第二話 板東平氏

 坂東平氏は冠帝(かんむりてい)の孫である高飛王(たかとびおう)が臣籍降下する際に賜った姓である。そして平高飛と成った彼は相模守として同国に赴任。その任期が終了したあとも相模に残り、主に六浦湊の造営に寄与し海運の利益を得た。その長男高富(たかとみ)は無官なれど、海賊討伐を数々行った。そして相模湾で捕獲した大鯨の骨を朝廷に献上、それにちなんで『巨鯨将軍』という名誉官位と鯨を模した甲冑を帝より下された。また彼は子福者で、なんと九男に恵まれた。そのうち八人は同母兄弟である。ただ一人別腹から生まれたのが長男、風花太郎平光明である。その事情は少々複雑である。光明の母は祇園女御という女性であるが、彼女は冠帝のひ孫、黒河帝(くろかわてい)の囲いものだった。それを高富に下げ渡したのだ。まだ高飛が相模守に赴任する前のことである。つまり光明は都で産まれた。その後高飛が相模守に就任。一族を引き連れて坂東に下向することになったのだが、祇園女御はそれを拒否。黒河帝の元に戻ってしまった。それは光明二歳のときであった。ゆえに彼は本当の母の面影を知らない。祇園女御は黒河帝の元に戻って二年後に病死。光明が実母に会うことはなかったのである。問題なのはここからである。都において「高富の長男は実は黒河帝の落とし胤なのではないか」という噂が流れ出したのである。高富は「それは絶対に違う」と否定したが、当の黒河帝が「さて」と言葉を濁したため噂を信じる者も多かった。

 前後するが平高飛の息子は高富の他に高見、高音がおり、二人とも高飛の死後、年の離れた兄高富を助けよく働いたので、後に高見は陸奥守、高音は出羽守になった。

 さて話しは高富に戻る。相模において彼は側室を貰った。盛子(もりこ)である。彼女は相模の郡司、平塚青芝(ひらつか・あおしば)の娘で多産な女であった。まず嫁入りしてすぐ次郎水盛を産み、翌年には三郎森盛(さぶろう・もりもり)、四郎山盛(しろう・やまもり)の双子を産んだ。当時の慣習では『双子は畜生腹』として忌み嫌われ、どちらかは間引いてしまうものであったが、高富が「男の子はいるだけいるが良い」として二人とも育てた。そして翌年には五郎大盛(ごろう・おおもり)、続いて六郎泡盛(ろくろう・あわもり)、七郎特盛(しちろう・とくもり)、八郎先盛(はちろう・さきもり)、最後に九郎舟盛(くろう・ふなもり)を産んだ所で高富が卒中で死んだ。四十歳の若さである。結局彼は『巨鯨将軍』の名誉だけで生涯無官だった。だが海運と開墾で巨利を得た。名を捨て、実を取ったのである。

 高富の死によって跡継ぎ問題が起きた。盛子が「水盛を後継に」と運動を起こしたのだ。しかし、それは逆効果だった。「側室がでしゃばるな」と平塚青芝に窘められ意気消沈。水盛自身も光明側についた為、結局、高見、高音のとりなしもあって光明が惣領となった。ちなみに彼の通称を『風花太郎』と呼ぶのは相模郡風花に最初の領地を貰ったからである。


 さて今、光明は小田原に居る。新しい湊をこの地に造営する為である。働くのは海賊を辞めた者達と、近隣の次男坊、三男坊といった『あぶれ者』である。彼らとともに光明は働き、そこに溶け込んでいった。次郎以下弟達は時々建設状況を見に来るだけで供に働こうとする気はないようだ。やはり、血が違うのであろうか。

「この地に湊が出来れば相模湾、駿河湾の海産物や西国の品物の物流が良くなる。賑わう湊に成るぞ」

 光明は熱く語った。

「物流が早くなりまさあね。六浦湊は三浦をぐるりと回らなきゃいけないから、それだけ時間が掛かりまさあ」

 民の一人が応えた。

「そうだな」

「それにしても平氏の武将である太郎様が湊なんて作るんですか」

 海賊だったある者が聞いた。

「それは新しき戦いの軍資金を得るためだ」

「新しき戦い? 海賊討伐が済んだのにまた戦ですか」

「ああ、だがこれはお前達の為の戦でもある」

 光明は語った。

「今、この国は利権が全て都に行くようになっている。年貢や諸役でな。それでは地方は疲弊したままだ。だから俺は都に対抗する勢力を作る。この坂東にだ。そうすれば、他の地方でもそういった動きが出るかもしれん。皆に平等に利益が行き渡る。そういった国を俺は作りたいのだ」

