バレンタインデー?

 館に入ってすぐ目の前にある大広間、そこの角で俺と真城ちゃんは小さな机を挟んで椅子に腰かけていた。


「真城ちゃん、今日は2月14日。つまり―――」


「チョコですね!今日はジョンさんの為に手作りチョ―――」


「聖バレンタインが殉教した日だッ―――!なので、亡くなった聖人を惜しみ今日はここ(館)で平和な一日を送ることにする!」


「あ、ああ!そうでしたね!聖人が死んだ日でしたね!じゃあ、今日は平和に―――」


「だが!日本ではこの日はチョコをプレゼントする習慣があるのでタカりにいく!」


「ですから、私が昨日から作ったチョ―――」


「よし!まずはメイド長のミッちゃんからだ!」


 そうして、俺は淡い期待を胸に食堂室まで駆ける。


 その後ろから何か言いたげな真城ちゃんがトコトコと追いかけてくる。



「ミッちゃん!今日はバレンタインデー!チョコ頂戴!できれば本命で!」


 ミッちゃんは厨房で待ち構えていたかのように立っていた。そう、待ち構えていたかのように。


「あら、ジョンさんに真城ちゃん。勿論用意していますよ。」


「「おおー!」」


 俺と真城ちゃんは歓喜した。まずはミッちゃんの甘いチョコから始まる。まさに人生のように。


「はい、手作りチョコです。」


 二つのお皿に乗るハート型のチョコ。皿に乗っていると何だか「プレゼント」というより「料理」な気がするのは俺だけだろうか?


「これは、本命ですか?」


おずおずと俺が聞く。


「それは秘密です。まぁ、隠し味に愛情は入っていますが。」


 おおー!と歓喜する俺と真城ちゃん。しかし、なぜ真城ちゃんまで喜ぶんだ?


「「いただきまーす!」」


 パクりとひと口食べた瞬間、俺と真城ちゃんは凍りついた。


 脳が口のなかに入っているチョコを咀嚼することを拒んでいる。


「こ、これは一体・・・?」


 なんとか飲み込んだ真城ちゃんがなんとも言えない顔でミッちゃんに聞く。


 俺のチョコは依然として口の中でお留守番だ。


 しかし、チョコは非情にも溶けていく。


「カカオ100%のチョコです。美容や健康に良いんですよ?」


 そう、ミッちゃんのチョコは苦かったのだ。それもただならぬ苦さだ。


 ミッちゃんのチョコは甘いと誰が言ったんだ!


 何とか飲み込めた俺はうなだれた。真城ちゃんは「美容に良い」と聞いて既に完食している。


 そして、苦しそうな俺を見て目を輝かせている。


 俺はチョコを真城ちゃんに寄越した。また、がっつき始める。だが、ふと食べるのを止めた。


「でも、これジョンさんが食べてたチョコだから間接キ―――」


「健康に良いとはいえ、やりすぎじゃないのミッちゃん?」


「これも皆さんの健康の為です。駄目ですよー?甘いチョコでブクブクと太っては。」


「皆さん」か、・・・つまりは、このチョコは今日の料理の一品であっただけだった。本命もクソもねぇ。


「よし、ミッちゃんからチョコは頂いた!次に行くぞ真城ちゃん!」


「え?あ、はい!」


 手のひらサイズはあるチョコを食べかけとは言え、一口で食べきる真城ちゃん。どこかのピンク色の悪魔のようだ。


「それじゃ、ミッちゃんさらばだ!」


 次の目標へと向け走り出す。ほろ苦い思いを払拭するように。



「ミッちゃん、ごちそうさまでした。あ、これ友チョコです。」


「ありがとう真城ちゃん。真城ちゃんの作るお菓子って甘くて好きななんだー、太るけど。」


「ミッちゃんはもう少し太った方が良いって言ってましたよ!」


「あら、それは誰が?」


「アリサさんが―――」

「ほら、真城ちゃんも急がないとジョンさんに置いていかれるよ?」


「おっとそうですね!では!」


 そのすぐあとに館内放送でメイドのアリサさんはミッちゃんに呼び出されていた。何のようだろう?



