第11話 サクラ、絶体絶命

 ぽちゃ、ぽちゃ、と水滴がコンクリートの隙間から漏れる音が、一定の間隔で聞こえてくる。


 サクラは、うっすらと目を開けた。

 意識がどうもはっきりしない。

 どうやら冷たいコンクリートの上で、横になっているようなのだ。


「――ここは、どこ?」


 サクラはゆっくりと頭を持ち上げた。

 声が静かに反響する。

 上半身を起し、周囲を見回した。

 むき出しのコンクリートの床、四方は暗くはっきりしない。

 ふと天井を見上げると、工事現場に設置されているような裸電球が直接伸びたコードから垂れ下がり、ぼんやりと明滅している。


「あら、ジンタがいない」


 サクラは、お供の柴犬がいないことに気が付いた。

 あわてて立ち上がる。


「やあ、お目覚めかい」


 暗闇から声がかかった。中性的なその声は血の通わぬ、合成音のようだ。


「うーんと、あなたは誰かな? どこにいるのかしら」


今宵こよいは、緑の月が力をかしてくれる。さあ、ワクワクする実験開始としよう」


「実験っていうことは。あっ、じゃあいっしょに遊んでくれるのね」


 サクラは笑みを浮かべた。


「遊び? うん、そうだね。

 地獄から抜け出た亡者は、人を喰らうことで、この世に干渉できることまでは判明したんだ。

 であれば、神を喰らえばどうなるのか。新たな神として転生するのか、それともまったく別の存在に変身するのか。

 産土神うぶすながみは、どう思われるかな。

 くくくっ、楽しい実験になりそうだね」


 暗闇の声が、フェードアウトしていく。

 サクラは、疑うという概念を持っていない。遊んでくれるという言葉に、心がワクワクと浮かびあがっていたのである。


 ずぢゃ、ずぢゃ、闇の奥から気味の悪い、粘着質の音が近づいてくる。

 裸電球のわずかな灯火のなかに、ヌーッと影がよぎった。


「あなた、あなたが遊んでくれるのね」


 胸の前で嬉しそうに両手を組んで、サクラはピョンピョンと跳びはねる。


 目の前に現れたのは、頭髪が抜け落ちてまぶたのない両目が真ん丸に見開き、鼻の穴がやけに大きく、唇のない大きな口からカタカタと乱杭歯が音を立てている亡者であった。

 歪に曲がった背中に、ぽこりと突き出た腹。木の棒のような手足がゆっくりと動く。


 シャーッ! 亡者の全身が、瘧のように震えた。

 間髪を入れず、サクラめがけて飛びかかった。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る