新入生への挑戦状

新入生への挑戦状 1

 パラッ、パラッと紙をめくる音だけが響く。実際にはここはフリースペースだから人の足音や話し声が聞こえるけれど、そんなものは耳のそばをサラリと流れていく。騒々しいD組の教室や3年生が目配せしながら席を陣取っているような図書室よりはここの方が読書には向いているので、私は中学校に入学してからは放課後はここでのんびりと過ごすことにしたのだ。

 いつも目の前は誰も足を止めることのなく人が流れて行ったが、今日は1人の男性がこちらに歩み寄って私の前で足を止めた。

「何をしているのかな」

 私は少し本を持ち上げた。

「読書しているんです」

 見てわかるでしょ、と付け加えたくなる。しかし目の前にいるのは英語の担当の川崎かわさきしげる先生。厭味ったらしい言葉遣いが気に入らない中年の男だ。しかし一応先生なので目を吊り上げる程度でとどめておいた。

「部活には行かないのかな」

 私たち1年生はまだ仮入部期間。まだ本格的に部活は始まっていない。しかし、それも終わりは近づいている。ほとんどの1年生は既に入部届けを提出し、活動を行っているのだ。

 でもね、先生。

「私、部活には入らないつもりです。興味ないですし。任意ですよね、部活って」

 そう、私牧羽まきば美緒みおは一切部活に興味を持つことができなかった。見学にすら行っていない。先生方は何としてもどこかの部に入部させようと必死で『部活に入ると調査書の評価が良くなります!』とでも言いたげな謳い文句で宣伝している。けれど、生憎人に指図されるのが嫌いな私は担任の三木みき先生他何人もの先生の部活への勧誘をことごとく無視してきた。高校入試で問われるのは学力の方だし、そんなことを気にするなら授業中のおしゃべりを黙らせてくれないかしら?

 川崎先生はひそひそと話し出した。

「今年はまだ決まっていませんよ。去年、部活を生徒の自主性に任せるという話も出たけれど、上級生や長くいる先生方の意見が強くて結局帰宅部になった生徒たちが強制入部させられることになりましたからね。

 でも、入部は自由となっても入っておいた方がいいんじゃないですかね。何かと――」

「何かと不便です」

 私は先生の話を遮って答えた。どうせ友人関係が広がるだとか社会性が身につくとか言うつもりでしょう。でも、それがなぜ高校入試と関係あるのかが全く理解できなかった。

 川崎先生は暗い顔をした。

「――以前部活動への加入を自由にしたら半分以上が帰宅部になったという話がありますが」

「それって生徒側の責任なんですか?」

「学校側だけの責任とも言い切れないんじゃないんですかね」と川崎先生はこれ見よがしに言う。

「でも、さすがにどこにも入部届を出さなければいくら部活動への活動が強制といっても、それは建前に過ぎないのではないですか?」

 いくら強制入部といってもそれは入部届をどこかに出すよう呼びかけているだけである。どこにも入ろうとする気のない生徒がそんな忠告を忘れることはあり得るのだし、2,3か月すれば退部者も出てくる。そんなもの統制しきれないだろう。

 しかし私の考えが浅はかだった。

「過去には流す島もありましたよ。

――あまりこの学校のシステムをなめないほうが身のためです」

 川崎先生は低い声でそういった。

 ここは体育会系のブラック企業か何かかしら! 私は心の中で舌打ちをした。

「あ、そうそう。その部に入る者には訳がある、なんていう噂もありますよ。まあ、ただの迷信でしょうけれどね」

 ふうん、訳、ね。

 私はすっと立ち上がった。

「とりあえずどこかしら覗いてきます」

 それはいいですね、と薄ら笑いを浮かべる川崎先生をよそに私は1年D組の教室へ向かった。

 何もしないまま勝手に決められることが癪に障るからである。

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