「博士!チョコ頂戴!できれば本命で!」

「だから、博士と呼ぶのは止めてください。博士号も取っていないただの東大生ですから。」

部屋をノックもせずに入り込む。


「博士」俺がそう呼んでいる人は女性にしては長身で、髪型はショートに銀髪。俺は博士と言う毎度同じ返事が返ってくる。まぁ、いつも同じ呼び方をしている俺も少しは悪いかもしれないが。


「だって、いつも博士は機械弄ってばっかりでそういうキャラじゃん。」


「好きでやってるんですよ。ジョンさんが来たら機械の調子が悪くなるので来てほしくないです。」


「またまたご冗談をー!」


冗談ではない、という顔をする博士。ちょっとめげた。


「まぁ、チョコは用意していますよ。」


 訂正。俺のテンションは有頂天。真城ちゃんと一緒にバンザイをやった。


 博士は部屋の奥へと行くと二つのチョコを持って渡してきた。


「はい、義理ですけど、どーぞ。」


 わーい、と思いながらかぶりつこうとした瞬間、あることに気がついた。


この固さ、匂い、色、これは―――


「まさか、カカオ100%とか言わないよな?」


「お、よく分かりましたね。カカオは健康にも美容にも良いことが科学的に立証されていて―――」


「ざっけんなオラー!もうミッちゃんから貰ってんだよ!カカオ100%はよーう!俺は甘いチョコが欲しいんだよーう!」


「ありゃ、ミッちゃんと被ってましたか。」


「博士ー!お前はいつもこんなんだなー!何かしらヘマこきやがる!だから博士号も取れなかったんだよ!」


「ぐぬぬぬ、そこまで言いますか。じゃあ、ジョンさんの学歴は?」


「ハーバード国際体育大学卒業でーす!」


「ねーわ!うんなもん!」


「ちぇ、しらけるわー。ジョークもチョコも通じない女性は駄目だなー」


 ここまで言うと半分涙目になる博士。ちょっと良心が痛む。


あ、ちょっとだけだぞ?


「あ、でも博士は可愛いから許そうかなー!」


「ゆ、許してくれるのか?」


「もちのろん!」


 ハニカミ、ウィンクする俺。これで大抵の女は落ちる。


「ああ、でもやっぱり、ジョンに許されようがどうでも良いわ。機械が不調だし渡すもん渡したから出ていってくれ。」


 あれ?ゲームじゃこれで落ちるんだが?


「クッソー!覚えてろー!」


 走り去る俺。チョコは真城ちゃんに押し付ける。



「あ、博士。これ友チョコです。」


「もう、真城ちゃんまで博士って言わないでよー。でも、ありがとう。」


「素敵なチョコのお返しです(パクパク)」


「で、ジョンにチョコはあげたの?」


「ま、まだです・・・。」


「こういうのは、先伸ばしにすると後悔するよー。これ、先輩からのアドバイスね。」


「はい!肝に命じます!」


 ドタドタとジョンさんの後を追う真城ちゃん。


 私にはあんな青春はなかったなーと思いつつ、また作業に取りかかる。



「アリサさんはミッちゃんに呼び出されているみたいだし、結局は本命はなしかー」


 場面は移り変わって最初の大広間。同じように真城ちゃんと机を挟んで椅子に座っている。


「誰からも本命を貰えないとか俺は愛されていないのか?ママも本当に俺を愛してくれていたのか?うう・・・」


 ここまで来ると俺のテンションも下がっていた。


「あ、あの・・・ジョンさん、これチョコです。」


 オズオズとポケットからチョコを取り出す真城ちゃん。


「ありがとう真城ちゃん。でもこれも義理なんだろー?」


「い、いえ・・・本命です。」


 え!?と、机を叩き身を乗り出した。


「こ、こんな非モテな俺に本命のチョコをくれる・・・いや、くださるですか?」


「はい・・・」


 赤面する真城ちゃん。マジかマジなのか。

ヒャッホーウ!と叫びたくなる。


「ヒャッホーウ!!!」


いや、叫んでいた。


少し不格好ながらもハート型のチョコは色が少し赤かった。


「こ、これはもしかして俺の好物の・・・」


「ストロベリーチョコです・・・。」


 ますます赤面する真城ちゃん。


「あ・・・ありがとう。これは家宝にするよ・・・」


 気付くと俺は涙を流していた。これは、勝利の涙だ。


「いや、できれば食べてほしいです。」


 真城ちゃんの言葉通り、パクりとひと口食べた。


「うう・・・甘いよう。これこそがチョコだよう。」


「ありがとうございます・・・・。」


 こうして俺のほろ苦く甘いチョコのような一日は平和に終えた。

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