「でも、光明様の兵力は百ちょっとでございましょ。ご兄弟を入れても二百あるかないか」

「さすが元時化丸の配下。状況判断に優れているな」

 光明が褒める。

「ところで、各国司の軍事力はいかがなもんです」

「それがたいしたことがないんだ。百五十いれば良い方。それに訓練を怠っているから脆弱だ」

「ならばやりようによっては上手くいきますね」

「ああ。ところでお主、名前はなんという」

「へい、蟹丸(かにまる)と申しやす」

「お主、知恵がありそうだ。俺の部下にならないか」

 光明は元海賊の男に言った。

「お役に立てるか分かりませんが、ご助力いたします」

 蟹丸は光明の配下となった。


 そのころ、次郎は弟達を愛甲郡にある彼の館に集めていた。

 次郎水盛が言う。

「先日の海賊討伐のあと、兄者は『次は陸じゃ。坂東じゃ』と仰った。これをどう思う」

 三郎森盛が答える。

「大方、丹沢の山賊退治ではありませんか」

 四郎山盛が言う。

「違うよ。国司に歯向かう、座間吉連(ざま・よしつら)を倒して国司、橘相模守様をお助けするんだ」

 五郎大盛以下からは格別の意見はなかった。

「わしはな。兄者はもっと大きいことを考えているように思えてならない」

 水盛が話す。

「それは?」

 森盛が聞く。

「相模の簒奪」

「えっ」

「兄者は相模の利権を独り占めしようとしている」

「それは朝廷への反逆ではありませんか」

 大盛がやっと口を開く。

「それはないでしょう」

 山盛が言う。

「橘様と兄者は昵懇の中。そのお命を奪うようなことはありますまい」

「命を取らずとも印綬と不動倉の鍵さえ奪えば、簒奪はなる」

 水盛が静かに言った。

「それは、まさに反逆行為。お止めしなければ!」

 森盛が叫んだ。

「これから皆で、小田原へ行こう」

 全員が立ち上がった。


「弟達よ揃っていかがした」

 小田原の陣所で光明は汗を拭きながら座っていた。

「兄者にお尋ねしたき儀がございます」

 水盛が代表して尋ねる。

「なんじゃ」

「兄者は相模守の地位を狙っておられますか」

「いや」

 ほっとする水盛。しかし、

「相模守などに成るつもりはない。俺が目指すのは坂東の長」

 と光明は言い退けた。

「すでに橘様、紀武蔵守様、藤原上野介様、阿部下野守様の内諾は得ておる。後は上総、下総、常陸、安房を取れば我が事成れり。年貢や諸役を坂東の為に使い、朝廷とは絶縁する」

「その長が兄者と?」

「とりあえず言い出しっぺだからな。だが、ずっと俺がやるんじゃなくて、国司の皆様と交代交代にやった方が私欲を排除出来るからいいな」

「兄者、いつの間に手はずを」

「二年前に飢饉が起きただろ。そのときの朝廷の態度は酷かったであろう。それで考えて、橘様に相談した。あとの皆様には橘氏に間に入って頂いた」

「何故に、我らにご相談を」

 水盛が詰め寄る。

「まだそち達は世間を知らぬ。この決断の恐ろしさが分かるか」

 光明は弟達を睨んだ。

「上手くいけばよし、失敗すれば一族は滅びる。なにせ敵は朝廷だからな。征東軍がくるだろう」

「征東軍!」

「そち達、覚悟は出来たか」

 弟達は固まってしまった。

「情けない。平氏の名を上げる好機会だぞ。しっかりせい」

 光明の叱責に頭を下げる弟達。

「ははあ」

 と平伏した。

「これで決まりじゃ、十日後に下野宮野目の国衙で逢おう」

 話し合いは光明の独擅場で終わった。


「こんな事が可能なのだろうか」

 三郎森盛が言う。

「暴挙としか思えん」

 四郎山盛が同調する。

「わしはこの顛末を、都の太政大臣、藤原不足(ふじわらのたりない)様に文をしたためる」

 次郎水盛が言った。

「兄者を裏切るので」

 六郎泡盛が聞く。

「なんとしても坂東平氏は生き延びねばならん」

 いつになく強い口調で水盛が言った。

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