分にとって特別な日ではなくとも誰かにとってはそうではないのかもしれない。この一日が誰かにとっては重要な意味を持っているかもしれない。
ならば誰かを救う事が出来るでのはないか。誰かの過ちを未然に防ぎ、人生をよりよい方向に導けるのではないか。
その考えに胸が躍らなかったと言えば嘘になる。
しかし、繰り返せるのは一日だけなのだ。
誰かの救済が自分にどんな影響を与えるか、その結果を見届けるの不可能だった。
たとえばと思う。
痴漢から女の子を助けるとしよう。
そのあと彼女と良好な関係を築け、いずれ恋仲になる。そんな未来が約束されているのならば痴漢撃退くらいすすんでやる。
だが、彼女と親密になれるとは限らない。思いこみの激しい人物であればストーカーになる可能性もある。関係が拗れて刃傷沙汰にまで発展し命を落とすなんてバッドエンドもあり得た。
運命を変えたせいで、本来起こるはずでなかった悲劇が引き起こされては目も当てられない。
キューブに関わらなければと悔やむ結果にはしたくない。しかし、その方法がわからなかった。
案がまとまらないままに日本史の授業が終わり、昼休みになった。
彼は友人たちと弁当を食べながら、それとなく今日をやり直せたらどうすると質問してみた。彼らは雑談として気楽に話しており、その口から使えそうなアイデアが上がる事はなかった。
五限目は体育で、バスケットの紅白戦だったので思案している余裕などなかった。
六限目は数学。ランダムに生徒を指名して黒板で解かせる授業は、問題を追っていくだけで精一杯だった。
何一つ思いつけないままに放課後を迎えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます