月夜に誠の桜はらりと【起】

沓名 凛

序幕 桜衣-sakuragoromo-

芽生え



 おぼろげな浅葱の天空に風が吹けば、それを待ち望んでいたかのように薄紅色の桜が美しく舞い散っていく。


 そんな心地よい春の風景の中を、ある一組の親子が歩いていた。



 見上げた空と同じ色の着物をまとう女が抱えるのは、庭先に咲いた花を摘んでこしらえた花束一つ。


 勇み足で隣を進む娘の手には、近所の居合道場にある木の枝を手折り分けて貰った紅梅の花一つ。



「ねぇ、お母さん。今からどこに行くん?」


 ゆるりと、碧色あおいろの瞳を見つめるのは、内なる何かを秘めた美しい黒目がちの双眸そうぼうで。



「さぁ、どこでしょう。ヒントは前に一度話した私達と深い繋がりがあるところよ」


「…うーん、どこやろう。うちのお墓は祇園さんの近くやしなぁ……」



「───なぁ、そこの澄ましたお二人さんよ……普通、俺を置いてくか?」



 甘く漂う花の香りに誘われるように、聞こえた声の方へ視線を向けると、スラリと背の高いスーツ姿の男性が歩んでくる。


「だって、準備が遅いんやもん!おじさん早く早く!」



 春の不透明なヴェールに包まれた石畳を勢いよく走り出すのは、枝を握りしめる赤いワンピースを着た女の子で───




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