第11話 魅惑と記憶

 村に入ったスレイたちを出迎えたのは、疲れた表情を見せるエルフたち。

誰もが陰りを落としながら、スレイに警戒心を向けている。


「当然な反応ってところか?」


 スレイの呟きを謝罪をするミリシャを背負いながら、気にするなと声をかけて歩を進めていく。視線に移るエルフたちの中には、エリナやミリシャのように戦えそうな者は少ないように感じたスレイは、エリナに視線を送る。


「見てのとおりよ。今のこの村には、戦えるようなエルフも男手も殆どいないわ…ただ、滅びの時間を繋いでいるだけと言っても過言じゃない」


「彼らを纏めてここまで来たのか…エリナは凄いな」


 凄いと言う言葉だけで纏めてしまうのは、残酷な言い方かもしれなかったが、それは真剣な言葉。エリナは、自嘲しながら囁く様にありがとうと呟いた。


「スレイ、この場はお姉ちゃんに任せちゃおう?…その、いろいろ複雑な感情とかあると思うから」


 移動を促すミリシャにしたがって、エルフの様々な視線に晒されながら、村の隅にある大きな木に向かって歩き出す。目の前に聳える木の上には、ツリーハウスが作られているが、二人で暮らすにしても随分小さなサイズだが、周囲を見渡すとどこの家も同じようなサイズとつくりをしている。


「ツリーハウスか」


「この土地のことがよく分からなかったから、木の上が安全かなって」


「なるほどな…っと、しっかり捕まってろよ?」


 スレイは、密着したミリシャをしっかりと抱え込むと多少回復した魔素を回して音もなく跳躍してツリーハウスの入り口に着地する。


「ここまで背負ってくれてありがとね!」


 スレイの背中から飛び降りたミリシャは、笑顔のまま流星を自宅へ招き入れる。2人の自宅に招かれたスレイだが、何度も天井に頭をぶつけながら部屋の中を進んでいく。

 部屋の中は一部屋に機能を纏めた空間。個室はなく小さな3本足の机と毛皮が敷かれている。リビングのすぐ脇には、彼女たちの寝床と思わしき粗い布を縫い付けて作ったであろう布団が無造作に置かれている。多少武器の類が壁に立てかけてある以外は殺風景な部屋だが、それが彼女たちの置かれた現状。


「笑っちゃだめなんだろうけど…えっと、大丈夫?」


「天井はもうちょっと高いほうが好みだ」


 思わず視線に入り込んだ部屋干しされたままの衣服や下着から視線を逸らし、彼女の正面にそっと座り込む。足元から鈍い音が床から聞こえてくるが、大丈夫なのかとミリシャに視線を向けると苦笑している。


「そう簡単に抜けたりしないから、大丈夫だって!…根拠はないけど」


 根拠のないミリシャの言葉にほんの少し疑わしげな視線を向けると視線を逸らしながら最後は小さく呟く。


「話は変わるけど…私達これからどうなるんだろう」


「どうした?」


 途方に暮れたようなミリシャ。スレイには、その姿が、不安げな顔で自分の知る情報を得ようと辺りを見回す迷子の子供のように感じた。


「見て分かったと思うけど、ここは戦えないエルフばかりの村。正直、今回みたいな事がまた起きたら、次はないよ…」


 明るく振舞っていてもミリシャも先行きの見えない不安を抱えている。彼女手に持つ小さな木製のカップが僅かに震えている。必死で震えを止めようと努力をしているが、手の震えは止まる気配がない。


「ミリシャの言う通り…それは、全て事実よ」


 村人への説明を終わらせたエリナが開けっ放しにされた入り口の前に立ち、屈みながら帰宅する。戻ってきた彼女もまたミリシャや他のエルフと同様に先の見えない不安を抱えているようだが、彼女はさらに背負ってるに押しつぶされな表情をしている。彼女に似た一面を感じているスレイにとっては、すぐに理解できてしまう。


