金曜日

 五日間連続の勤務になる。

 バックレの代わりにしばらくシフトを埋めるのなら、週七日勤務になってしまう。若き店長がそのことを心配して代わりを探してくれるなんてことはなかった。自分が言い出した事だったし、バックレが本当にバックレたと知って自分が間違ってたことで負い目があった。ただ、疲れていた。肉体よりも精神が。


 俺の本来のシフトは、月曜・金曜・土曜・日曜の準夜勤務だ。

 だから今日は自分のシフトに入った。

 金曜日は若き店長が休みの日なので、本当なら気が楽だと思わないといけない。だけど、そんなことは決してなく気が重い日だった。


 準夜勤務の開始一時間前にお店に勤務に入る。

 金曜日はお菓子やカップ麺の新商品が多く入る。なので深夜勤務の負担を軽くするために、準夜勤務の一人が早めに入って商品の品出しをしないといけない。


 今日の夕方勤務は、巨乳と人間嫌いだった。

 いつも顔を合わせる二人なのだが、接客の面から見たらよくないコンビだと思う。

 巨乳はレジから離れる事はなく、フライドフードの補充以外の仕事は全て放棄して接客にのみ集中する。接客に専念と言っても、声は出さないのに接客が成り立っているのはこれがレジの会計だからだろう。本人はとにかくエネルギーを消費するのが苦手らしく、動き回るのも声を出すのもしたくないとのこと。これがコンビニ以外の接客業、例えばレストランのウエイトレスだったら勤まらないんじゃないか。


 若き店長が面接をして即採用を決めたんだけど、その時の理由が、「胸がでかい。この店には胸がでかい子だけが足りなかったんだ」であるからして、仕事するしないはどうでもいいんだろう。


 高く積んだ段ボールを商品棚の前に下ろす。お客さんの行き来を邪魔しないように商品を補充するのでなかなかはかどらない。早くやらないとあっという間にセンター便が来る時間になってしまう。


 窓際の本棚のある通りで床をモップがけしている人間嫌いがいた。

 巨乳とは対照的にレジに近づかないのが人間嫌いだ。

 レジはほとんどやりたがらない。やってもお客さんと目を合わせる事がない。彼はお客さんだけでなく、他のスタッフとも会話をしたがらなかった。約十年間に渡ったゆとり教育の終わりになるにつれて、どんどん自己中心的であることを奨励するようになったと思う。それまでなら、協調性がないと非難をあびるようなことでも、相手を尊重するという名目で許されるようになった。それは聞こえはいいけど、要はコミュニケーション能力の低下だろう。自分が関わりたい人とだけ関わる事が彼らの望みだ。みんなの本音であるその思いは、けれど人間社会で生きて行くには通用しないことで、現実にそれを下の世代の子達が何の抵抗もなく実行しているのを見ていると、俺からしたら今の大人が子供に優しくなったのか無関心になったのかどっちかだと思う。


 さすがに社会に出てもそれで通用するとは思えない。

 ああ、だから最近は入社してすぐに辞める人が多いんだな。

 でも、こんなことを考える自分の方が異端者なんだと思う。

 まぁ、巨乳と人間嫌いの利害が一致しているから、この時間はうまく回っているんだろうし。レジから離れたくない巨乳と、レジに近づきたくない人間嫌い。レジだけやる巨乳と、レジ以外の仕事だけをやりたがる人間嫌い。

 ああ、二人ともアルバイト選び間違えたんじゃないかな?


「あ、おはようございます」


 新商品の品出しが終わりにさしかかった頃、段ボールを折り畳んでいたら後ろから声をかけられた。

 振り返ると、男喰おとこぐいだった。

 男喰いを見れば誰でも美人だと思う。

 初めて会った時、「うわぁ、めちゃくちゃかわいいな」と素直に思った。

 だけど、同時に奇妙な感覚に襲われた。

 うさんくさい?

