第17話 灰色

 元の世界では、スーツかジャージという賃金の為に働く企業戦士だったスレイにとって、1店舗丸々衣服や装飾品を取り扱うお店に入るということは久しぶりのことだった。スレイにとっての衣服とは、動きやすいものと礼服があれば事足りる程度の考え。


「さてと、とりあえず一式買って置けばいいかな…?」


 お洒落に無頓着な彼であるが、女性陣の衣服の買い物にかかる時間の長さは、元の世界でもこの世界でも十分理解している。女性にとってお洒落とは、常に向き合う必要のある生活の一部。じっくり時間をかけて、身嗜みを整える努力に口を挟む方が野暮というものだ。普段自分が着ないような服を見て回りながら、ゆっくり店内の衣服を眺めていく。


「お客さん、何かお探しー?」


 随分ゆっくり眺めていたせいか、2階の店番をしていた女性の商人が声をかけてくる。エミリーのような狐のような耳を生やした低身長の亜人女性。背中の大きく開いたエプロンドレスを揺らしながら近寄る彼女の姿は、幼げで可愛さを感じさせる。


「ん、あ、あぁ…服を探してるんだ」


 大分年齢を下に見積もってしまったが、背中の大きく開いた衣服を纏う獣人系の種族は、成人女性という話が頭を過ぎる。所謂、種族間の文化の違い。背中を見せるか隠すかで、成人しているかを視覚的に伝えるといった内容。スレイは、文化の違いについて語っていたサリアの言葉を思い出しながら商人に視線を合わせる。


「お客さんお客さん、服屋に服を探すのは、普通でしょー」


「なんというか…服屋の店員に声をかけられるのは大の苦手なんだ」


 店員に声をかけられて調子の狂ってしまったスレイは、苦笑いをしながら動きやすい衣服を探していることを伝えると彼女は快くコーディネートを引き受ける。どうせ、自分で選んでいたら黒ばかりになってしまうから、彼女に任せてしまうという半ば丸投げ思考。多少値段が張ったとしても、それなりに活動資金や手元にバックパックの中身の素材やオークの巣から回収した品物を売れば元は返ってくる。


「ならなら、こちらはどうでしょー!」


 女性店員に渡されたのは、一見するとなんてことはない紺色のYシャツと白いジャケット。戦闘をこなすには少々、普通すぎる衣服ではないかと視線を向ける。


「こちらは、シールダーキャタピーの吐く糸から精製された糸で作られた素材なので頑丈さが売りなんよー。しかも多少返り血を浴びたところで、服に色移りしにくいから普段使いから戦闘までもってこい!」


 シールダーキャタピーとは、アスタルテの村の周囲に広がる森に生息する強固な殻を持った魔物。その硬さは、ドラゴンの亜種であるワイバーンが踏みつけても殻は破壊されないとまで言われている。といっても、殻が固いだけで中身は柔らかい虫系の魔物。殆ど動くこともなく糸を吐いて殻を強化するだけの魔物。自然に成虫になることは少なく、殆どの固体は硬くなりすぎた殻から出ることができず、殻の自重で動けなくなり寿命を迎える。数少ない人間が飼育できるような魔物だ。


「へぇ、なるほどなぁ…あんたが製作者か。この糸が使えるってことは、衣服の製作者としても、腕がいいんだな?」


「えっ、なんでうちが作ったてわかるん!?」


 商人は、しっぽをぴんと立てながら一瞬だけ困惑を見せたが、すぐに商人の顔に戻るとニシシと笑い出す。異性であることを意識させない商人の態度に元の調子を取り戻ってくるのを感じたスレイは、いつもの調子で商人との会話を進めていく。


「商品を見る目が製作者のそれだったからなぁ…自分の作品に自信を持っている瞳。こういう仕事をしてるから結構わかりやすかったぞ?」


 肩に担いだハルバートを軽く動かして、その存在を主張させる。


「むーやられたわ。うちが製作者って、今まで見抜かれたことなくて、買うときにバラして楽しんでたのに先に当てられるなんて思わなかったわぁ…」


 商人はむーっと唇を引き結びながら、さらにいくつかの衣服を棚から取り出して、急接近しながらスレイに手渡してくる。種族柄身長の低く整った容姿をした彼女が、背伸びをしながら洋服を積み上げていく。

 小柄な彼女とスレイの身長差は、三十センチ。少女に視線を向けるとエプロンドレスのような服の襟の中まで覗きこめてしまう。つまり、スレイの瞳に甘く甘美な空間が移りこむことになるが、すぐに視線を手元に積まれていく商品の山に移して魅力のある光景を見なかったことにする。


「それはそうと…どれだけ積むんだ?さすがにこんなに買わないんだが」


「お客さんの好みそうなデザインと色をいくつか引っ張り出してきてるんやけど…とりあえず、その中に気に入ったのあるん?」


 傍にあったテーブルに腕に積まれた衣服を並べていき、装飾の少なくデザインのいい衣服を女性商人といくつかチョイスしていく。


「やっぱり、白のフィールドジャケットに中と下を黒にする組み合わせがええかなぁー?お客さんのそこその長いの髪と瞳に似合っててかっこいいと思うんやけど!」


 灰色の髪と瞳。

 オークの薬の効果を強制解除の影響で、常に極限状態に置かれた結果、黒い髪と薄茶の瞳は灰色に変化させた。艶を残した灰色の髪と瞳。一見すれば、今のスレイが橘 流星と同一人物と思う人間はいない。


「白か。黒の方が隠れる時は何かと便利なんだけどなぁ…」


 スレイは、白いフィールドジャケットを手に取りながら眺める。フィールドジャケットといえば元の世界では、軍用の防寒衣服の一種。現在では、カジュアルなアウターの一部として親しまれている衣料品。王国にいた頃も何度か見かけていたが、この世界に持ち込まれたものが市場に広がって定着したようだ。

 このジャケットは、本来のフィールドジャケットよりも腕周りがスリムに作られてあるが、比較的過ごしやすい共和国の環境に合わせて、中の服とジャケットだけでも温度管理がしやすいように改良してあるようだ。


「なら、両方買っちゃえばいいんじゃない。シールドキャタピー製っていっても素材は糸。軽装も不要な程度に防御性能あるから長旅とかにはオススメなんよー。もっとも値段もそれ相応なんやけど…お客さんなら問題ない額やろ?」


「なんというか…よく、それなりの額持ってるって分かったな」


 商人は、にんまりと笑顔を浮かべながら、服の値段を提示する。ランクの低い冒険者なら二月の生活費が飛んでいくような額であるが、オークの巣を1つ潰してもおつりがくる程度。スレイにとっては、払えない額ではない。すぐさま、懐から金貨を2枚渡して支払いを済ませる。


「ハルバートなんて使い手の少ない武器に製作者を見抜いたその観察眼。そんなお客さんが金欠って情けない話中々ないやろ。ってことで、さっそくここで装備していく?試着室使ってもらって構わんよー」


「ま、確かに言われてみればそうだな…んじゃ、ちょっと借りさせてもらうぞ」


 商人の言葉に甘える事にしたスレイは、購入した衣服の上下を手にカウンターの傍にある試着室へ歩を進めた。元の世界とさほど代わりのない試着室。これも誰かが知識を持ち込んだのだろうかと深読みしながら、新しい衣服に袖を通していく。

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