格ゲー弱者たちのリアルなバウト 2/2

【飢えた狼】


「おかえりー亜也子あやこさんっ」


 新政は黒セーラー服の女性のもとへ駆け寄り、ハイタッチ。わーい、と黒セーラーが手を合わせて応える。


「……ん? え? 彩子さん?」

「そだよー」

「セーラー服?」

「うん。似合うでしょ」


 くるりと一回転。スカートが華麗に翻る。


「いつもの理知的な銀縁メガネとボブカットの彩子せんせいは?」

「――これでどう? あ、髪はウィッグなんだけど、付け直すの面倒だからこのままで許してね」


 銀縁メガネを装着する彩子先生。心なしか声のトーンが落ち着いた様子である。


「ああ、これこれ、これぞ彩子先生」


 先生と呼ぶにはいささか格好がおかしいが、大平は納得したようだ。

 それは結構、と満足しメガネをしまう亜也子。


「それで、なんでそんなセーラー服なんか着てるのさ、彩子さんは」

「聞きたい? 聞きたい? 説明しよう! 新屋彩子は黒セーラー服とウィッグを着用することにより、ヴァリアブルボム的な精神が解放されるのだ!」


 どかーん。満面の笑みで両手を挙げ解放感を表す。


「――名付けて、亜也子モード!」


 カウンター上に置かれていた書道セットで、力強く『亜也子』の三文字を書き出す。


「ずいぶん達筆だなおい! ……まあ、『19シリーズ』のあれね。そういえば読み一緒だもんね」


 ちなみに『19シリーズ』のほうは、『亜也』である。


「ん、まさかその格好で仕事してきたの!?」

「いやーさすがに仕事は、ちょっとねー。いつも通りの方が先生っぽいでしょ」

「まあね……。というか、講師がセーラー服で出てきたらひくよな、きっと」


 そう、彩子は塾講師を生業としている。時折『先生』という肩書きがつくのはそのせいもある。


「さてさて、いろいろと納得のいったところで、このわたしが買ってきた牛丼を食べようじゃないの」

「いろいろ納得しかねる点は多いが、とにかく牛丼だっ」


 亜也子の持ってきてくれた、カウンターの上に置かれた牛丼中盛三個。大平がその一つに手を伸ばすが、それを制するもう一つの手。新政だ。


「おいー新政、俺にその肉たっぷりご飯少なめで夜食にちょうどいい中盛を食わせろよう」

「いやいや大平、この肉たっぷりご飯少なめで夜食にちょうどよくてビールもすすむ中盛は渡せないなあ」

「なんだ、さっきのまだ怒ってるの?」

「そりゃあ怒ってるともさ!」


 ぐうーう。

 新政のおなかから低音が響く。


「……とりあえず、一時休戦として、食わないか?」

「……そうしよう。ビールも飲もう」


 大平の提案に新政は同意せざるを得ない。さすが人間の三大欲求の一つ。はなから勝算はないのである。



「ところでー」


 大量にもらってきたお持ち帰り用の紅しょうがを一気に十袋ほど牛丼に盛る亜也子。これは牛丼なのか生姜丼なのか。

 準備が整ったところで、亜也子が話を続ける。


「さっきのって何? なんかものすごく珍しく新政くん怒ってたみたいだけど」

「知らずに加勢してたんだ!?」


 すかさずつっこむ大平。左手に持つ牛丼はすでに半分ほどまで減っている。


「だってほら、妻ですから!」

「はいはい。仲のよろしいことで」


 えへへ、と割り箸を持ったほうの手で頭を掻き、照れてみせる亜也子。


「聞いてよ亜也子さんー、大平がひどいんだよー」


 かくかくしかじかと、先ほどの電話の後のいきさつを亜也子に説明する新政。


「なにー! 大平くん許すまじだ!」


 大して怒っているようにも見えないが、亜也子はすっくと立ちあがり、サターンのソフトが並ぶ棚へ向かう。


「――あ、『マジドロ3』だ。いいねーあとで買おうかな。……お、『ダライアス外伝』。横は苦手だけど音楽いいんだよねー」


 少々吟味――というか本題から外れた個人的な物色――に時間がかかっているようだ。

 すでに牛丼をご飯粒一粒も残さず完食した新政が黒セーラーに呼びかける。


「亜也子さーん、牛丼冷めちゃうよ?」

「はいはーい……あ、これこれ。あったー!」


 一本のサターンソフトを棚から取り出すと、亜也子はうれしそうに駆け戻り、パッケージの表を大平に向かって勢いよく突き出す。


