研究部を探せ 6

 田村先生は俺たちがやったように引き戸を引いてみたが、やはりドアは全く動かなかった。

「おかしいな。俺が朝開けてから鍵は誰にも渡してないし、そもそも6時間目が終わってからここにきたよな? 城崎」

 はい、と篤志がうなずいた。さっきワークブックを取りに来たという話か。6時間目は3時35分に終わるので、2人が来たのはそれより後ということである。他のクラスは帰りの会を行っているはずだ。

「君たち、いつここに来たの?」

 田村先生の質問に澄香が答えた。

「4時10分過ぎには私はこの教室の前に来ました。元気と待ち合わせていたんです。そのすぐ後くらいに元気が来て、2人で少し話していたら何となく私がドアを開けようとしたら、開かなかったんです」

 澄香の言うように俺は係の仕事があったし、澄香は日直だったので帰りの会が終わってすぐに待ち合わせと言うわけにはいかなかったのだ。

 田村先生はそうか、そういえば来たな、とつぶやいた。

「予備の鍵とかはありませんよね?」と篤志が聞く。

「基本的に一つの教室に鍵は一つだ」と田村先生は答えた。

「田村先生、この教室っていったい何の教室なんですか?」

 俺は思い切って聞いてみることにした。

「ここか? ここは小黒板や拡大教具みたいに大きい教材を保管したり、教材会社から送られてくる副教材の見本とかあまり授業で使わない副読本を集めたりする、いわば教材を保管する教室だ。盗まれたらまあ困らないことはないが、そこまで大したものは置いていない。しっかし、どうしてここがその研究部とやらの部室だってわかったんだ?」

「この看板です」と澄香が『Radio』の看板を裏返した。看板にはきちんと『研究部』と書かれている。田村先生は「なるほど」とうなずいた。

「でも、研究部なんて部活、俺は知らなかったぞ。お前たちどこからそんな情報を手に入れたんだ?」

「増田教頭先生が教えてくれたんです。父さんが顧問をしていた部だって」

 田村先生は父さん? と小声で復唱した。

「それじゃまさか蓬莱の親父さんが例の――」

「はい。失踪した久葉中の職員です。……だから研究部を探していたんです」

 知らない先生もいるんだな。父さんが失踪してからもう3年も経つから新しく赴任してきた先生も多かろう。一職員の失踪も、もう既に過去の話なのだ、と実感する。

「まあ、蓬莱の親父さんがいた頃には確かに存在していたのかもしれないが、この看板だけではそうとは言い切れんだろう。仮に研究部が存在して部員がいたとしても、今の研究部の連中が当時のことを知っているとも思えんが……」

「それでもいいんです。ただ……何も知らないまま、何も分からないまま終わるのが嫌なんです」

 学校側は何も教えてくれなかった。情報機密の点で言えば教えてくれない方が当然かもしれない。

 それでも突然姿を消した理由くらいは知りたい。だって家族なのだから。

 澄香は「確かめなければわかりませんよ」と言う。篤志も「噂くらいはあるんじゃないんですかね」と言った。田村先生は「それもそうか」と頷く。

「でも、ドアってこんなに開かないものかな?」

 澄香がつぶやく。

「どういうこと?」

「いや、引き戸のドアって鍵が閉まっていても何ミリかは開くものじゃない? でも、このドアはちっとも動かないよ」

 澄香の言葉を受けて俺はもう一度ドアを引いてみた。確かにびくともしない。

 まさかと思って俺は鍵の部分、ドアとドアの隙間を覗き込んだ。鍵穴には何も貫通していない。

「ちょっと待った! 鍵はかかっていないぞ!」

 すかさず田村先生と篤志が覗き込む。2人とも「本当だ」と同じ声を上げた。

「どういうことだ?」

 鍵をかけずにドアを固定する方法。いくつか考えられるが、ドアの下部を見ればすぐに分かった。

「ドアの下の方、ちょうどドアとドアが重なる部分にに何か引っかかっています。それがドアの隙間を埋めてしまったせいでスライドできなくなっているんですよ!」

「なんてこった!」と田村先生は叫んだ。

「元気、取れるのか?」と篤志が聞く。

「いや、こっちからは取れない」と俺は答えた。

 ドアの向こうは暗くてよく見えないが、対策はある。

「すみません! すみません! 聞こえますか!」

 俺はこう叫びながらドアをドンドンと叩いた。

「元気、何やってるの?」と澄香が止めようとする。俺は澄香を腕で制止させてこう答えた。

「中に人がいるはずなんだ。中からなら挟まったものを取れるかもしれない」

 すぐにギイーと机を動かす音が聞こえた。俺は「あの!」とドアの向こう側にいる人に向かって叫んだ。

「ちょっと待っててください!」

 その声は俺が叫んだと同時に聞こえた。すぐに金属のこすれあう音が聞こえたと思うと、ドアが開いた。

 ガラッと音を立ててドアが開くと、見知った顔がそこにはあった。

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