第六話 大輔帰国

 前の戦場を一人で逃れた梅田大輔は駿河まで駆け、そこから船で摂津に渡った。随分とに数が掛かった。梅田氏は摂津大坂の豪族であった。頭領義澄(よしずみ)の次男であった大輔は地元に留まるのを良しとせず、修行の旅に出た。そこで出会ったのが風花太郎平光明であり、その器量に惚れた大輔は光明の家臣となった。しかし、この敗戦。行き場を失った大輔はやむを得ず故郷に戻ったのであった。

 義澄には男の子供が三人いた。長男義村(よしむら)は後継者として大坂で田畑を耕したり、馬の飼育、刀剣や弓矢の整備に忙しく、三男義材(よしき)はまだ幼い。

「よう帰って来たの大輔」

 義澄が笑顔で迎えた。

「今度こそ兄を手伝って家の事をやってくれるな。なにせ義材は幼い。全ての仕事を義村だけでやるのは骨が折れる。見ていて不憫じゃ」

 大輔は平伏した。

「父上、私が主君と見込んだ、風花太郎平光明様は異母兄弟の卑怯な手口で死に申した。多くの仲間も悲惨な手で殺されました。私はどうしても仇討ちがしたい。ですので、摂津の大将、源来光(みなもとのらいこう)様にお願いして兵を出して頂けるよう、申し上げて下さい。それが済めば私は兄の手伝いでも何でもします」

「はあ? 何をたわけた事を言っている。摂津の我々が坂東まで兵を挙げる事など出来るか。よく考えよ」

 義澄は怒って部屋を出て行った。

「やっぱり駄目か」

 大輔は畳に横になった。

「しかし光明様は本当に死んだのだろうか」

 大輔は考える。

(確かにあの時、光明様は敵陣に斬り込んだ。普通なら死ぬ。だが相手は弱虫兄弟の手勢だ。光明様の迫力におののき槍一つ出せぬやもしれん。それならば悠々と脱出出来たはずだ。しかしあのご気性、一度脱出しても再度突入したであろう。さすがに疲労も出てくる。さすれば雑兵とて槍の一つや二つ……何故、あの時ご同道しなかったか! それだけが悔まれる)

 いつしか大輔は眠りに落ちた。


「大輔、大輔!」

 誰かが呼んでいる。眠っていたようだ。

「なんです」

 寝ぼけ眼で聞くと、

「来光様がお前に逢いに来ているぞ、起きよ」

 兄、義村の声だった。

「来光様?」

 大輔は耳を疑った。

「本当に来光様ご自身が?」

「そうだ、四天王を引き連れてのご来訪じゃ」

「では、早速」

 目が覚めた。

 客間にいくと四人の男に囲まれて、来光が酒を呑んでいた。注いでいるのは義澄だ。

「これ、大輔。来光様がわざわざ、お前に逢いに来てくれたぞ」

「おお来たか。まずは酒を取らす」

 来光は義澄から片口を取り大輔の器に注ぐ。

「頂戴します」

 内心(ウチの酒だがな)と皮肉りながら一気に呑み干す。

「見事」

 と褒めて来光は再び注ぐ。

「ぐいっ」

 と呑む。酒なら幾らでもいける大輔だった。さらに来光が、

「さあ、もう一杯」

 と言ったところで、

「来光様。私にどんな御用で」

 大輔は聞いた。

「そうじゃった。お主の呑みっぷりで肝心な事を忘れておった」

 来光は頭を掻いた。

「実はな、鬼を退治する」

「はあ」

「で、お主にも来て欲しい」

「しかし、来光様には後ろに四天王様方がいらっしゃるではありませんか」

 大輔は来光の後ろを見る。渡辺鮪(わたなべのまぐろ)、坂田銅時(さかたのどうとき)、厚井貞光(あつい・さだみつ)、占部憲武(うらべ・のりたけ)の四名が堂々と控えている。

「それがな、同道する、藤原昌保(ふじわらのまさやす)が『軍勢を千持っていきましょう』などと言うので『わしは五、六人居れば大丈夫』だと大口叩いてしまったのじゃ。我が四天王は勿論強いが、万が一、敵が一万もいたら敵わん。そこに武勇に誉れ高き、大輔が実家に帰っとるというじゃないか。なので助太刀を頼みに来た」

