第10話 おれと幼馴染と理想の結婚相手
「おれの理想の結婚相手の髪の色は、緑です」
「社会生活を営むにあたって不便でない色で考えろって言ってんだよ!」
結婚相手の理想像を言えっていうから答えただけなのに、蹴り飛ばすなんてあんまりじゃないか。
「現実に髪を緑にするには、アニメみたいに塗りつぶすだけじゃダメなの。いっかい色を抜いて染め直さないといけないの。つまり、金髪とか茶髪とかと対して変わらないんだけど、あんたそういうのが好きなわけ?」
「いまここでそんな
俺が求める緑髪ヒロインの緑髪性は、和風美人のイメージが強い長い黒髪を緑髪にデフォルメした結果生じた日本人気質の過剰な属性化にある。「翡翠の
「はいはい、じゃあ黒でいいでしょ」
「うっわ何その言い方。じゃあもう絶対黒髪にしねえ」
「わかってたけど面倒なヤツだなあ、現実に還元したら黒と同じなんでしょ?」
「ちげえっつってんだろ! じゃあちょい不本意だけど、間を取って
「んー、わかった。理由は面倒だから聞かないけど……髪型は?」
「ツ、ツインテ?」
「なに小声でボソッと言ってんの……。わかってると思うけど、こういう商品だから年齢は18以上なんだけど、そのうえでツインテが良いって言うんだよね?」
ツインテといって誰しも最初に思い浮かべるのは、電子の緑髪歌姫という人は多いだろう。自分の好みも踏まえつつ、売れ線も意識した名案だと思ったのに、こんなに非難されるとは思わなかった。じゃあいいよもう、ポニーテールとか三つ編みとかのお下げ髪にしておいてくれよ。
「売れ線を意識するなら、あんたなんかに意見を求めたりしないから、単純に好みを教えろって言ってるの。次は顔と目鼻立ち」
「タレ目の童顔で、眼は碧眼。表情は着衣がアルカイックスマイルで、裸のほうが照れ顔。身長は低くて、ちゃんと等身大が入るように。胸は巨乳だけど、常識はずれな爆乳までいかないくらいな」
「うわ、先走って聞いてもいないことまで言いはじめた……。デブの西洋人幼女が好みなの?」
「乳以外は程よい肉付きに決まってんだろ、殴るぞ」
と言ったら蹴られた。ほんとに殴ったりはしないからやめろって。
「あと、服装はあんたに聞いてもしょうがないか。童貞を殺す服がベースでいいよね。それで、添い寝の構図は再検討の余地アリってとこかな」
童貞だと思ってバカにしやがって……。実際、そういう服は好きだから困るけど。というか、あさりも何着か童貞殺しのワンピースとか持ってたはずだけど、着てるの見たことないな。
「えっと、あれは萌豚の飼料のための資料用だから」
畜生、うまいこと言いやがって……。どうせ俺はただの萌豚だよ。あさりと話していると、否応なくそれを意識させられてしまう。距離を置こうとしていたのは、それが理由のひとつでもある。
「そういえば、今回も表情集とか、エロシチュの小冊子つけるんだよな?」
「そのつもり」
あさりのオリジナル抱き枕は、キャラクターとしての肉付けがどうしても弱い。そのため、学校での様子や入浴・シャワーシーンなどを描いたちょっとした小冊子を付録でつけている。冊子だけでもかなり人気があって、抱き枕カバーなしの本だけでも同人ショップの高価買取対象になっているのも見かけたな。
「それなら、性格とかも決めさせてよ」
枕のイラスト以外にも、理想のシチュエーションイラストも描いてもらいたいというのは贅沢だろうか。
「性格って、どうせさっき言ってた緑髪性うんぬんってやつでしょ? おとなしい優等生タイプとか」
「そうそう。一途で、献身的で、清らかで、気弱でおとなしいタイプの奥ゆかしい子で、目立つのは好きじゃない恥ずかしがりや」
「馬鹿じゃないの……?」
「あと、おれに対してだけちょっとエロい。これね!」
こうして、最後にいちばん大事なポイントを持ってくる。この場に青木部長やクメがいたら、きっと拍手喝采を浴びていただろう。しかし、あさりはうんざりしたような面持ちで大きく息を吐いた。
「ああ、結婚したらかなり面倒になりそうなタイプね。どっちかが浮気する様子が浮かぶわー」
夫婦円満で理想の家庭が築けるっつーの。あさりとは本当に意見が合わないな、昔はこんなんじゃなかったのに。
「あんたの理想だから、すんごい変なキャラが出てこないか期待してたんだけど、結局そういうところに落ち着くんだなあ」
結婚相手っていうから、常識的な範囲で理想を言ったまでなんだけど。正直、そんなふうに言われても納得いかないな。
「はいはい。ぐじぐじしてる暇があったらしっかりバイトでもして、一枚でも多くあたしから抱き枕買って財布を温めてくれるかな。何も考えずにブヒブヒいいながら、お金と精を吐き出してりゃそれでいいんだから」
不満を露わにするおれに向けて、あさりはマネーを意味するハンドサインを作り笑顔を見せる。こんなゲスい女に、おれの理想のヒロインを描くことが本当にできるのだろうかと心配になる。
「もちろん出来次第だけど、おれの理想どおりの抱き枕ができてたら保存用ふくめて五枚くらい買ってやるよ」
「さすが抱き枕紳士。そうこなくっちゃ! そういえば、名前はどうする?」
「名前考えるの苦手なんだよな……。
「もういい。……こっちで考えておく」
だから、苦手だって言ったんだよ。そんなにパッといい名前が浮かぶはずないだろ。
「なんにせよ、それなりに売れそうなキャラになりそうでよかったわ」
ひとしきり談笑してから帰宅することにした。学校の鞄と、家に持ち帰るぶんの食料を持って立ち上がると、あさりは「今日は他に仕事もないし、ちょっぱやで第一稿あげちゃおうかな。今夜中には送るから、OKかどうかすぐ聞かせて」
「商売熱心なのはいいけど、あんま無理せずたまには休めよ?」
「商売ってだけじゃないよ。もちろん稼がないとダメだけど、あんたみたいなオタ踊らせんのも大好きだから」
「それはそれとして、目の下のクマ、すごいことになってるぞ」
そういうと、あさりは顔を赤くして夕食の残骸が入ったビニール袋を投げつけてきた。お前が掃除しろよ。
おれは「じゃあな」と言って部屋を出る。あさりはヘッドホンを装着しなおして、手をこっちに向けてひらひらさせてから、ペンタブレットを使ってさっそく何かを描きはじめた。
あさりの家を出てから、背中でオートロックで鍵が閉まる音を聞きながら時間を確認する。もう、午後七時近い。思ったより話し込んでしまったようだ。あさりは昔から不遜で人を食ったような態度のやつだが、感覚的には通じ合えるようなところがある。何度も「気持ち悪い」と言われて足蹴にされても、そこまでダメージを受けないでいられるのは、その長い年月で培われた信頼があるからなんだろうな。
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