「さぁ、交渉を始めましょう?…ミリシャお願い」


 複雑な感情を抱え込む彼女を心配そうに見守るスレイだが、彼女は瞼を閉じて深呼吸をすると今まで見せてきた凛とした姿を取り戻す。


「あんまり回復してないけど、頑張るよー」


 ミリシャは、預けたたままにされたギルドカードを懐から取り出し、自身の魔素を注いでいく。暫しの発光の後、ヴァイスとの通信が確立される。


『3人とも無事にあの場を乗り切れたようだね?』


「正直、結構ギリギリだったがな」


 スレイは気怠そうに手を振りながら答えるが、仕草が伝わらないというのに自然にジェスチャーをしている身体に苦笑する。元の世界でも同じように電話をしながら、手を動かしていた記憶が蘇る。


『十分すぎる結果じゃないかい?それで、用件は…あぁ、そういうことか』


「エルフの長から今回の件についての感謝と交渉の話だ」


「今のエルフの村に見返りを用意できるものがありません…」


『貸し借りか…森の専門家であるエルフには、村の開拓に協力して欲しいと思っているんだ。私としては、是非このアスタルテの村へ移住を勧めたい』


「一度剣を向けてきた人間を信じろと?」


 チラッとスレイに視線を向けて、俯きながらどこか葛藤するエリナ。1度や2度、背中を預けて戦った程度では、埋まらない彼女の悩みと森と同じように死を待つだけの村の行く末。少女の華奢な背中には、自分が背負ってきたものよりも大きいものを背負っているように感じた。


『それは、王国での話と言っても君は納得しないのだろうね』


「えぇ…ですが、村のことを考えるなら正直、その提案に乗らざるを得ないです」


 唇をかみ締める少女。残されたこの村のエルフにとっては、最良の選択かもしれないが、苦渋の選択。


『…君自身は、どうすれば納得するんだい?』


 ヴァイスの言葉に暫く黙り込んだエリナは、部屋に備え付けられた棚に飾られた小さな木彫りのペンダントを握り締めて躊躇いがちに言葉を紡ぐ。


「彼に、スレイに試練を与えたい。スレイがそれを乗り越える覚悟を示してくれるなら…そちらへの協力を惜しみません」


 スレイは、気負いのない表情のまま静かに頷いた。


『スレイ、どうか彼女のことを頼んだよ。お互いの為にもね』


 彼女の瞳は、かつての流星と同じ目をしている事に気がついたスレイは元よりそのつもりであった。信じたいのに信じきれず、誰かに助けを求めているが、自分から助けを求めることができない瞳。あの時、手を伸ばしてくれた友人と同様にスレイは、手を伸ばす選択肢を選ぶ。


「分かっている。森の調査には、彼女たちの助けが必要になる。後は任せてくれ」


「それじゃスレイ、一緒に来てもらうわよ」


 覚悟を決め、小さな小瓶を握り締めて自宅を後にするエリナ。心配そうに声をかけようとするミリシャを制し、スレイは彼女の後に続く。


「どこまで行くんだ?」


 村はずれを流れる川辺で足を止めるエリナ。スレイは、この場所で何をするのかと彼女に問いかけると髪をかきあげながら、


「あれが目的地よ」


 彼女の指差す方向に小さな洞穴の入り口が広がっている。無言で洞窟の中へと足を踏み入れようと歩を進めると結界を抜けるような違和感を感じて、思わず足を止めてしまう。


「大丈夫、生き物を避ける為の結界よ」


 足を止めたスレイに苦笑しながら少女は洞穴の中へと入っていく。スレイが思っていたよりも中は浅いが、数人が入ってきても余裕があるスペース。

 おそらく、彼女たちがここを訪れた時に寝床にしていたのだろうか、乾いた草を束ねて作った寝床のような場所も残されている。


「ここは、森を流れる川の湧き出る源泉が中にある洞穴。エルフの結界のギリギリ中にある場所よ」


 束ねた藁の上で座り込んだエリナは、簡単に場所の説明をしながら握った2本の小瓶を抱え込む。


「明日の日が昇るまで、私とこの洞穴の中で過ごしてもらうわ」


「随分魅力的な提案だが、それだけじゃないんだろう?」


 彼女は、静かに頷いて手握られていた小さな小瓶の片割れをスレイに手渡した。小瓶の中には、微妙な粘度のある薬がごく少量保存されている。


「オークの使う生存本能を刺激する薬を加工した薬品よ。…お父さんから教えてもらったの。人間の男を選ぶなら、それを飲んでも意思を保てる男にしろって…多分、今がその時だと思うから」


