丸ノ内先生の逸話2 蟷螂

来夢みんと

丸ノ内先生の逸話2 蟷螂

「君は蟷螂かまきりの雌が如何に残酷だか知っているかい?」

 世間話を一頻り話し終わった後、ふと生まれた静寂を破るように丸ノ内先生が呟いた。

 ここは喫茶店『パアプルデイズ』。店内には以前の様なストオブは無くなり、窓外の景色もめっきり恋猫の季節に変わろうとしていた。道行く人々は真新しい洋服を着、どことなく街全体がふわふわと浮かれている様な雰囲気の中、私と先生は久しぶりに出会った。

「蟷螂ですか……。交尾の後に雌が雄を頭から食べてしまう、という話でしょうか?」

 先生は珈琲を一口啜り、そっと窓外へと目を遣った。

「そうだね。蟷螂の雌は養分を蓄える為に雄を食すんだよ。では彼らはどうしてそんなことをすると思う?」

 片手で顎を撫でながら、もう一方の手で煙草を摘んだ。先生の動作はいつも、何処かゆっくりと時間が流れているような動きだ。

「——子孫を残す為……ではないでしょうか?」

 私がそう答えると先生は煙草に火を点け、小さく微笑みながら煙を吐き出した。

「やはりそう答えるね。でもその答えだと学識に偏り過ぎていてつまらないな。僕が言いたいのはね、蟷螂と我々人間の違いなんだよ」

 突然の哲学的な言葉に私が戸惑ってしまうと、先生は一呼吸置いてから先を続けた。

「良いかい? 人間が相手を食さないのは相手の痛みが分るからなんだよ。蟷螂にはそれが分らないから食べてしまうんだ。君だって、何かを行うときは相手のことを考えるだろう?」

 先生はまた珈琲に手を伸ばしながら、そっと眉毛を上げてみせる。

「確かに……出来るだけ相手のことを考えて行動するようにしています」

 そう言いながら私は既に期待していた。これはいつもの講釈が始まる前座の様なものだ。そうしておいて、先生は決まって有意義な話を聞かせてくれる。

「そうだね、君はそういうことが出来る娘だ。——ただ、もしもその気持ちが欠如していたらどうなるか……? いや、これは昔話なんだがね——」

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