第21話 エル

 フォーマルハウトのおよそ3割に当たる敷地、それがローエン・クラスティア・ベルーゼ魔術学園。いうなれば、複数の学科のある大学並みの敷地規模だ。


 学内に設置されたカフェテリアから呪術にかけられた少女の隔離されているリーゼロッテの教職員用宿舎までの徒歩での移動距離はそれなりに長い。生徒たちとすれ違うたびに笑顔で挨拶をされるリーザロッテを眺めながら、スレイは空を見上げる。



 青空。

 雲ひとつない青い空とそれを彩る白い花たちの賛歌。常に気を張っていても仕方ないので、景色を楽しみながら宿舎までの道のりを進んでいく。

 スレイとしては、束の間の休息。ちょっとした散歩気分であるが、忠告したのに事件に首を突っ込まれるエリナとしては、分かっていても溜まったものではない。

 魔法については専門でなくても村を率いるだけに値する知識と才能を持つエリナ。その彼女が、手が出せない呪術ともなれば渋い顔を見せても仕方のないことだろう。


「ここに来る前に関わるなっていったのに、本当にどうしようもないわね」


 スレイは、思わず苦笑いを返しながらリーザロッテとの会話を振り返る。


「いやぁー…どうにもキナ臭い話だったからな」


 王国で送還祭が始まる前後から始まったこの事件。

 スレイとしては、それがなぜだか、気になって仕方なかった。

 魔素活性化地帯で姿を見せる王国の影。スレイとヴァイスの見解では、完全な黒。この妙な事件からも同様の消し切れなかった臭いを感じていた。


「キナ臭い話って?リーザロッテの話の中にそんな要素あったかしら…?」


 スレイは、右手の人差し指に填めた青と金の彩る小さな指輪に触れる。古代文字の掘り込まれ、ブルーミスリルの流し込まれたを弄りながら、一言だけ呟く。


「…まぁ、ここで話すようなことでもないさ」




 エリナと周りに聞こえない程度の小声でやり取りを終えると不意にジャケットの裾を握られる感触。スレイは、裾を握るサリアに視線を向ける。


「ところで…スレイ先輩たちは、リーゼロッテ先生と一体どんな話をしてたんですか?結構気になっちゃうなーって…」


 控えめに会話の内容を聞き出そうとするサリアに呆れながらも、スレイはその意思に免じて、詳細に触れない程度に内容を開示する。


「そうだなぁ…ヴァイスの知り合いってことで、リーゼロッテの手伝いをすることになっただけだ。たいしたことはない」


 実際には、困難な内容が数多く立ち塞がっているが、目の前の彼らには、詳細まで明かすわけにはいかない為、手伝いをすると言う内容だけを明かすスレイ。その説明だけで納得したサリアは、目を輝かせながら何かを考え込み始める。


「じゃあ、暫くここにいるってことかー…えへへ」


「サリア、スレイさんたちの依頼に同行して、経験でも積もうって考えが顔に出てるって…」


「えっ、そ、そんなことないよ!」


 愉快な表情を見せるサリアに頭を抱えたリオン。彼は、サリアの分かりやすい表情から考えを読み取ると嘆息をしながら咎める。

 駄々漏れだった思考に思わず動揺するサリアだったが、やがて顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あぁ、わかったわかった…まぁ、危なくない程度の奴なら呼んでやるからちゃんと許可を取ってから来いよ。それでいいか、先生?」


 その姿に思わず、スレイも苦笑しながらリーザロッテに同意を求める。

 リーザロッテは、暫く考え込むと見るものを虜にするような柔らかい優しげな笑顔をサリアに向けて決して無茶をしないことを条件に許可を出した。


「やった!ありがとうございますリーザロッテせんせー!!」


「じゃあ、そろそろ明日の準備をして旅の疲れを取らないといけないわね」


 リーザロッテにリオンは、ふと思い出したように自分たちの手にする荷物の山に目を向ける。なんせ、二人とも実地から戻ったばかり。明日からすぐに魔術学園の授業があるが、その準備もできていない。


「おっと、忘れてました…。では、僕らはここで離脱させてもらいます。明日からの準備もしないといけないですしね」


 慌てるように動き出した二人を眺めながら、元の世界で学生だった頃に卒業旅行の次の日に即授業を受ける事になった記憶を思い出した流星。思わず、スレイとしてではなく流星としての言葉が漏れてしまう


「学生ってのは大変だな」


「冒険者の仕事よりは楽だと思いますけどね」


「それは、違いない」



 苦笑しながら、二人を見送り、スレイは正面に見えてきた3階建ての教員用の宿舎を見上げる。

 一見すると、作られて間もない建物のような真新しさを感じさせる。その実態は、建物の老朽化を魔術で抑えているだけのようで、建物の構造自体は他の建物と比べると幾分古い作りをしている。


「本来、こちらの建物に人を呼ぶことはあまりないのですが…どうぞ、お入りください」



 リーザロッテに案内されるように建物の中に入ると少々古いエントランスホールが迎え入れる。少々くたびれた印象のある家具が並べてあるが、掃除はされていても、長らく使われている気配がない。


「きちんと手入れはされていている建物のようだが、人の出入りが少ないようだな?」


「えっと、気がついちゃいますよね…。ここの先生って大半が研究室に寝泊りしてるんで殆ど使われる事もなくて、そのまま置かれているんですよねぇ…」


 リーザロッテは苦笑いをしながら、2階の階段をあがってすぐの部屋の前で足を止める。ドアには複雑な術式が真新しく掘り込まれており、目的地がここであると主張している。物理と魔術、2種類を組み合わせて、部屋をうまく隔離しているようだ。