「これで叩き潰す!」


 パッケージには、いかにも西洋の貴族が座っていそうなイスに、偉そうに足を組んで座っているギース・ハワードの姿があった。



【二〇円の思い出】


「おお、『リアルバウト』! 餓狼シリーズの中では一番好き、というか馴染んでるんだよな」


 亜也子のひっぱりだしてきたセガサターン版『リアルバウト餓狼伝説』に、速攻で大平が食いつく。


「それ、うちのおじさんのゲーセンの影響でしょ。20円コーナーに長いこと置かれてたし」

「そうだったね。20円だったし、大平含め友達と対戦しまくったなー。結局あんまり上達しなかったけど」


 彼らが足繁く通っていた、今はもうないゲームセンターに思いを馳せる。

 亜也子のおじはかつて市の中心部でゲームセンターを経営しており、高校の頃は大平も新政もほぼ毎日のように、そこに通っていたのだ。

 やはり目玉は、新屋夫妻が言及している1プレイ20円のコーナー。稼働から少し時間の経ったものが大半で、筐体も古くて小さめなものが使われていたが、格ゲー、シューティング、アクション、クイズ、などなど、一通り揃えられていたので、財源に限りのある高校生たちには人気のコーナーだった。なかでも『リアルバウト餓狼伝説』は、そんなコーナーであるにも関わらず対戦台として設置されていた時期もあり、なかなかの人気を誇っていたのだ。

 余談だが、亜也子と新政の馴れ初めもそのゲーセンから始まる。その話はまたの機会に取っておこう。


「それで! この極悪非道の大平矢留を新屋家が成敗してやるから、覚悟するのです!」

「新屋家が、って二人がかりなのか。まあいいや、受けて立ってやろうじゃないですか。たまには格ゲーもよかろうよ」


 そうなのだ。この古本屋の関係者たちは、揃いも揃って格闘ゲームが得意だと胸を張って言える者がいないのだ。なので当然、あまりプレイされないと。

 そんな状況に満足気な亜也子。小さくガッツポーズ。


「よしよし、ミレニアムブックスに新風を吹き込んでやった!」

「ほら、そんなことより、いいから早くやろうぜ」


 急かす大平。勝負をふっかけられたはずの大平が一番楽しみにしているように見える。

 大平はさっそくパッケージを開け、まずは拡張RAMカートリッジを取り出す。

「そういやサターン版は拡張RAM必要だったんだっけ」

「そうさ。……くっ、この! やっぱパワーメモリー抜けづらいな」


 慎重かつ力を込めて、サターン本体後部に挿入されているパワーメモリーを抜き取る大平。


「取れた……。パワーメモリー、すぐ接触悪くなってデータ見られなくなるんだよなあ」


 ぶつぶつ文句を言いつつ、代わりに拡張RAMカートリッジを挿入する。そしてディスクを入れ替え、パワーオン。

 サターンの起動画面が流れる。さあ、今宵のバウトの始まりだ。



【設定という名のバグ】


「よーしじゃあさっそく勝負だな!」


 まずはキャラ選択画面に進み、大平は主人公キャラである『テリー』を選択。


「あ、俺は『アンディ』使わないから、新政は『キム』禁止ね」

「まじか! 僕は『キム』くらいしかまともに使えないのに!」

「だからだよ。新政の『キム』割と強いだろ? そういうの抜きでいってみようぜ」


 彼らは一応それぞれ得意とする持ちキャラを持っており、それは封印して純粋な実力で勝負しようということになったようだ。


「ねえねえ、わたしはー? 得意キャラあるほどやってなかったんだけど」

「そっか、じゃあ亜也子さんは制限なしね」

「やった! じゃあさっそく乱入ー」


〔HERE COMES A NEW CHALLENGER〕


 乱入を知らせるメッセージが大きく表示され、再度キャラ選択画面へ。亜也子は迷わず『ギース』を選択。


「亜也子さん『ギース』か、意外だなー。使いづらいんじゃない?」

「ノープロブレム! これで叩き潰してやるんだからー」


 自信たっぷりに胸を張る亜也子。

 ロードが終わり、ROUND 1。

 お互いに様子見とばかりに遠隔攻撃を放つ。打ち消しあったところで、大平が懐に飛び込もうとジャンプ攻撃で間合いを詰める。そのとき、亜也子はなぜかしゃがみ弱パンチを出し、モロに攻撃を食らう。


