研究部の真実 2

 俺たちが階段を上っていくと、講義室1のあたりに人だかりができているのが見えた。背格好からして1年生と2年生が多い。

「何だ、あれ」

「さあ……」

 俺たちが足を止めると、すぐさま1人の女子生徒が俺たちの脇をすり抜け、階段を駆け足で降りていく。

 講義室1の隣には2年生の教室があるから2年生がいてもおかしくない。1年生は授業で講義室を使う生徒たちだろう。でも、教室に入る様子がまるでない。何より研究部の活動場所だ。資料も保管されている。

「ちょっと見てくる」

 高瀬先輩は人込みをかき分けて講義室に入っていった。

「なあ、なんかおかしくないか?」

「そりゃ、そうだけれど」

 俺たち3人は顔を見合わせた。

「ちょっと、行ってみるか」

 俺がつぶやくと、3人で人の合間を縫って講義室に入った。

 そこには目を疑うような光景があった。研究部が資料の保存用に使っているという職員用の机の引き出しがすべて開いていたのだ。

「いったいどうして!」

 俺は一目散に机の方に駆け寄った。机の周りにはさっきまで見ていた資料が机の上や床に無残に散らばっているし、同じく中に入っていたと思われる筆記用具の類が引き出しの中や床に転がっている。

「……盗られたものは?」

 後から入ってきた篤志がボソッとつぶやいたので、各々が教室を見渡す。どうやら他のものには手を付けていない。教室内を見回してみても、机は定位置に並んでいるし、掃除用具入れや窓が開いているといったような何かを動かした形跡もない。

「誰か先生を呼びに行った?」

 高瀬先輩が群がっていた生徒たちに向かって叫ぶと、彼らはゆっくりと頷いた。

「これが研究部の資料?」

 後ろから声をかけられてしりもちをついた。そこには牧羽さんが立っていた。

「牧羽さん?」

「D組は1時間目が英語だからよ。そういえばあんたたち呼び出されていたわね。

 で、どうなの?」

「確かに、散らばっているのはおそらく研究部のものだ。

――これから確かめる必要があるけれどね」

 この質問には高瀬先輩が答える。牧羽さんは「わかりました」と返事をする。

「牧羽さん、研究部って?」

 クラスメートたちに研究部の質問攻めを受けている牧羽さんをよそに、改めて机の周りを見てみる。散らばった資料はパッと見て折り目こそついてはいるものの、意図的につけられたしわも上履きで踏まれた跡もない。

 高瀬先輩は鍵のかかる段の引き出しの鍵穴を見て言った。

「無理にこじ開けた様子はないみたいだね」

 場所を開けてくれたので見てみると、確かに目立った傷はない。

 黒板の下あたりに視線を移すと、何やら英単語の書かれた横長の紙が落ちている。拾ってみてみると、上の面には『came』と書かれている。裏返してみてみると、『comeの過去形』と書かれていた。

「何それ?」

 篤志がカードを覗き込んで聞いてきた。同じくこちらに来た高瀬先輩と澄香にその紙を見せた。

「英語のフラッシュカードだな。表に英単語、裏にその意味が書かれている。授業で使ったことは?」

 俺と篤志は見たことがないと答えた。単語の学習は授業ではCDを流して発音を聞き、後は宿題として意味を調べたり練習したりするだけだ。篤志も知らないところを見ると、川崎先生は授業でフラッシュカードを使わない方針なのだろう。

「あ、それ、単語を習うときに使います」

 澄香が駆け寄ってきて言った。

「森永先生の授業では使うということか……」

「過去形って何ですか?」

 単語カードの裏を見た篤志が聞く。

「『した』『しました』のように過去のことを表す言葉だよ。comeは来るという意味だからcameは来た、という意味。……先生方が来たら、もう帰っていいよ。3人に片づけを手伝わせる形になってしまったけれど、そもそもまだ部員じゃないわけだし――」

「僕たちは手伝います。みんなでやった方が早いですし」

 篤志が言う。

「私も、やります」

 澄香が言う。

「俺もやります。流石にこのままでは帰れません」

「3人とも悪いね」と高瀬先輩は机の方へ戻った。

 俺たちはしゃがんで資料を拾い集めた。研究部新聞の春号、夏号、秋号。いずれも昨年度のものだ。冬号は、と聞こうとして、冬号がなかったことを思い出した。部員が抜けてしまって発行できなかったと聞いている。

 俺たち4人で拾い集めた資料を確認する。昨年度の研究部新聞の春号、夏号、秋号の3枚。破られた『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』。その他冊子何冊か。これらは特に破られたものはない。

「――ない」

 『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』がどこにもない。

 ガサゴソと音を立てて篤志が引き出しの中をチェックしていた。

「本当だ、引き出しの中にもない」

 つまり、研究部の資料の中で盗られたものは『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』のみ。

「……あれ?」

 資料を数える高瀬先輩の手が止まる。

「どうしたんですか?」

「何か足りないものでも?」

 俺と篤志が高瀬先輩の手元の資料を覗き込む。

「でも、資料って後はこんなもんだった……でしたよね?」

 篤志が高瀬先輩に尋ねると、高瀬先輩は「ああ」と首をコクコク動かした。

 廊下の方から足音が聞こえてきたので出入り口を見てみると、生徒が森永先生を連れて帰ってきたところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る