第9話 水道水

ジャババババババ

「濡れちゃった……」

グラウンドまで歩を進めた私は

一面、白と黒の青春を眺めていた…

当事者たちにとっては惰性で続けているかもしれない、もしかすると嫌々ながらそこにいるのかもしれない…

けれど、私には変わりない

砂を踏み、手を出し、身体を向け、声を絞る

どっからどう見ても青春そのもの…

彼らのおかげで 不毛の大地のはずな赤土あかつち

豊かに色付いてみえる

彼らのおかげで グラウンドは今日も

熱気と 熱意で赤く染めあがっている…


そんな同級生たちを横目に私は一人、グラウンドの隅で一人 立っていた…

備え付けの水道で火照ほてった脚を濡らしながら…

暑い日には水をかぶるのが1番好きで

私はよくよく これを実行していた…

人目を気にせずに…

そのため いつもどこ行くときでも足元には草履ぞうり

これだけは昔から 染み付いている習慣だ…


「な…まさん」

ん?

「は…まさー」

ああ

「花山さーん」

「はーい」

私は手を振った、それはこれ以上大きな声を出せないよ、という隠れた意思表示だったりする

ゆったりとした身だしなみの男子が一人

私のいるグラウンドの隅まで

私を呼びに来てくれている…


「花山さん?」

「うん、はい そうです」

「ああ!良かった、知らない人だったらどうしようかと思ったよ」

花山はなやま りんです よろしくお願いします

すみません こんなとこまで呼びに来てくれて」

「いや〜良いよ、おれもちょっとここ来たかったし、運動場!って感じが好きでさ 」

「偶に避難しにくるんだよね」

なにから?

「そうなんですか やっぱ男子は

運動場が 聖地みたいな感覚なんですかね」

土から生まれたみたいなとこあるからな…

「え? ハハ 花山さん 面白いこと言うね」先輩の口角がヌッとあがる

「うちの作家みたいなこと言ってるよ」と続ける

「そ…うなんですか、ちょっと恥ずかしいこと言いましたね…」

初対面で交わす言葉じゃなかったな…

「いや!、そんなことないよ」

と先輩は言うけど

「変なこと言いました、聞き流してください」

初対面から変なやつとは思われたくない…

私の手をつかんで先輩は確かにこう続けた

「あのね 学生時代は恥ずかしくあるべきだ、なにもしない、なにも言わない、そんな炭酸の抜けたような味気のない人間になるくらいなら、おれは生涯の恥を毎日量産する人生を選ぶね………ってこれうちの作家の受け売り ふへへ」

そういって 私たちは部室へ向かった


なんなんだこの人は…


私は夏が嫌いだ

暑いし、虫は多いし、外はうるさいし、ほっとくと臭くなるし、人は増えるし、布団は減るし、何かと用事は溜まるしで、もうろくなことがない…ただ…

この夏、私は気に入ったことがいくつかある

「7時窓」に「青い校舎」

「グラウンドの野球部」と「先輩のにやけ顏」


いつにもなく汗が引かない

熱が私から出ていかない

たぶん、これは夏のせいだ…そうだ…たぶん…





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