第5話 ファム・ファタールと堕天使

「なっがいポエムが最悪の自己弁護で完結しましたけど大丈夫ですか?」

「うっわ、なんで聞いてるの!?」

 慌てて足元の布団を掴んで頭から被る。何この羞恥プレイ? もう風呂出たの、っていうかどこから聞かれてたの!?


「儀式なのだ、のあたりからここにいましたけど、お風呂場でも何か声が聞こえてきて、怖かったから急いで出てきました。でも、もう三〇分くらい経ってますよ。たしかに、キモオタさん好みの美少女、ファムなんとか、ファム……ファン……?」

「ファム・ファタール。……言わせんな恥ずかしい」

「その、ファムが目の前であんな格好をしていたら劣情を抱いてしまうのは、状況も状況ですし不可抗力なので不問に付します」

 ファム・ファタールについては忘れてくれ、と言うのも恥ずかしすぎてつらい。


「……それより、見て下さいよ。裸になって抱き枕カバーを頭から被ったら、別キャラになれました。あとドライヤー借りました、この身体は髪長くてめんどいです」

 独白を聞かれていた恥ずかしさは、驚きで吹き飛んだ。なにその斬新な変身シーン、見てみたいんですけど? っていうか、ホントにキャラ変わってる! だ! こむこむがいる!?


「こむこむちゃん、っていうんですか? 実は外国人?」

「本名は木叢こむらちゃんだ! あのアニメ、三~四年前にめちゃくちゃ流行ったのに見てなかったの?」

「知らない子ですね」

 ……これだからリア充JKは。


「それで、この子が、堕天使でファーファで救済の女神なんですか?」

ファーファ(洗剤)は試したことあるけど今は使ってない。って、言いたいのはそこじゃなくて。

「ぶっちゃけ、こむこむにはそこまで思い入れないっていうか。おれって、話題作に乗っかれないタイプだろ? だから放送中は蛇蝎の如く、とまではいかないにしてもいろいろディスったりするじゃん。でもさ、数年経ってリアルタイムのいろんな記憶が薄れてからディスカウントされて売られてる抱き枕カバーとか見つけちゃうと情が湧くというか。『なんだかんだ言っても、萌え豚としてはけっこう楽しめてたんだよなあ!』とか勘違いして買っちゃったりしても仕方ないっていう。ここまで言えばわかるよね?」

「ぜんぜんわかんないです」

 もっとこっちの心情に歩み寄れよ!


「ああ、でもやっぱり相手が木叢だと、裸ワイシャツのエクリプスちゃんより遥かに落ち着いて会話ができる。おれも魔獣にならなくて済む」

とはいえ、いつもは黒ストッキングに包まれているはずの脚が露わになっているのは妙にソワソワしてしまう。

「かすかも、そんなもの見たくないです。それに、魔獣は倒さないといけない気がしますし」

「いやいや、こむこむが魔獣を狩るのは仕様だけど、この状況はおれがゴーストバスターの側だと思うんだけど? その体、もとはおれの抱き枕だよ!」

「うぅ、そうですね。すいません……」

 上下関係はハッキリしたはずけど、これで何が解決したわけでもないんだよなあ。


「そうですよね。それに、かすかはお腹がすきました。あと、お菓子も食べたいです」

 買い置きとかも特にないし、たしかにお腹はすいてきたな。でも、今あるのは炊飯器の横にある無洗米とスパゲッティの麺と調味料くらいだ。

「もうお昼ですよ? 材料があれば何か作りますし、なければ買い物に行きましょう」

 と言って、かすかは俺の手を引っ張って立ち上がらせようとしてくる。

「って、ごく自然に手ぇ握ってくるんじゃねえよ! 風呂上がりなのかもしれないけど、温かいんだよ、好きでもないアニメキャラで無駄にドキドキさせんじゃねえよ」……ニヤニヤしてるんじゃねえよ。


「歩み寄れって言うから、かすかから距離を縮めてあげたのにひどいです。いいです、買い物にはひとりで行きますから。どこに行けばいいのか教えて下さい」

 最寄りのコンビニへの道順をざっくり教えて、財布から1000円札を取り出して渡してやると、かすかは足取り軽く部屋を出て行った。ちなみに、ここは23区の外周部にある二階建て学生向けボロアパートの一室。隣室の住人が立てる物音や鉄の錆びた階段がぎしぎし軋む音でさえ聞こえてくるので「空気がおいしい!」と喜びもあらわに上げられた西藤兎羽ボイスがしっかり聞こえた。こむこむは、そんな明るいキャラじゃないよ?


 再び一人になったおれは、前代未聞な大遅刻をキメつつも学校に行くことにした。顔を洗って制服に着替えながら考えるのは、もしも寝坊しなかったらどうなっていたか。おれが寝付いてから、抱き枕が人間になったとして、寝てる間にキスとかしちゃってたりするのかな。せっかく理想のアニメキャラとのファーストキス(抱き枕に唇を付けるのはカウントしない)ができるなら、意識のあるときにしたかった。昨夜は寝るのが遅かったせいで寝すぎてしまったけど、早めに起きて慌てず騒がずいられたら、眠りこけるエクリプスちゃんの呼吸をもっと間近で感じていられたかもしれない。


 寝てる間は余計なこと喋らないもんな。それにしても、こういう状況におかれてみると、好きな女の子をゾンビにして一緒に過ごすとか、けっこう理解できるというか。退廃とか背徳とか、そういう感じはそこまでしないもんだな。


 大遅刻の言い訳を考えたくないばかりにあちこち思考を遊ばせながら、簡単に身支度をこなしてしまうと、学校指定の鞄を持って部屋を出る。

「あいつ、コンビニに行ってそれっきりなんてことはないよな……」

 ちょっと玄関扉の前で考えてから、鍵はかけずに学校に向かった。

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