「ん、あれ? あれ?」


 亜也子自身、首を傾げている。

 その後も亜也子の不可思議な挙動が続く。間合いを詰められるたびにしゃがみ弱パンチを出す。


「あれーなんでだろ……出ない出ない」


 そんなことを繰り返すうち、ほぼ無傷で大平が一本先取。


「おーどうしたんですか亜也子先生。叩き潰すんじゃなかったっけ?」

「おかしい! なんでアレ出ないんだろ……『レイジングストーム』だっけ」


 ROUND 2。

 亜也子のその言葉と先ほどの謎挙動から、新政が一つの事実を思い出す。


「あっ……! 亜也子さん、『↓↓+A』で超必殺技は出ないよ!」

「ええーっ!? それは困るー」


 亜也子はほぼ超必殺技を頼りにしていたのか、他の動作は完全なる素人のものであった。うまい間合いもわからず、しゃがみ攻撃を繰り出すのみ。格ゲーが苦手とはいえ大平はそこそこプレイしているため、大した苦労もなくK.O.。


「よっしゃ! まずは亜也子さん撃破!」

「うう、負けたー……なんで『レイジングストーム』出ないの」

「亜也子さん、かつて遊んだあの店の『リアルバウト』、『↓↓+A』で超必殺技、『↓↓+C』で潜在能力が出るようになってたんだよ。しかもゲージ溜まってなくても無制限にね」

「え! 普通は出ないの!?」


 揃ってうなずく二人。


「そうだったんだー。あれさえできれば勝てると思ってたのに!」


 大げさに肩を落とす亜也子。


「まあ、あれ使えるなら、叩き潰す! って自信たっぷりに言えるよなあ」

「結局、僕らもかなりプレイしたのにさほど上達しなかったのは、その設定のせいが大きい気がするんだよね」


 ちなみに彼らは設定と思い込んでいるが、ある特定操作で発生するバグらしく、しかもお店側でそれを解除することができないものだったのだ。お店としてはそれを逆手に取り、としてうまく利用していたのだろう。格安コーナーのおまけ的な位置づけで。


「さて、じゃあその上達しなかった者同士、勝負だな! KAKATTEKONKAI」

「beatmania 4thMIXか! 古いよ大平!!」

「それで通じ合っている君たちが怖いからね!?」


 珍しくつっこまざるを得ない亜也子であった。



【しんでしまうとは】


 新政が選んだキャラは『アンディ』。


「僕が使う分には問題ないよね?」

「ああ、どうぞどうぞー」


 ロードが終わりバトル開始。特に派手さもない感じで、通常技コンボと必殺技の応酬となる。


「よくさあ、通常技から超必殺技とかみんな普通に繋いでるけどさ」

「ああ、ムリムリ、ムリだよね。それこそあの設定でもないと」

「だよなあ。よし『パワーダンク』つなが……オゥノー!!」


 大平は画面端で新政を追い詰め、『クラックシュート』から続けて『パワーダンク』へ繋げようとする。だが、新政はうまくライン移動でかわし、大平は画面端の障害物を破壊して場外へ飛んでゆき、リングアウトとなる。追い詰めて連続攻撃を仕掛けていたため、障害物にダメージが蓄積されていたのだ。