「自分の身に危険が及ぶリスクを承知で、そんな物を使うのか?」


 オークの薬。

 生物の生存本能を刺激する薬は、加工することで人間も服用可能だが、その効果は絶大。荒ぶる本能を刺激する薬を服用した者と一夜を共にする。

 その結果を理解していない程、彼女も愚かではない。


「私は、村を未来を背負ってる。だからこそよ…」


「分かった。そんな覚悟背負ってきたなら応えるしかないだろ」


 嘆息を付きながら、小瓶の封を開封するとほのかに甘い臭いが漂ってくる。


「万が一の事が起きたとしても私はあなたを責めたりしない。でも、その…解毒剤もあるから駄目そうなら使ってね?」


 彼女の小さくなる呟き声に思わず苦笑してしまう。最初からそんな無茶をしなければいいのだろうが、きっと彼女は納得できないからこそ、こんな真似をしたのだろう。


「分かってる。無理そうなら使うが、きっと大丈夫さ」


「なによ、それ…」


 小さな小瓶に詰められた薬を飲み干す。口に残った甘みと苦味の詰まったような独特の不快感が喉を通っていく感覚が伝わってくる。正直、飲めたものではない為、手持ちのバックパックからアルコールを取り出して一気に飲み干す。


「不味い、二度と口にしたくない味だ」


 薬が効いてきたのか、アルコールにやられたのか、どこか風邪を引いたような気怠さが全身に広がっていく。フラフラと視界が揺れはじめて、その場に立っていることも出来ずに座り込んでしまう。


「ちょっと、大丈夫なの?…おかしいわ。父さんの残した人間が使っても問題ない筈の一番効果の低い薬を持ってきた筈なのに…」


 駆け寄るエリナから漂う魅力的な香りが、全身を蝕んでいく。思わず彼女を遠ざけようとするスレイだが、かすれたような声しか出ない。その効果は、絶大な効果を持っていた。


「今こっち、来るんじゃない…」


 彼女に近寄られると理性が外れかねないスレイは、辛うじて声を出して静止させる。薄暗い洞穴の所為で、エリナの表情をうまく読み取れないが自身の行動に後悔をしているのだろう。今のスレイには、パニックを起こした少女の姿が声だけでも分かる。

 思考と身体が、麻痺したように倦怠感を感じているというのに力が漲ってくるのが、はっきりと理解できる。


「っ!…呑まれかけた!」


 スレイは、洞穴の壁に拳を削る様にぶつけることで、理性をなんとか取り戻すが、徐々に痛覚もマヒしてきたことも理解した。多少の痛みでは、理性を取り戻すのも限界だろうと早々に結論付ける。


「飲んだだけで十分だから…早く解毒剤を!」


 エリナから手渡された解毒剤。

だが、本当にこれを飲んでしまっていいのだろうかという思いがスレイの手の動きを阻害する。これを飲み干せば、目の前の   を手に入れる機会は二度とない。手にした解毒剤を洞穴の地面にブチ撒け、   の元へ駆け寄り、強引に引き寄せる。

 腕の中で身じろぐ少女の身体は、着やせするタイプのようだ。服の上からは、分からなかったが、しっかりとその存在を主張している。


「っ…ごめんなさい。私がこんな無茶なこと」


 スレイの中で、全身を溶けさせるような甘い香りが広がっていき、二度と手放したくないような独占欲が沸いてくる。僅かに残った理性の中、密着させた身体の熱と薄暗い洞穴の闇がいつかの景色をフラッシュバックさせていく。


「本当は、あなたが飲んだ時点ですぐに解毒剤を渡せばよかったのに…」


 懺悔するように語り始めながら、瞳に涙を貯めて見上げるエリナの耳元で一言だけ呟く。


「これ、借りるぞ」


 スレイは、背部に回した手で、彼女の腰のベルトに吊るされたナイフを引き抜くと自身の腹部に抉るように突き立てていく。刃が進むたびにぶちぶちと嫌な音を奏でながら自分の身体を裂いていくことを理解しながらもスレイは、根元埋まるまでその刃を進めながら、エリナを引き離す。


