第二十三話 東朝悲哀

「西朝の征夷大将軍が東朝を攻める」

 と言う誤報が流れ、東の朝廷は大混乱に陥った。俘囚の兵一万を擁して破れたのだ。もう打つ手は無い。藤原只今は重傷。征西大将軍に任じた武蔵守水盛は期待に応えられず退却。安倍義良は五千の残兵を連れ、国に帰った。もはや、誰を立てればいいのだ。

 太政大臣、藤原不足は懊悩した。何か良い打開策はないのか。

「武蔵守よ。わしは其方に過度の期待を掛けていたようだな」

 征西大将軍解任の席で不足は武蔵守水盛に嫌みを言った。

「ご期待に応えられず申し訳ございません」

 水盛は頭を下げた。

「だが、お主以上の知謀を持つ者をわしは知らん。何か良い手だてはないか」

 不足は尋ねた。

「はい、西軍の攻撃を避けるためには……」

「なんじゃ」

「この際、都を陸奥か出羽に移してはいかがかと」

「なにっ」

 不足は驚愕した。

「陸奥、出羽は未開の地、如何様にも都を造営出来ます。それに、破れたとは言え、安倍氏には五千の兵が残っておりますし、縁戚の竹原氏も居ります。東北の厳しい地において兵を鍛えれば帆太郎明明の勢とも互角に戦える戦力ができましょう。それに……」

「それに?」

「我ら平氏、この坂東を立て直し、陸奥、出羽の盾になります」

「しかし、公家達がついてくるかの?」

「この戦において公家は不要のもの。敵を倒し、都を西に戻した暁に復せばよろしいでしょう」

「ついに陸奥、出羽か。我が朝も墜ちたものだのう」

「最後に勝てば良いのです」

 こうして東朝は『鎌倉京』を捨て東北に遷都した。御所、政庁に、多賀城を拡張した城塞を当てた。都の名を『多賀京』と言う。


「都は東北に去った。これからは疲弊した坂東を再建するぞ」

 武蔵の館に兄弟を招集した武蔵守水盛はその前で宣言した。

「そのためにお主たちの権限を剥奪する」

「えっ」

「坂東の政は全てわしが見る。今までは身体が不自由だったゆえ、遠慮していたが、お主達の無能振りもう我慢ならぬ」

「申し訳ございません」

「まずは開墾だ。森を切り開き、田畑を広げる」

「ははあ」

 兄弟は平伏した。


 そのころ、西の都では征夷大将軍、平帆太郎明明の負傷平癒の祈祷が、全山上げて行なわれていた。その中心は新帝であった。隠居した源義亘や来光、親政も駆けつけ全員でその回復を祈る。

 しかし怪我の状態は深刻だった。何本もの矢が貫通し、大出血をしている。典医は、

「なすべき事は、いたしました。後は将軍の体力、気力次第」

 もはや手は付けられないと言う事である。

「帆太郎殿。私が先陣をお止めしておけば……」

 副将だった、源重朝が嘆く。それを、

「それは、殿自らが望んだ事。自分を責めなさるな」

 と木偶坊乞慶が慰める。

「これくらい、大丈夫だあ。心配する事ないだ」

 大斧大吉も言う。しかし、

「私は副将失格だ」

 重朝は言い、憔悴した。

 光姫は、身動きせぬ夫を献身的に看護した。体力を維持させる為に水を口に運び、粥を食べさせる。それは賽の河原で石を積むような作業だった。

 朝廷では藤原不平等が傷心の新帝にこう進言した。

「明明はよくやりました。しかし、これ以上強くなっていたら、本朝の害になっていたやもしれません。遠く異朝をとぶらえば多くの将軍が、己の力を誇り、傲り高ぶり帝に害を与えております。明明とていずれは」

 それを聞いて新帝は激怒した。

「帆太郎に限って、そんな事は無い。薩摩の果てで出逢ってから、帆太郎がどれだけ尽くしてくれたか」

 新帝は涙を流して嘆き悲しみ、不平等を退けた。

「本当の事を言っただけなのにのう」

 不平等は首を傾げて退出した。


 帆太郎の不在は武蔵守に利した。

「明明は危篤か」

 不恩の報告を聞いた彼は、ほくそ笑んだ。

「このまま逝ってくれればよいが。まあ、その間に坂東の富国強兵を押し進めよう」

 武蔵守は、昔武蔵でやったように新田作りに没頭した。戦で一番大事なのは兵糧である、と言う信念が彼にはある。人間食わねば動けない。

 それから飼い殺しにしていた、臼大五郎、太刀持剣太郎、浦裏羅生、布袋寅吉、大島大八に兵の拡充と精錬化を命じた。今回は坂東全体の兵力強化である。すぐさま二万の兵が集まり特訓を開始した。

また、足柄、碓井の二峠に砦を築き、坂東を要塞化した。これにより坂東は一種の独立国家と化した。当然東朝に年貢を納めているので謀反ではないのだが、太政大臣、藤原不足の、

「西を攻めよ」

 の命は丁重に辞退した。その言い訳は、

「今、坂東は守りに安き状態にあります。ゆえに敵の攻撃を待ちましょう」

 と言う事だった。

 そうこうするうちに坂東の兵力、経済力は東朝のそれを凌駕するものになった。そこで、ふと水盛は思い立った。

「太郎兄者が考えていたのはこういう事ではなかったのか」

 さらに考える。

(東朝にはもう力がない。その下に付いている必要があるだろうか)

「不恩」

 武蔵守は影の者を呼んだ。

「はい」

 不恩が現れる。

「陸奥守様と出羽守様にこうお伝えせよ」

「いかに?」

「わしは東朝を攻める。内部から協力せよとな」

「はい」

 武蔵守はニヤリと笑った。


 人材の払底した東朝は平陸奥守高見を正四位下兵部卿、平出羽守高音を正四位下治部卿に任じ重用した。なにせ兵力を持つのが彼ら二人と安倍義良、竹原清季の四人しか居ないのである。それぞれ、二千、千五百、五千、二千の一万五百である。一見兵力は揃っているように見えるがその殆どが新兵で使えるのは義良の軍くらいである。

「兵力揃えど指揮する者無し。それに坂東がどうも言う事を聞かん」

 太政大臣藤原不足は頭を抱えた。そこに報告が入る。

「坂東兵二万。本朝に向かって進軍の由」

「えっ」

 不足は機能停止に陥った。

「武蔵守に限って謀反はないだろう」

 そう言っているうちに、

「兵部卿、治部卿ご謀反です」

 と伝令が入った。

 多賀京を攻める、兵部卿、治部卿の兵。朝廷には守備兵ぐらいしか居ない。

「誰かある。義良と清季を呼べ」

「義良様は津軽、清季様は最上。とても間に合いません」

「只今は、只今は」

「只今様は療養中、戦えません」

 悲痛な報告が続く。

「逃げるにしても何処に行けばいいのじゃ」

 そこに大納言零条逸在が参上した。

「この際、蝦夷地に逃げられたら」

「蝦夷?」

「はい」

「嫌じゃ、嫌じゃ。ならばここで死ぬ」

 そこへ後黒河帝が声を掛けた。

「朕の願いはただ一つ。憎き兄宮、讃岐宮安彦を倒す事のみ。その為に生きねばならぬ。行こう蝦夷地へ」

「帝!」

 藤原不足はお言葉に感動し、逃走を決意した。

 ついに東朝は蝦夷地に遷都する事になった。これにより、平明光による東西合流まで、歴史の表舞台から消える事になる。 

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