3.依頼成立

「あんた、親父が嫌いか?」

「えっ?」

 戸惑った表情を見せながらも、少女は答えた。

「……嫌いなわけないわ。大好きよ」

「そうか、じゃあお袋は?」

「大好きよ。家族ですもの。ねえ、この質問は何の意味があるの?」

 少女の質問には答えず、俺は言った。

「通常、浮気調査ってのは恋人や配偶者がパートナーに対して行うもんだ。当人同士の間で不実が、裏切りがあるか否かを調べるんだ。もっと言えば、“あるか否か”というより、、その事実を証明するために行う。……なぜだか分かるか?」

 少し考える素振りを見せたが、結局少女は首を振った。

「分からないわ」

「その先に、別れを考えているからだ」

 虚を衝かれたように、少女は色を失った。

「いいか。俺がもしあんたの親父の浮気を証明しちまったら、あんたの両親はどうなる?」

 反応を伺ったが、少女は二の句が継げずに沈黙している。

「あんたの日常は、大好きな家族は、あんた自身の行動で壊れちまうかもしれねえ。あんたのやろうとしているのはそういうことだ。それが嫌なら、しばらくは目と耳を閉じて生きろ。なあに、あんたの親父もいい歳だろ。親父がもしクロだとしても、そのうち役に立たなくなって、自然とほとぼりは冷めるさ」

 一気にまくし立て、反応を待つ。

 一分、五分、それ以上か、長い沈黙の後、少女は静かに口を開いた。

「あなたの言うことは分かったわ。私は今を見ていただけで、未来まで考えが至らなかった」

 少女は、「気付かせてくれてありがとう」と呟いた。

「でもどうしてそれを? 黙ったままなら気付かなかったかもしれないじゃない。もし私が諦めていたら、依頼の話も無くなってしまうわ」

「見くびるなよ」

 鼻を鳴らし言った。

「確かにここはチンケなところさ。探偵を名乗ってはいるが、ペットを探しに野山を駆けずり回ったり、失せ物探しにドブ浚いをしたり、泥臭え仕事ばっかりだ。だがそんな俺にだって一端の矜持はある。依頼人の不利益になるようなことを見過ごしたりはしねえよ」

「……ごめんなさい」

 少女は素直に頭を下げた。

 そして再び頭を上げたその表情に、俺は目を見張った。

「あなたの言うように、気付かない振りをしたままでいる。それが一番良いのかもしれない。私は家族を壊したいわけじゃないもの」

 さっきまで歳相応の幼さを覗かせていたその顔が、様々な感情を孕んだ表情を浮かべ、今は妙に大人びて見えた。

 それでも、と少女は続ける。

「それでも私は、真実を知りたいの」

 放った言葉を噛みしめるように、少女は告げた。

「未来のことは、それから考えるわ」

 そして少女は、不敵に笑った。

 俺は頭の中で口笛を吹いた。いい顔をするじゃねえか。そうこなくっちゃな。

 口の端が吊り上がるのを抑えられねえまま俺は立ち上がり、右手を差し出した。僅かに怯んだ様子を見せたものの、すぐに少女も立ち上がり、俺の右手をがっしりと握った。

「私は柊茉莉香ひいらぎまりか。マリカで結構です」

 挑むような視線を投げてくる。上等だ。

「俺は黒須だ」

「クロスさん、よろしくお願いします」

 互いに笑みを交わしながら、睨み合う。


 さあて、依頼成立だ。

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