「っ…!」


 曇った声を出しながら小さく咳き込む、引き抜いた傷口から零れ落ちる熱き鮮血が薄暗い洞穴を赤く、赤く彩っていく。


「ちょっと、なんて無茶してるのよ!?」


 突然の自傷行為に息を飲み、叫ぶエリナ。今のスレイには、その叫び声すら愛おしく感じるが、生憎それどころではないと腹部の傷が自己主張する。駆け出す少女を手で制し、乱れる意識の中で薬で乱された体内の魔素の流れを半ば無理やり掌握する。


「そんなのいいから、早く治療して!死んじゃう!死んじゃうから!!」


 制した手を振り切り、必死に傷口を手で塞ごうとするエリナ。彼女の華奢な手では、大きく開かれた傷を塞ぐことは適わない。手の隙間から無常にも零れ落ちていくスレイの血液。

 妹ほど優れた魔術センスのないエリナは、治療魔法を必死で発動させて開いた傷口に当て続けるが、スレイの身体をすり抜けていくだけで治療魔法の効果が発動する気配は微塵もない。その事実が、さらに彼女を混乱させてしまう。


「…安心しろ。俺は他人からの補助魔法は受け取れない。それに今はこのままが都合がいい」


「魔法が効かないって…都合がいいって?」


「見ていれば分かるが…あまり見るようなものでもないぞ?」


 開かれた傷が、徐々に塞がろうとする光景に息を呑むエリナを他所に、スレイは全身の魔素を身体強化へ注ぎ込ぐ。

 すでに腹部の塞がりかけた傷が開き、鮮血を派手にぶち撒けるのも気にせずに更なる強化を続けると同時に治癒を始めていく。全身の筋肉が、ブチブチと音を上げていき、負荷に耐え切れなかった骨が鈍い音を立てながら折れていく。

 薬の本質は、全身の魔素を活性化させて掻き乱し、生存本能を刺激する事で、痛覚麻痺の効果や子を残そうとする衝動を高める薬。身体強化の誤った使い方で、生存本能を刺激させて回復させることで、薬の効果を消費させることができると考えたスレイは、捨て身の解毒を続けていく。


「ほんとに死んじゃうから!!」


 もはや、声にもなっていない悲鳴を上げながら、魔素を肉体に無理注ぎ続け、強化と治療を薬の効果が切れるまで何度もプログラムのようにループさせる。


「スレイ!!!」 





 瞼を襲う日の光で意識を覚醒したスレイ。

鬱陶しい感じながら、ゆっくりと瞼を開くと記憶に残っていない天井が広がっている。身体を起こそうとするが、鈍くなった身体に中々力が入らない。ベットからはみ出した手に柔らかななにかが触れてくる。


「起きたのね」


 いつの間にか駆け寄ってきたエリナに支えられ、身体を起こすと一日だけ過ごした見覚えのある部屋が広がっている。洞穴の出来事の後にアスタルテの宿屋の中に運び込まれたようだと早々に理解した。


「見てのとおり、アスタルテの村の宿屋。あなたが倒れてもう4日目よ?」


 4日も寝ていたとなると新人達に少々申し訳ない気持ちにもなりながら、部屋を見渡すと腹部に大穴を明けた衣服と防具が血抜きをされて、壁に掛けられている。とてもじゃないが、アレは使えそうに無いと判断して目を逸らす。


「…それと賭けは、スレイの勝ちよ。4日間の間に森のエルフは、アスタルテへの移住を終えたわ。暫くは家を作るところからだけど材料は豊富にあるからなにも問題ないわ」


「やっぱり解毒剤、いらなかったな」


 苦笑しながら答えるが、エリナは頭を下げて身体を振るわせる。


「あなた、何度も心臓止まってたのよ!…どうして、どうしてそこまで!私たちの事なんて王国みたいに見捨てちゃえばよかったのに!」


 部屋に響く皮肉の混じったの叫び声。スレイには、心からの彼女の声が、まるで助けを求めているようにしか聞こえなかった。


「それだよ、それ。王国と一緒にされて癪に障ったのさ。俺もあいつらには奪われてばかりだ」


 ふと思い出すように語りだしたスレイの言葉にぽかんとした顔をしたエリナを静かに引き寄せるが、洞穴の時のような荒々しさは無い。

 