「ここが、私の部屋です。今は生徒を保護しているので、隣の部屋を借りているんですけどね」


 軽くノックをすると控えめな返事が聞こえて、ドアの鍵を開ける音が聞こえる。リーザロッテは、そのままドアノブに手を伸ばさずに一旦、懐から取り出した部屋の鍵を差しこみ、一度ロックをかけ直してから再度解除する。

 リーザロッテの一見無駄な行動に疑問を感じたエリナは、思わずその疑問を口にする。


「えっと、向こうから鍵を開けてもらったんじゃ…?」


「あぁ、これですね。こうしないと絶対に中からも外からも開けられない仕組みにしているんですよ。何が起こるか分からないので、こういう方法をとっているんです」


 リーザロッテは、簡単に仕組みを説明するとドアノブを握り、ドアを開くと魔力灯に照らされた明るい部屋の光が、薄暗い廊下に漏れ出す。

 部屋の中からリーザロッテを迎え入れた少女の姿にスレイは、思わず言葉を失った。


「おねえちゃん、おかえりなさい。そちらの二人は、ここの生徒さんじゃなさそうですけど…お客さんですか?」


 くすみのない銀色の髪と幼さの残る端正な顔立ち、サリアよりも華奢な身体。リーザロッテと瓜二つの少女がそこにはいた。

 しいていうならば、リーザロッテよりもスタイルだけは、ずいぶん控えめで幼さの残る点が大きな違いだろう。ただし、片目だけは隠すように魔術印の入った眼帯が巻かれている。スレイは、思わずリーザロッテに問いかける。


「もしかして、姉妹か…?」


「はい、私の大切な妹で生徒です」


 リーザロッテは、柔らかな笑顔を向けながら、スレイとエリナを部屋へと招き入れた。




 どこか清潔感すら感じさせる白を基調とした部屋には、エントランスホールの光景を思い出すと同じ建物とは生活観を感じさせる。

 机の上に積み上げられた教材や魔導書、壁にかけられたサリアのものと同じ礼装としての機能を持ったローブ。綺麗にベットメイキングされたベットの上に折り畳まれた制服やキャミソールやチラリと見え隠れしている下着の類。

 最後の品は見なかったことにしたスレイは、部屋の入り口にハルバートを立てかけ、部屋の中央にある足の短いテーブルの傍に腰を下ろす。


「まずは、始めまして。色々あってリーザロッテに協力する事になったスレイだ」


 スレイは、手馴れた手つきでジャケットの内ポケットに仕舞い込んだ白金のギルドカードを取り出して、眼帯をつけた少女へ自己紹介をする。突然、姉と尋ねて来た冒険者。少女は、困惑気味に疑問をぶつける。


「えっと、冒険者さんですか…?」


「突然お邪魔してすまないな。…君に例の悪夢の話で聞きたい事があって、お姉さんに無理を言ってお邪魔させてもらったんだ」


「あぁ…あの悪夢の事ですね。とりあえず私も自己紹介させてもらいますね。私の名前は、エルっていいます。おねえちゃんの妹で、ここの学生をしています」


 笑顔を向けて、控えめに頭を下げる少女。

 そんな、身長も低くスタイルも控えめな少女の姿が、氷のような美しい青髪の少女と重なって見えてしまったスレイは、どこか微笑ましく感じてしまう。


 だが、そんな彼女の片目を遮る黒い眼帯が、彼女の置かれている状況を視覚的に訴えかけてくる。気を引き締め直したスレイは、エルに疑問をぶつける。


「まず、最初に悪夢を見るようになった日は、送還祭の前後とリーザロッテから聞いたけど、送還祭の前に見てるんじゃないか?」


 どこか確信めいたスレイの言葉に3人の視線が集まる。

 暫し、記憶を遡った少女は、自信なさげに返事を返す。


「えぇっと…多分、そうだと思います。送還祭で盛り上がってる時の記憶が曖昧なになっていて…」


 リーザロッテは、エルに起こっていたその時の状況を補足するように付け足していく。


「私が妹の異変に気がついた時には、送還祭が始まっていました。何を話しかけても心ここにあらずって感じで…送還祭が終わったくらいから片目から呪術の影響を受け始めてる事に気がついた私は、すぐにこの部屋で隔離することにしました」


「正直、おねえちゃんの部屋の結界で保護されるまで、自分の事なのにその時の記憶が全然ないんです。ただ、寝ていなくても何かに常に見られているような…どこかに囚われているような…」


「もしかして、街にいた人もその時期から悪夢の症状が出たんじゃないのか。後、それを前後するように魔素活性化地帯も変化したとか…?」


 スレイの疑問にリーザロッテは、静かに頷く。

 妙な事件であったが、スレイの中で散らばったピースが段々つながっていくような感覚が広がっていく。魔素活性化地帯の変化、呪術による精神汚染、送還祭の前と言うタイミング。


「活性化地帯の変化について…なんですけど、活性化の勢いが増して、探索が困難になっています。その所為で、王国から取り寄せた特別な遺失物の封印を解除することになったのですが…」


 表情を曇らせて言葉を詰まるリーザロッテ。

 遺失物について気になったスレイは、彼女に問いかける。


「遺失物って結局のところ、一体何なんだ?」




「引き抜くだけであらゆる魔素を喰らう。その内の1本です」

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