第7話 アニメ研究会の魑魅魍魎ども

 抱き枕は人になるし、話は信じてもらえないし、やたらと煽られるし、俺そんなバチが当たるような悪いことしたか? しかも、よくよく考えたら今日は起きてから抱き枕の肌触りをぜんぜん味わっていない。ああっクソ、抱きが抱きてえ!

「まあ、家に帰れば元に戻ってるかもしれないだろ? そうしたら好きなだけ抱けばいい。それで、何と勘違いしてたのか明日教えてくれよ」

「いいよもう、お前らに相談に乗ってもらおうと思ったおれが馬鹿だったよ。死ねよもう……」


 アニメ研究会は、もともと漫研から締め出されたラノベ作家ワナビを中心に形成された、魑魅魍魎ちみもうりょうの溜まり場である。作家ワナビでも、ガチ勢は漫研に残っていて、ついていけなくなった口だけの人間がこいつらだ。アニメの感想会と称して、不可視の濁流に呑まれて日常に埋没しているだけ。俺は女子がいると抱き枕を堂々と広げられないからという理由で、アニ研に移ってきたクチだ。それなりに話も合うし、それぞれ違った方面で知識は持っている。とはいえ、所詮はただの高校生である。アニメヒロインの実体化という待ち望んでいた非常事態が起こっても、なんの解決策を提示することもできず、妄想のしすぎと切り捨てるような想像力に欠ける人間なのだ。俺はこんなやつらとは違うのだ。違うんだって。


「まあまあそう言うなって。それより幽霊といえば、抱き枕紳士のヤッギーにおかれましては、高近たかちかあさり先生の新作についてのご意見を賜りたく」

「それな! あさり氏のオリジナル抱き枕プロジェクト、新作予告キタコレwww」


 高近あさりは、おれの小学校からの幼馴染であり売れっ子イラストレーターだ。すでに商業で活躍しているから時間をとられる部活には入らないと言っていたが、部員数が5人以上いれば部費と部室が割り振られるため、頼み込んで幽霊部員になってもらったのだ。アニメ・ゲーム系抱き枕カバーのイラストは当然、何かしらのアニメやゲームのキャラクターデザインや総作画監督(もしくはそれに近い絵を描けるアニメーター)が描くことが多い。それらとは別に、有名な絵師が抱き枕カバー用に描き下ろしたオリジナルキャラの抱き枕カバーも存在している。


 原作人気に頼ることができず、絵師の力で売上が決まる実力勝負の世界ということもあって、よりユーザーの好みを狙い撃つポーズや表情なども要求されるシビアな勝負の世界だ。そんななかで、連続で抱き枕カバーを発売するという「オリジナル抱き枕プロジェクト」を立ち上げたのが高近あさり。受注生産の受付期間を超えると新品での入手が困難になるため、同人抱き枕カバーとしては異例の売り上げを記録している。つい最近シリーズ第四弾が発送されたばかりというタイミングで、もう新作の発表とはなんて商魂たくましいやつだ。


「これだけの速筆であのハイクオリティを維持し続ける、我らがアニ研の鑑。たまには部室にもたまには顔を出して欲しいものですな。はっはっは」

「たしかにあさりは絵師としては一流だよな。表情も身体も抱きたくなるようなツボを押さえてるというか」

「そんな魅惑の美少女絵師と幼なじみとか、八木チャンそれなんてラノベ主人公www」

 そうやって文字化すれば、そうかもしれないな……。


「部長として念のため聞いておくけど、あさり先生を抱きたいのか、あさり先生の描くキャラを抱きたいのか、ぶっちゃけどっち?」

「あんな厄介な女、抱きたいわけないでしょ……」

「八木チャンの女を抱き慣れてる発言、久しぶりに聞いたわーwww」

 なんであさりの話になってるんだよ。もう埒が明かないと、床においたかばんを持って帰ろうとしたところ、部長がわりと真面目な顔で話を続けた。


「実はさあ、あさり先生にも新入生勧誘とか手伝ってほしいんだよ。看板に貼るように簡単な下書きイラスト1枚だけでもなんとかならないかな。学校では話しかけるなって最初に釘刺されてるし、電話は出ないしLINEも既読スルーで。ヤッギーが家に行って話してきてくんない?」

「いいけど、おれも最近は顔を合わせると気まずいんだよなあ。勧誘のことなら、部長も一緒に来て直接話したほうがいいんじゃ……?」

「こいつ、あさり先生の家は出禁だろ? 部室に一人にしておくのも可哀想だし、頼むよ。俺とヤッギーの仲だろ?」

「BLキタコレ」

 間髪入れず、部長とおれが八王子の頭をはたく。あさりは、八王子のこういう茶々が気に障ったらしく、家の敷居をまたぐことはおろか、ドアホンのカメラに映ることすら許されていないのだ。


「あ、部長それなら、居残り組の俺らはこれ見ましょうよ! 昨日、中古を買ってきた『終わらない桜木の物語』のBD第一巻!」

「ああ春っぽい! あのオープニングテーマ超いいよな。ノンクレ《ノンクレジット》Ver.も入ってる?」

「特典収録ノンクレOPED余裕でした。とくにオープニングはマジ神曲! アニソン雑誌のライターっぽく言うと、の一言! せーの、」

「「アンセム!!」」

「……もういいよ、お前ら二人でずっとそれ見てろよ。まるで、終わりのないダ・カーポのように」

 僕はしたり顔でそう言ったが、二人はBlu-rayを見るためにPS3とディスプレイを用意するのに忙しいらしく、完全にスルーされた。


 「あさりの家には一人で行ってくるから。じゃあな」

 もう一度声をかけると生返事がかえってきて、おれを追い出そうとするかのようにBDが再生されはじめる。なんだか楽しそうな二人をちょっとうらやましく思いながら、一人部室を後にすると「そういえば、『桜咲く』と『枕抱く』って韻踏めるよな」などと微妙にこちらを意識したような言葉が聞こえてきた。

 バカにされてるわけじゃない、と思いたい。

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