「私一人加わっても一万は倒せません」

「あれは冗談じゃ。大江山に一万は住めぬ。せいぜい百」

「昌保様の軍勢は?」

「おそらく三十から五十と言った所か」

「一つお願いの儀があります。それをお聞きとげくれましたら不肖、梅田大輔義輝お供に下ります」

「願いとは」

「はい」

「これっ」

 義澄が咎めるがかまわず大輔はこれまでの顛末を話した。

「そうか、それで臨時の叙任式があったのか……平光明。都にも名の知れた男であったのに惜しいの」

「都にも!」

「ああ、我が主、太政大臣藤原不足様が手元に迎えたいと言っておられたわ」

「太政大臣様が!」

「とにかくこの件は承った。今は無理じゃが、機が熟したらな」

「はい」

「では乾杯といこう。『源来光五天王』誕生じゃ」

「乾杯」

 こうして源来光の配下になった梅田大輔。大江山に住むという鬼退治に出る事となる。


 近頃都では、婦女子が攫われたり、金品が強奪されるなどの事件が勃発していた。検非違使が目撃者に話しを聞くと、「あれは鬼じゃ」「鬼の仕業じゃ」という証言が続発した。それを聞いた時の天子、後黒河帝(ごくろかわてい)は『鬼討伐』を源来光と藤原昌保に命じた。双方の探索方が調べた所、鬼は大江山に住んでいる事が分かった。評定をする二人。

「この人数では押包めないな」

 嫌みを言う昌保。

「そちらにも我々のような猛者がいればのう」

 言い返す来光。

「どうでしょう鬼の数がどれくらいか見て来ましょう」

 大輔が言う。

「頼む」

 と来光が言い、

「お好きに」

 と昌保が言った。

 ひっそりと、こっそりと山頂を目指す大輔。やがて頂上に着いた。草影から偵察する。すると大男の背中が何人も見えた。全身獣のように毛むくじゃらで頭に二本の角が生えている。

(まさか、本物の鬼?)

 大輔が焦ると、男の一人がこっちを向いた。

(あっ、鬼じゃない。熊の毛皮を被り、頭に鹿の角を装飾した人間だ。そう、山人だ)

 スルスルと後退し山を下りる大輔。事の次第を報告した。

「人と分かれば恐れる事なし。全員で突入するぞ」

「ワー」

「ワー」

 来光四天王を先頭に山を駆け上る討伐隊。それに気付いた山人が弓を打つ。

「ズゴー」

 と轟音がして雑兵が倒れた。

「山人は超人です。侮るべからず」

 大輔が言う。そして、

(山人はめったに麓に降りて来ないはずなのになんで、街で悪さを)

 と考えていた。相模で逢った山人はみな温厚で友好的だった。それなのにどうして。考えが纏まらない。そこへ、

「都のひょろひょろ侍など殺してしまえ」

 と鬼の面をかぶった男が現れ、喝を入れる。

「あれが頭目だな」

 大輔は進みでて、

「我こそは摂津の住人、梅田大輔義輝なり。いざ尋常に勝負」

 と名乗りを上げた。

「なに、わしは酒呑童子、鬼の大将だ」

 相手は酒呑童子と名乗った。その名の通りかなり酒に酔っているようだ。全く強さを感じない。これが鬼の首領なのか。

(ここは一撃必殺)

 と考えた大輔は、

「たあー」

 と酒呑童子を上段斬りにした。

「ああ」

 仮面が割れる。酒呑童子の素顔が露わになる。すると、

「あなたは、藤原道梨様」

 なんと前の戦で光明の盟友であった、前の上野介、藤原道梨が『鬼』の正体であった。

「な、なぜ」

「お、おれは民の、民のた、為に戦を起こしたのに、ご、極悪人扱い。ならばと、陣を脱出し山林を逃げている、う、うちに山人にで、出逢ったのだ。か、彼らの力を借りて、ちょ、朝廷を破る。そ、その第一歩だったのに……」

 道梨はこと切れた。

 頭目を失った山人たちは、元の善良な性格に戻ったのか攻撃が散漫になった。それを昌保の兵が討ち取っていく。来光四天王は弱い者虐めは嫌なのか、攻撃をやめ、ただそれを見ている。やがて大江山は静かになった。

「諸君、我々の退治したのはあくまで『鬼』である。前の上野介や山人を討ったのではない。よいですな昌保殿」

 来光が昌保に迫った。

「……はい、承知した」

 昌保は答えた。その顔色はなぜか青い。

 討伐軍は都に凱旋した。

「討伐の証が鬼の面一枚では天子様も承知しないのでは」

 大輔が来光に尋ねる。

「これ一枚みれば、聡明な天子様だ。悟られるであろう」

 来光が言った。

「昌保様も素直でしたね」

 大輔が聞くと、

「実は藤原道梨は奴の弟なんだ」

 来光は意外な事を言った。

(なんと)

 驚く大輔。

「ところで大輔。これからもわしの所で働かぬか」

 来光が大輔に尋ねた。

「ありがとうございます。しかし私は行方知れずの主君の子、帆太郎様を探す旅に出ます。大斧大吉という義に厚い男が守っているはずです。日本全国を探してみます」

 大輔は答えた。

「そうか。では、旗揚げの際はぜひとも協力しよう」

 こうして大江山の鬼退治は終わった。

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