「正直、エリナたちに自分と誰かさんを重ねてた。だから、余計に意地になっただけさ。余計なお世話だったか?」


「やっぱり変な人間よ、スレイ」


 唇をかみ締めながらも身体を預け続ける少女。今の彼女には、出会った頃の様な言葉の棘はない。


「あの時、まさかこの体勢からナイフを抜いて自分に差すなんて夢にも思わなかった」


 エリナの言葉に困ったような顔をしたまま、自身の行動を振り返ると無茶や無謀を通り越している。思いつきで自分の身体に刃を突き刺す真似は二度とやりたくないと腹部に手を当てる。


「あれは、お父さんの形見なの…きっと、スレイの事も守ってくれたんじゃないかしら」


 スレイは、エリナのシルクの様な滑らかな長髪を撫でながら、視線を扉に向ける。どうやら、言わなければ中に入ってこない悪い子たちは、覗き見を続けるつもりのようだと判断して僅かに怒気を込める。


「で、君らはいつまでドアに張り付いて見てるのかなー」


「えっ、ちょっと!ええ!!ス、スレーイ!は、早く離してよ!」


 突然の僅かな怒気を込めた声にびくっと驚いたエリナだが、すぐにその内容を理解して、真っ赤な顔で手をぱたぱたと動かして離れようとするが、時すでに遅し。


「いやぁーお姉ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきたからつい…えっと、邪魔するつもりじゃなかったんだよ!ね、サリアちゃん」


 罰の悪い顔をしながら、最初に部屋に入ってきたのはミリシャ。姉からの冷たい視線に耐えかねたのか、すぐさま隣にいたサリアに話を振る。


「はい!別にスレイさんとエリナさんが、ドラマチックなことにならないかと見てたわけじゃないですよー!ね、ヴァイス先輩!」


 真っ赤な顔をさせながら、本音を語るサリア。すぐさま、誤魔化すようにヴァイスに話を振るが、振られたヴァイスは迷惑そうな顔をしている。


「私に振らないでくれないかなー。エミリーちゃんもそう思うだろ?」


「わ、私は子供なのでよくわからないやー!」


 手で顔を隠すエミリーだが、指の隙間からスレイ達をちらちらと見ながら、耳を立て顔を真っ赤にしている姿がどこか微笑ましい。


「いやぁーほら、皆スレイさんのことが心配だったんですよ。…多分?」


 頭を捻りながら、まるで自分は無関係を貫くリオンだが、彼も興味心身でドアの前にいた事実に間違えは無い。


「みんなには、迷惑かけたな。ヴァイス、暫く支部の依頼はサボタージュするぞ。流石に身体が怠い」


「そんなことより、早く離してってばー!」


 エリナの声が木霊する中、穏やかな時間はゆっくりと過ぎていく。すっかり日の登った窓を眺めていたスレイにエリナは問いかける。


「ちょっとー…結局みんながいるのにずっと離さないってどういうつもりよ」


 怪訝そうな顔をしながら、スレイの行動の真意を問おうとする彼女だが、返ってきた言葉は予想の斜め上の言葉。 


「それは…」


「それは?」


「それはそうと肉が食べたい」


 スレイにとって、食べるということは、体内も魔素を供給する為の貴重な補給手段であると同時にこの世界で探求していくつもりだったもののひとつ。少女の淡い純情も食事の前には、空しく散ってしまう。もっとも、彼なりの雑な誤魔化し方であった。


「バカ…怪我人がそんなもの要求しないの!」


「ダメか?」


「そんな顔しても絶対ダメだからね!」


 これは、たった一人、異世界に取り残されたスレイ、もとい流星の刻む物語のほんの始まり。



 彼の歩む行き先は、希望か絶望――破滅呼ぶのか誰もまだ知らない。

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