 きな臭い?

 めんどくさい?

 そんな感覚を持ったから、それ以降、あまり関わらないようにしてきた。

 男喰いの都合で最近になってシフトが重なるようになるまでは、会う事もなかった。


 引き継ぎのために男喰いと一緒にレジカウンター内に立つ。巨乳と人間嫌い立ち会いの元で、レジ点検に問題がないのを確認して二人がシフトを上がるのを見届ける。


「来ないね」


 男喰いが言った。

 センター便の車が外に停車しているのが見えているので、バイトリーダーのことを言っているのだろう。


「遅刻かな?」

「え? バイトリーダーって、あんなに遅刻にうるさいのに?」


 男喰いはバイトリーダーとシフトが重なってまだ日が浅いから知らないんだろうけど、あの人はしょっちゅう遅刻する。

 今日は、準夜勤務は三人の日だった。


 名目上、若き店長が休みだからという計らいらしいけど、そんなのここ数ヶ月になっての話だぞ。男喰いがシフトを移りたいと言い出して、何故かこの金曜日に三人目として移って来たのだ。それまでは、俺とバイトリーダーの二人でやっていたのに。

 レジを男喰いに任せてセンター便の検品を始める。さすがにバイトリーダーは、そこまで長く遅刻はしないだろう。すぐに来るはずだ。


 お客さんの数が増えて来た。この一時間がピークだ。今日は三人なんだから、センター便も二人でやりたいんだけど。

 検品を終えて、商品の陳列に入ろうとして、ここまで一回もレジに呼ばれていない事に気がついた。

 レジを振り返った。

 ああ、と納得するのと同時にまた溜息が漏れる。


 1レジも2レジもちゃんと稼動していた。列に並んだお客さんは双方のレジにバラけて会計している。

 バイトリーダーがいつの間にかお店に来ていた。

 また、いつも通りの気がついたらそこにいたパターンだった。

 間もなく、お客さんの列がなくなった。

 今日は来るかなと思たけど、バイトリーダーは男喰いと談笑していた。

 結局、今日もセンター便を一人でやる。お客さんの足が弱くなってもバイトリーダーはレジを離れる事なく男喰いと談笑を続けていた。


「おはようございます」


 センター便が終わって、遅刻しなかった体でいるバイトリーダーに挨拶した。

 無精髭に髪の毛は寝癖がついたままのバイトリーダーは俺と目を合わせず、「あ、ああ」とだけ言った。

 

 あんまりにも当たり前の顔をして遅刻するから一度問いつめた事があった。そのときバイトリーダーは、逆ギレして、「お店の雰囲気が悪いんだよ。みんながちゃんとしないから遅刻するんだろっ」と言った。それ以来、かける言葉がまだ見つからない。年上だから遠慮もある。


「じゃあ、俺らは今のうちにウォークインにあるドリンクの補充行ってくるから」


 バイトリーダーが男喰いに声をかけると、男喰いは無表情で頷いた。

 俺がセンター便を終えて戻って来てすぐに、二人はレジカウンターを離れる。もう毎度の事なので、言うだけ無駄だから諦めていた。

 一体、どれだけ諦めればいいんだか。


 二人がいなくなって、すぐにお客さんがたくさんやってきてレジに列ができた。

 レジの下にはスタッフを呼ぶためのブザーが付いているのでそれを押す。押されたら、すぐにスタッフはレジに駆けつけないといけない決まりだ。

 ブザーを鳴らしても誰かが来る気配すらなかった。

 接客の合間にもう一度ブザーを鳴らす。

 お客さんの俺に向ける視線が痛い。

 もう一度ブザーを押した。

 不意に一人のお客さんがレジに割って入った。


「あの、コピー機の用紙が切れたみたいなんですけど」

「少々お待ちいただけますか?」


 ブザーをまた押す。

 誰もやって来ない。

 ああ、ウォークインの補充だっていつも一人でやっていたじゃないかよ。

 俺は、ガックリとうな垂れた。

 開き直った。

 お客さんの視線を全て受け止めて待たせるだけ待たせる事にして、一人で乗り切った。

 クレームが来ても知らないからな。


 お客さんの足が弱くなった頃に雑誌と書籍がまとめて届いたので、一人で袋から取り出して、立ち読み防止のために雑誌は荷造り紐で縛って、書籍はテープで止めて陳列を始める。


