第13話 エンマ、語る

 茶髪の髪をかきあげながら、エンマは口を開いた。


「ヒトが天寿をまっとうするにせよ、なんらかのアクシデントで現世を旅立ったあとは、必ず三途の川さんずのかわを渡る。

 我々十王じゅうおうの前にて裁判が開かれ、積み重ねてきた行為によって判断が下されるってえのは知っているよな、オボロよ」


 オボロはうなずく。

 エンマはちらりと視線をオボロに送りながら、続けた。


「現世で真面目に一生懸命生きてきた人間は、慰労も含めて天界、いわゆる天国という場所に送られるのだ。そこで再び人間として生まれるための修行を積む。

 しかしだ。

 人の道に反する行いを続け、己の欲望や快楽の追及しか考えていなかった者は地獄の門をくぐることになるのだ。

 八大地獄。等活とうかつ黒縄こくじょう衆合しゅごう叫喚きょうかん大叫喚だいきょうかん焦熱しょうねつ大焦熱だいしょうねつ、そして無間むげんのどれかに送られ、永遠に責苦を受ける」


 今更ながら、オボロはゴクリと生唾を飲み込む。エンマの言葉はリアリティがあり、心にどっしりと宿る。見てくれはチャライが、やはり正真正銘、閻魔大王えんまだいおうの言葉であった。

 その声が聞こえているのか、少年の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 少年はゆっくりとしゃべり始める。


「一般的にそう言われておりますね、エンマさん。

 ところが、天界へも行けず、地獄からも受け入れを拒否されてしまう人間の魂が、実はあるのですよ」


 オボロは眉を上げ、驚きの表情で少年から視線をエンマに向ける。


「そうなのだ。地獄に送還するほどではない場合、煉獄れんごくと呼ばれる場所で魂は浄化の炎で焼かれ、いずれは天国へいくことができる。

 つまり、天国、地獄、煉獄の三つのどれかに送られるのだ。

 だけどな、地獄の十王が判決し、んだぜ」


 少年の白い顔が、すっと動いた。

 柱の陰から濃緑色のマントに全身を包んだ全身が、電球の灯りに浮かびあがる。


「実に悲しいですよ、安らかに眠りたいと思うのに。

 己の信念に従ってわが神のために戦い、無念の死を遂げたことは後悔してはいません。それが私に与えられた運命だったのですから。

 天界へ召されずとも、地獄で永遠に責め続けれようとも、私は構わなかったのです」


 オボロは頭を悩ませた。

 ではこの少年は、霊魂として目の前にいるというのか。

 わが神と言ったが、宗教者なのか。それであれば神のもとへ行くのではないのか。

 どこにも行けない魂なんて、聴いたことない。


 では、いったいどこへ行くのだ?


「でもおかげさまで、こうして現世で楽しく過ごさせていただいております。

 それに、私のような方々がいらっしゃって、退屈することもないのです」


 シミョウは赤いバッグの中からタブレットを取り出すと、背面についているセンサーを少年に向けた。


「好き勝手のことをおっしゃるのね。そんなに地獄へ来たければ、どうぞご遠慮なく。

 私がお連れしてさしあげますわ。

 その前に、あなたは誰なのかを確認いたします」


 エンマが低い声で言う。


「シミョウ、無駄だ。

 そいつは閻魔帳えんまちょうから、とっくに削除されているはずさあ。

 地獄でさえ、受け入れを拒絶した魂は禁足の『常夜とこよ』で彷徨さまよい続けるのだ!」


 エンマは厳しい口調で言い放った。


「へえっ、床屋さんでずっとおさぼりしていたら、髪の毛がいくらあっても足りないわね」


 サクラは自分のおかっぱ髪をさわりながら、オボロを見上げる。


「エ、 エンマさんよ。そんなことがあるのかい。

 トコヨとは何なのだ?

 地獄へさえ行けない魂なんて、いったいどういう人間だったんだ」


 オボロは興奮しながら問いかけた。


「あらあっ、やはり大王さまのおっしゃる通り、閻魔帳からエラーの回答がきましたわ」


 シミョウは眉根を寄せる。

 組んでいた両腕をほどき、エンマは少年を指差した。


「常夜から抜け出して、いったい何をたくらんでいるのだ?

 天草四郎時貞あまくさ しろうときさだっ」


 エンマの言葉に、オボロは絶句したのであった。


つづく

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