武器


「やった、初めて倒したぞ。僕にも、僕にもできた……。ははっ……」


 僕は初めてのモンスター討伐に笑みが漏れだして興奮が止まらない。少し離れた所からパチパチと拍手の音が聞こえてくる。アカリもどうやら祝福してくれているらしい。

 息絶えたラパンはやがて灰になり、サラサラと消えていく。そして、そこにはあるアイテムがドロップしていた。おそらく先程倒したラパンの角である。

 僕はアイリスに頼んで、倒したラパンからドロップしたアイテムに魔導書をかざすと、アイテムが光を帯びて、魔導書の中に吸い込まれるように消滅する。

 アイテム名『白兎の角』。僕がそのアイテム名を確認していると、魔導書が急に光を帯びる。


「どうしたんだ?アイリス、何が起こって……」


 魔導書の姿をしたアイリスに話しかけるが、もちろん返事は返ってこない。魔導書の姿になっているときの妖精たちは喋ることが出来ないのだ。

 少しの時間光り続けた魔導書は、やがて光を失い元の姿へと戻った。光を失った魔導書を僕はペラペラとめくると、なんとついに三ページ目に新たな記載がされていた。そして僕は記載された呪文を唱えていく。


「その小さき身に宿りし、猛き獣の大いなる刃よ、我が元に来たれり」


 僕もアカリと同じように、魔導書に拳を置いてそこから勢いよく引き抜く。僕が手にしていたのは刀身が三十センチ前後しかない小さなナイフ。

 いや、呪文唱えたときにちょっとだけ嫌な予感はしたんだよ。でも本当にこんな小っちゃいの出てこなくても……。大いなる刃の方はどこいったんだよ。


「ぷっ、あははは……。あ、ごめんなさい。すごい格好つけた割に、あまりにも見た目がショボかったから、可笑しくって」


 アカリがすごい楽しそうに笑っている。でも、その笑いは何故だか悪い気はしなかった。

 アカリのあんな屈託のない笑顔はダンジョンに入って初めて見る気がする。ダンジョンにも慣れてきて少しずつ気が緩んできている証拠だ。

 それにどれだけ小さくても、これまでよりは格段に僕の攻撃力は上がる、はず……。これで、少しはアカリに近づけたのかな?

 僕はもう一度魔導書の三ページ目を開いて、武器名を確認する。『ラビット・ナイフ』何の奇のてらいようもないその名前を見て僕は落胆すると共に、魔導書のさらに後ろのページにあるアイテム欄を確認した。


「やっぱりそうだ。さっきのホルンラパンが落としたアイテムがこの武器の素材だったんだ。さっき拾ったアイテムがもう無くなってる」


 僕はそこにあるはずのアイテムが無いことを確認すると、それがどうなったのかについてすぐに答えを導き出す。こういう武器の出方もあるんだな、と納得した僕は新たな武器を大切に魔導書の中に仕舞い込んだ。

 そこからは少しずつ進むペースが速くなっていった。と言っても、アカリが弱らせて僕がとどめを刺すという形は変わらない。しかし、単体でモンスターが出てきたときはなるべく僕が一人で戦う様にしている。


「ふう、大分戦いのコツもつかめてきたんじゃない。この調子なら、このダンジョン攻略も楽に終われそうね」


 ゲームをしていると大体わかるのだが、そのフロアの所謂雑魚キャラを苦労せずに倒せるようになれば、大体そのフロアのボスキャラは魔法などを全力でぶつければ勝つことができる。もちろん例外は存在するけど。

 雑魚キャラがすんなり倒せるかどうかというのは、ダンジョン攻略の一つの目安になるのだ。

 それにしても、そういう考えができるアカリって、やっぱりRPGとか好きなんだろうな。ホフンヘイムに戻ったらそういう話もゆっくりしてみたいな。


「僕のパラメータも大分上がってきたみたい。まあ、魔法全然使ってないから、魔力は全く上がってないんだけど……」


 僕は魔導書の一ページ目を見ながら少し満足気にそんなことを言った。


筋力:23 耐久:15 敏捷:20 技量:11 魔力:5 運:10


 アカリと話し合った結果、技量や魔力、運といった三つのパラメータはどうやら上がりにくいようだ。それは二人に共通していたので、僕のハンディキャップって訳ではなさそうだ。

