第3話阪神ファンの中年おやじ

僕が 岸辺駅にきて、どのくらい時間がたったのだろう・・

駅に時計がないし、神父さんも持っていない。僕は時計のかわりに使ってた携帯がないし。

なにより時間の感覚がここでわかない。それに、今、何時だろう。

外に出てみると、ちょうど太陽は真上よりも、西より?それとも東より?あった。

午前10時前か、午後2時すぎくらいか。


ここが、生と死の分かれ目ー彼岸ーであるのはわかったけど、肝心の自分の事が

わからないので、クラゲのように駅で浮遊してる気分だ。

奥田神父さんに、”水も飲むな”と言われた時は、”無理!”って思ったけど、

実はノドも乾かないし、お腹もすかない。

それに、普通の駅では大事な”トイレ”がない。やはり ここが彼岸だからかな。


また、電車が来た さっきの電車と、どのくらい時間がたったのだろう?

僕は、あわてて、喫茶室でお湯をわかし、紅茶を入れた。

紅茶は、かすかにハーブのような香りがする。

お客さんは、5人。70すぎの年配の人が4人、40代の男性が一人、

その男の人は、日焼けした顔、ガッシリした体。健康そうなんだけな。

この人もすでに死んでるんだ。


「兄ちゃん、頼む。俺をもとの所に戻してくれ。まだ娘は5歳で

下に赤ん坊もいる。俺が稼がないと、路頭に迷う。な、な。だから」


紅茶を出しに回ってるとき、その男に懇願された。

いや、そういう方法があるなら、僕が聞きたい。

エプロンの裾をつかまれ、あやうく、転びそうになった。


「佐伯さん。どうか諦めて下さい。自分がすでに死んでいる事は、

おわかりですよね。それにあなたは、切符をもってらっしゃる。

残念ながら、もう死亡は確定してます」

小さな子供を残して、それは、未練があるにきまってる。

そこを、奥田神父さんが、なだめようと必死なんだけど・・


「娘さん、名前はなんていうの?」

神父さんが、他の4人を、岸部で見送ってる間に、僕は聞いてみた。


「へへ。香織っていうんだ。俺に似ずめちゃめちゃ可愛い。

”父ちゃん 父ちゃん”って、帰ると駆け寄ってくる。

ほら、俺、トラックの運転手だから、車には、家族の写真をはってあってね。

長距離の運転は、正直、家族と会えない日もあるのでつらかったけど、

家族を食べさせていかないとな。女房は今赤ん坊で、手が離せなかったし」

そんな話を聞いても、僕は、養うべき家族は、チラとも頭の中に浮かばなかった。

僕は、きっと結婚してない。



僕は、家族の顔も自分の過去も覚えてない。フラッシュ画面のように場面が脳裏に浮かんだ

こともあったけど。

「家族の顔、忘れてないんだ」

「当たり前じゃないか。死んでもわすれねえよ。だから家族の所に戻して

欲しいんだ。さっきから頼んでるのに、あの野郎、案内人だか死神なんだか

しらないけど、融通がきかない」


”無理だから。死んでしまったら終わりなんだ。おじさん。”

なんて、ハッキリは言えない。

僕はそんな立場でもないし。自分もそう言われたくないってのもある。


「忙しくてな。遊園地にも動物園にも行かなかった。あともう少し働けば

余裕が出来るって思ってたんだ。せいぜい、休みの日に香織と二人で

TVで阪神を応援するぐらいだったかな。楽しかった。

二人で、虎シマのハッピ来て、メガホンで叩いて応援して。」


楽しかった事を話すと、おじさんの顔は、途端にやわらかい表情になる。

神父さんにつめよった時は、目をむいて今にもかみつきそうな顔だったのに。


「僕はここに来たときには、何も覚えてなくて。おじさんは、何か

切符以外のもの、持ってる?」

「俺も切符以外のものはない。っと、胸のポッケに何かある」

出してみると、それは手製のお守りだった。

それを見て、おじさんは大きな声で泣き出してしまった。

うわ、どうしよう。神父さん助けて。


「おや、お守り。しかもお手製ですね。これはいいものを持ってましたね。」

「じゃあ、戻れるのか」

「無理です。でも、これで通して、あなたの家族の様子を見る事が出来ますよ。

あ、お手持ちの切符でも、ボヤっとした画像ですが見ることができますが。

どうしますか?かならずしも、いい結果がでるとは限りませんが」

神父さんも冷静というか、冷徹にみえるな。でも、それもしょうがないのか。


どうやら、話しによると、この駅に永遠にとどまることは 出来ないそうだ。

だからこそ、早めに、静かな心で、旅立たせたいのだろう。


阪神ファンだというおじさんは、虎ガラのお守りを開けた。

そこには、たどたどしい文字で

”おとうさんが じこにあいませんように”

と、あった。


瞬間、書いてあった紙から煙がでて、目の前に。女の子とその母親らしき女性が

現れた。ただし、立体的に見えるとはいっても、その姿の先は透けてみえる。

3D映像ってところかな

二人の話してるのが聞こえる。


「ねえ、とうちゃん、いつ帰ってくるんだろう。遅いね」

「あのね。香織。父ちゃんは、ちょっと遠い処へ仕事で出かけたの。

それまでは、香織が書いた父ちゃんの絵に 話しかけてね。

それで、父ちゃんに通じるはずだから」

母親は、唇をかみしめて、必死の作り笑顔で答えた。

その絵は。TVで野球を応援してるおじさんが書いてあった。


(父ちゃん、今日も頑張ってね。そして早くかえってきてね)

その声が、喫茶室中響いた。

おじさんは、もう帰れないのに。この子が本当の事がわかるのは、

いくつくらいになってからだろう。


おじさんは、香織ちゃんの3D映像を 抱きしめ

「俺は戻れないだよ。香織。ごめんなごめんな」

「そうです。戻れません。けど、向こう側で待つってのはどうでしょう」

「何かい。それは、香織が死ぬのをまてってかい?何をいってやがる」


確かに向こうで人を待つっていうのは、死ぬのを待つってことだけど・・

僕は、神父さんの言葉を少しかえて、再度提案した。


「じゃあ、とりあえず向こう側に行く。それから、香織ちゃんがくるまで

寝てればいいんだ。おじさん、きっと働きすぎで疲れてるだろうからね。

ゆっくり休んだほうがいいよ」


おじさんは、やっとそれで納得してくれた。

そして、”ありがとう”といって僕の手を握り、海側のドアから出て行った。

そうして、海を歩いて次第に消えていった。


「ありがとう健吾君、私は駄目ですね。とっさの機転がきかない。

これで、あの男性も簡単に向こう側へ行けます」


僕が海に見えるのは 川なんだそうだ。そう三途の川。

ただ、人によっては小川にも見えるし、僕のように海のようにも見える。

それだけなんだそうだ。


僕は、生きてる時は、働いていなかった。養うべき家族もいなかった

阪神ファンじゃなかった って気もする。

この三つは まだ、推測だけど。

僕は、小さい時は家族と、どう過ごしてたのだろう。

考えてるうちに、電車が入ってきて、忙しくなった。


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