「おはようございます」


 二人が戻ってくるよりも早く、深夜勤務の守護神がお店にやってきた。お店に俺しかいないのを見て、守護神は苦笑いを浮かべた。


「またですか?」


 俺は黙って頷く。あの二人は付き合っている関係なのか、バイトリーダーが口説いているのかどうかわからないけど、必ず一時間以上ウォークインにこもりきりになるんだ。

 守護神が雑誌と書籍の陳列を手伝ってくれていると、二人はやっと戻って来た。

 時計を見たらもうすぐ準夜勤務は終わる時間だった。


「あれ? まだ終わってないの?」


 バイトリーダーのその一言に、手に持った雑誌を投げつけたくなる衝動を必死に抑えこむ。


「ったく、しょうがねえなぁ。やっぱり、俺がいないとダメだな」


 バイトリーダーは、最後の一束をまとめて手に取ると本棚へと持って行った。

 うん、それで終わりなんだけどね。あんた、それだけしかやってないよね。チラッと男喰いを見たら、彼女はレジにボケッと立っていた。


「おい。今のうちに外掃除やっとけよ」


 バイトリーダーに声をかけられて、そこまで全部俺がやらないといけないのかと首を傾げそうになった。

 準夜勤務は最後に、店の外回りを掃除しなければいけない。店の外の駐車場を含めた敷地には吐き出されたガムや中身ごと捨てられてたカップ麺、フライドフードを入れた紙袋、タバコの吸い殻があっちこっちに落ちていたりする。ゴミをゴミ箱に捨てる、タバコは設置されている灰皿に捨てる、そんな当たり前のことをしないからそうなってしまう。そこら辺、そういう事する人達はどう考えているのか教えてほしい。だって、掃除大変じゃん。


 毎度、毎度、あんまりにもひどい光景にデッキブラシとホースを持って立ち尽くしてしまう。振り向いて店内の様子を見ると、レジでバイトリーダーが楽しそうに男喰いに話しかけている。男喰いはほとんど無表情で、時々頷いていた。

 あの二人は準夜勤務の間、何をやっているんだろ?


 ため息をつきながら、外掃除を始めた。

 こんな気持ちじゃだめだ。心が荒むばかりだ。

 自分が周りからどう見られているかは分からない。俺だってもしかしたらひどい仕事ぶりなのかもしれない。だから、人に文句を言える立場じゃない。

 そうやって自分に言い聞かせながら、デッキブラシでゴシゴシと地面をこすった。

 俺一人じゃレジを離れる事だってできない。いつのまにか、自分が一番仕事しているとかうぬぼれていたんじゃないかな。

 だんだんと自分が悪い気がしてきた。

 バイトリーダーも男喰いもレジをしっかりやってくれているんだ。それに感謝しないといけない。さぁ、気を取り直して、


「おう、まだやってんのか。もう上がりの時間だぞ。俺ら先に帰るわ」


 振り返ったら、お店の入り口の自動ドアから、私服に着替えたバイトリーダーと男喰いが出て来た。

 バイトリーダーは、男喰いに目配せすると歩き出した。その背中がどんどん遠のいて行く。男喰いはつまらなそうな顔をして、その後をついて行った。そして、バイトリーダーの車に乗り込む。車は勢いよく発進して道路に出ると、猛スピードで走り去って行った。

 金曜日が三人体制になってからずっとこんな感じだ。

 車が見えなくなると、俺は大きくため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る