 しかし、僕と違って魔法をしっかり使いながら戦っているアカリは魔力も少なからず上がっているらしい。


「まあ、これだけ戦っているんだから、元から弱いトオルはちゃんと成長してくれなくちゃ困るんだけどね。それでもここまで何とか死なずに来れてよかったわ」


 そんな話をしながら歩いていると、目の前に至る所に花が咲いている開けた空間が見えてきた。


「あっ、ここがエミリアさんの言っていた、セーフティゾーンね。で、この花が、魔除けの花って訳ね。うわあ、あっちの世界のユリに似ている。きれいね」


 花びらは白くぼうっと輝き、付け根から先にかけて開いていくように咲いている。アカリが言ったように、花びらの光るユリを想像してくれるとわかり易いと思う。

 そしてこの魔除けの花が咲いている場所こそ、モンスターが寄り付かない安全地帯とされているセーフティゾーンである。ここなら、ゆっくり腰を下ろして休憩することが出来る。


「ん、なんか水の音がしない?あっちの茂みの奥の方からかな……」


 アカリは嬉しそうに水音がする方向へと早足で向かう。僕は置いて行かれないようにそれを追う。

 茂みを抜けた先には透き通った綺麗な水でできた池があった。相当の透明度のため、深さはそこそこあるにもかかわらず、水底を余裕で見ることが出来る。

 その池を魔除けの花びらがプカプカと浮かんでおり、水が光に反響して何とも幻想的な光景となっていた。


「うわあ、凄いわね。これだけ綺麗な水なら飲んでも大丈夫なんじゃない?私、ちょうど喉乾いていたところだったのよ。ほら、パンとか食べるものはあるけど、飲み物って無いじゃない」


 そう言ってアカリは池の前に跪くと、手で水をすくってその水を何の躊躇いもなく口の中に流し込んだ。口に入りきらずに零れ落ちる水が顎から滴り落ち首許を濡らしていく。

 水を飲み込むときに一定の律動を刻みながら動く喉仏に何故か視線が釘付けになる。水を飲み終わったアカリの唇は潤いに満ちていて、その艶めかしさに目が吸い込まれそうになる。


「……ん?何見てんのよ。私の顔になんかついてる?」


 僕の視線に気が付いたアカリから何やら疑いの視線を向けられる。その語調も少し強めで少しだけ恐かった。

 僕は慌てて目線を逸らしアカリに並ぶように池の前に跪くと、水をすくって喉に流し込んでいく。


「うわ、おいしい。ほんのり甘みがあって、向こうの世界の消毒された水みたいに、変な臭みもないし、凄くおいしい」


 僕はもう一度その池の水をすくうと、勢いよく流し込む。これは一度飲みだすと止められない。喉が渇いていたというのもあるだろうが何より本当においしいのだ。それをただで飲めるなんて何たる幸せ。

 僕はお腹いっぱいになるまでその水を飲み、少し気持ち悪くなったところで飲むことを諦めた。というか、アカリに止められた後、調子に乗り過ぎだと怒られた。

 僕たちは少しの間食事を取ったりしながらセーフティゾーンで休憩した。




「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」


「うん。そうだね。大分身体も休まったし。」


 僕のお腹も落ち着いてきたところで、僕たちは休憩を終え次のフロアへと進もうとする。

 その先はモンスターすらいない何もない一本道があり、それが嵐の前の静けさのようで、緊張感が増していく。

 少し歩くと、その先にやけに広い空間が顔を出し、そのこれまでに見たことないくらい広い空間はどこか嫌な空気を感じる。こんな、今までと異なる雰囲気の空間が何もないはずがない。


「気を付けてアカリ。ここ、絶対何かいるよ」


 僕がアカリに注意を呼びかけると、アカリもすでにその空気を敏感に感じ取りレイピアを構えて臨戦態勢を取っていた。嫌に静かなその空間の中心を陣取った僕とアカリは、背中合わせで辺り一面を眺め見る。

 僕たちが警戒しながら辺りを眺めていると、頭上から黒い物体が勢いよく降ってきた。そいつの着地と同時に土埃が高く舞い上がり、落下した者の正体を隠す。

 徐々に晴れていく土埃の中から、赤く光る眼光がこちらを向いている。土埃が完全に晴れると、そいつは自らの巨大な口から耳を塞がなければならないような、巨大な雄叫びを上げた。

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