11膳目。ピザ

 美澄香さんは、職業と趣味から本の虫と思われているが、意外や意外にもちょっとしたゲームも嗜む一面もある。

 それはチェスなどのテーブルゲームから、3Dで出来る二画面の携帯ゲームまで幅広く、なんならカタンまである。

 そんなカタンは物置を掃除していたショゴスによって発掘され、その懐かしさから美澄香さんが邪神達を集めて遊んでみたら大層お気に召したらしく、今ではハスターさんを中心に、ヴルトゥームちゃんとショゴスがメインメンバー、シュブ=ニグラスさんかイグがその時々に参加する形でちょっとしたブームになっていた。

「ぎゃーーー! あにうえのひつじまつりがはじまってしまいましたーーー!!!」

「ははは、僕の怒涛の羊による物量作戦で圧死するがいい!」

「うおおおお!!! 死ぬ気で止めてやるッ! 唸れ私のダイスロール!!!」

 本日は冬眠前のイグが参戦し、随分と白熱した試合を見せてくれているようだ。

 夕食の準備をしている台所まで、熱を帯びた声が届いているので間違いない。

「神様も白熱させるカタンってすごいゲームだよねぇショゴスちゃん」

 ──テケリ・リ

 時間がある時にどっさり作って冷凍しておいたピザ生地に、手作りトマトソースを塗り、特売で買ったペパロニをぺたぺた。ピザ用の細かいチーズをまんべんなく、しかし多すぎない絶妙な量を乗せてオーブンで焼く。

 そしてこんがり焼きあがったら、空き缶プランターで育てているルッコラとバジルを散らせば、美味しそうなピザが出来上がる。

「先にハスターさん達に食べさせてくるから、ショゴスちゃんはさっきの通りに2~3枚焼いておいてくれる?」

 丸くて平たい皿にピザを乗せ、エプロンのポケットにピザカッターを入れながら美澄香さんがショゴスに頼めば、働き者の粘性の生き物は黒々とした真ん丸の目をぱちぱちと瞬かせながら。

 ──テケリ・リ

 と、嬉しそうに頷くのだった。



「ピザが焼けましたよ〜!」

 襖を開けて中に入ると、畳に倒れ伏しているハスターさんとイグ。

 状況を見るに、どうやらヴルトゥームちゃんが盛り返して逆転勝利したのだろう。

 なんだかこのような光景を前にも見たような気がする。

「そんな……僕の無敵の羊艦隊が敗れるなんて……」

「ううっ……盗賊は嫌だ盗賊は嫌だぁ……アステカの栄華はまだ続いているんだぁ……」

 ハスターさんは普通に逆転負けの事を嘆いているが、イグは何かトラウマスイッチが入ったのかオカルトじみた事を涙声で呟いている。まあ自身がオカルトの塊のようなものなのだが、美澄香さんは苦笑で流す事にした。

「まあまあ、とりあえずピザ食べましょう? 再戦も終戦もその後考えましょうよ」

 テーブルの上のカタンを下に退かして、代わりにピザをどんと置けば、チーズの香りに誘われるように邪神達は起き上がり丸く平たいピザを食い入るように見つめる。

「ふおお……! テレビでしかみたことがないピザが、いまこのばしょに……!」

 ケーキ図鑑がお気に入りな分、こういう鮮やかなイタリアンカラーも好きなのだろう、いつも以上に目を輝かせているヴルトゥームちゃんに自然と笑みがこぼれた。

「じゃあ切り分けますね〜、そしたら各々どうぞお好きに手に取ってガブっといっちゃってくださーい」

 ピザカッターでピザをスパスパッ……とはいけずに、少し厚みのある土台やペパロニに阻まれて2~3度カッターを往復する事になったが、それでも均等な大きさに6等分したピザに、美澄香さんは満足げに頷いた。

 それを見計らい、邪神達はピザを取るとハスターさんは少し控えめに、ヴルトゥームちゃんとイグは元気よく「いただきます」と声を上げてかぶりついた。

「ん〜!!! んっ!? んふーーー!!!」

 めいっぱい口を開けても一口が小さいヴルトゥームちゃんは、食べた時に伸びるチーズに目をキラキラとさせながら、重力にしたがって下に下に落ちようとするそれを、急いでハミハミと口を動かしながら頬張っていく。

「あっふ! あふい! はふっはふ!」

 イグは別の意味でチーズに苦戦していた。

 焼きたてでとろけたチーズは、上顎に張り付くととんでもなく熱い。

 しかし、それすらも気にならないほどトマトソースの酸味を包み込むチーズの風味と塩気が堪らず、熱さを我慢してでも食べる価値があった。

「みふか。君あ食べあいの?」

 兄弟揃ってチーズを伸ばしながら、ピザを頬張るハスターさんがそう訊ねる。

「私はまだ大丈夫ですよ〜次に焼けるのを頂きますから〜」

 と、にこやかに彼女は笑うが口の端からツツーッと垂れるものは正直だ。

「お孫さん、チーズよりも伸びる涎が全てを物語っているよ。まあまあ後はショゴスに任せて、とりあえず一切れおあがんなさい」

 そうそうに一切れ目を食べ終わったのか、相変わらず気に食わないが、こういう時だけのアシストは完璧なイグは美澄香さんの手にピザの一切れを持たせながら促す。

「さあさあ、熱いうちにぱっくりといくのがマナーじゃないかい?」

「そ、そうですか? じゃあ遠慮なくいただきまーす!」

 満面の笑みでピザにかぶりついた美澄香さんは、みんなと同じくチーズを伸ばしながらも、唇を窄めまるで麺を啜るようにして器用に口に収めてみせれば、おぉ〜! とヴルトゥームちゃんから感嘆の声があがった。

 伸びて薄く細くなったチーズは冷めるのが早く、丁度いい辺りで歯でぷつんと切ってから、ようやくもぐもぐと咀嚼を始める美澄香さん。

 まあその表情は、いつもの通りに幸福に満ちており、チーズの発酵臭を感じるためかいつもより鼻息は荒めだ。

「おいし〜! トマトソース旨味が濃い〜でもバジルとルッコラのフレッシュな香りでサッパリしてるからいくらでも食べれちゃう! チーズとペパロニもおいし〜! 生地もカリフワで大成功! さすが私!」

 自画自賛しながら一切れにぱくぱくとかぶりつき、うっすらと焦げた何の味もついていないふちすらも美味しくぺろりと平らげて、口端に付いたトマトソースすら無駄にしないと言わんばかりに親指の腹で拭って舐めてから、満足そうな笑みを浮かべた。

「よーしっ! エネルギーチャージ完了! まだまだじゃんじゃん来ますからねー!」

 立ち上がり、むきっ! と力こぶを作るようなポーズをしてから、再び台所へと戻っていく美澄香さん。

 その後ろ姿を見送りながら、皿に残った二切れのピザに目を落とす三柱。

「ここはこうへいに ジャンケンといきましょう」

「あいこ以外一発勝負だね、いいとも」

「ゴネるのは無しだぞ、カタンの借りを今ここで返してやる!」

 各々の拳がぶんと大きく振り上げられた。


「「「さいしょは──!」」」


 勝敗は神のみぞ知る。






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