「おお、おおひら! じばくするとは、!」


 『ドラクエ』の名台詞をもじる亜也子。だがどこかおかしい。次ラウンドを開始しながら必死に否定するゆうしゃおおひら。


「いや亜也子さんなんかそれ違うから! 俺脱いだりしてないよ!?」


 バトルを続けつつ、新政は過去の記憶を冷静に引っ張り出してくる。


「あれ、正しくは『なさけない』だっけ」

「それも正しい。そのときどきによってちょっとずつ違うんだよなー。Iは『なにごとだ』、IIだと『なさけない』、IIIになると『ふがいない』、だったかな」

「じゃあはしたないも」

「「ないよ!」」


 二人に同時につっこまれる亜也子。


「でもでも、なんか語呂いいじゃない!」

「わからなくもないけど……うーわーっ!」


 画面上では今度は新政のアンディが『超裂破弾』を画面端で放ち、同じくリングアウト。


「おお、あらまさ! じばくするとは、はしたない!」

「いいよもう……そんなにはしたないのが見たいのかーっ!」


 ゆうしゃあらまさはとつぜんたちあがり、シャツをぬぎはじめた!


「わわっ、落ち着け新政! 疲れすぎて壊れたのかっ!?」


 パッドから慌てて手を離し、新政を止めに入る大平。亜也子は、「あっはは、もっとやれー」と煽るばかりである。

 結局、騒ぎが収束する頃には、タイムアップでドローになっているのであった。



【タイムアップ】


 その後もしばらく対戦は続く。

 同じキャラばかりだと飽きてくるので、ほとんど使ったことのないキャラを使うようになってくる。うまい立ち回りがまったくわからないため、強攻撃や必殺技で大きく削り、追い込んだら弱攻撃でちまちまとがんばって当ててK.O.を奪う。

 そんな泥仕合の様相を呈していても、勝敗に一喜一憂する三人。


「よっしゃ! 俺なかなか『ブルーマリー』の才能あるんじゃないか?」

「そういうのはもうちょっとうまくなってから言えよ!」


 新政の言はもっともではあるが、勝者大平を前にして敗者は去るのみである。パッドを亜也子に手渡す。


「よーし、じゃあそろそろ大平くんの連勝にストップかけよう。わたしがいくよー」


 亜也子は、ひたすら通常攻撃を連打しまくる、通称『タコ拳』作戦。


「うわ、めんどい!」


 それなりに効果はあるが、落ち着いて対処し大平が勝利を重ねる。


「うわーやっぱダメかー! ……え、もうこんな時間?」


 またしても負けた亜也子がふとカウンターの中の時計に目をやると、午前二時を示している。


「よし、じゃあ今日はここまでかな。なかなか楽しめたなー」

「大平くん! 次は負けないから、覚えておけー」


 大平を指さしながら捨て台詞を吐く黒セーラー。言葉とは裏腹に楽しそうである。


「はいはい、今度は叩き潰してくださいねー」

「くっそー! 新政くん、こいつを今すぐ殺ろう!」

「はいはい、亜也子さん、今日は帰りましょうねー」


 まだまだテンションのおさまらない亜也子をなだめすかす男二人。


「うーん仕方ない、じゃあ今日はあきらめる……明日もだもんね」

「「!!」」


 の二文字に固まる二人。


「うーん、思い出したくなかった……」

「まあまあ、明日は一応平日だし……がんばろう……うん」


 今日までの忙しさを思い出し、再びぐったりする販売業たち。

 ゴールデンウィークは中休みを経て、まだまだ続くのである。



+×+×+×+× now loading...



【深夜のクロージング】


 店のシャッターを下ろす大平に見送られ、自転車を押して帰路に就く新家夫妻。

 突然、亜也子が何か思いついたようで、口に手を当て、それからニヤリと顔を歪ませる。


「新政くんー、ゴールデンウィーク終わったあと、二日くらい休み取れる?」

「……? たぶん二日くらいならすでに休みにしてあったと思うけど、どうしたの?」

「えーっとね」


 亜也子は、新政の耳元に口を近づけて今の思いつきを囁こうとする。だが、やはり思い直して耳から離れ、スキップしながら先に進む。


「ふふんー、まだヒミツ! 今はまだ溜めの段階なのです」


 セーラー服のスカートをひらめかせ、ずいぶんとゴキゲンな様子の亜也子を眺めつつ、新政はゴールデンウィーク後のことを思う。今は想像もつかないボムを溜めているのかと思うと、楽しみ半分、怖さ半分な新政であった。



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