【4】兄貴の身代わり、今日から軍神

 市ヶ谷の国防省に僕らが到着したこの時点でも、まだ兄貴たちは見つかっていない。民間船まで動員して大捜索中らしいけど、なんなんだよ、兄貴のバカヤロウ……。



   ☆ ☆ ☆



「……というわけで、君には後任の『イクサガミ』として、ニライカナイ基地に着任してもらいたいんだ」


 応接室っぽいところに通された僕らを待っていたのは、制服の胸に何段もカラフルな略章をくっつけたおじさんたち。

 僕とさっきから話してるのは、その中でも一番恐い顔をしたおじさんだ。

 胸の略章の段が増えすぎて板みたくなってるから、多分結構エライ人。


 実はこの部屋に来てから、僕が兄貴の後任になるならないで小一時間ほどもめている。


「兄貴はそのうち見つかるんだから、無理に僕が行く必要ってホントにあるんですか?」


 おじさんたちとの不毛なやりとりに業を煮やした難波さんが、


「イクサガミ不在が世界中に知れた今、琢磨氏の帰りを敵さんは待っちゃくれねぇ。とにかく、お前さんが今すぐ必要なんだ。頼む、島にいてくれるだけでいい。

 カメクラもある。美味いもんもいっぱいある。

 今よりずっと設備のいい学校もあるし、大きなショッピングセンターも遊ぶ所もたくさんある。給料も弾む。軍はお前達に何の不自由もさせねえつもりだ」


 そう言って、おじさんたちに振り返って続けた。「ですよね、三島司令?」


「えっ? あーごめん難波君、聞いてなかった。……なんだっけ?」


 えらいおじさんたちよりは、もうちょっと若い、部屋の隅っこでお茶を飲んでいた眠そうな目をしたおじさんが、難波さんに急に話を振られて困っていた。


「南方弟の待遇の件ですよ、司令」


「あ、はいはい。初めまして、南方威くん。

おじさんは、ニライカナイ基地で司令官やってる三島といーます。君のお兄さんの上官ってことね。とりあえず、おじさんと一緒に来てよ。悪いようにはしないから」


 三島司令は「一見」人の良さそうな顔でニッコリすると、僕にそう言った。


『何かたくらんでるヤツに限って、悪いようにはしないって言うんだ、親切そうな顔をして近づくヤツほど、腹で何考えてるか分からないから、特に用心しろ』


 って兄貴が言ってたのを思い出した。もしかして、この人のことだったりして。

 なんて、訝しんでいる僕をよそに、みなものやつが腕に絡み付いてきた。

 こいつも僕と同様に兄貴の心配なんかしてないから、気楽なもんだ。


「ねぇねぇ、いるだけでいいって言ってるしぃ、行ってあげようよ~威~~」

「お前、自分が戦巫女になりたくて言ってんだろーがっ、なに嬉々としてんだよ!」

「別に戦巫女になりたいだけじゃないもん! 威の戦巫女になりたいんだもん!」

「あ……すまない。そう、だよな。でも…………」


 戦巫女。

 それは叶えちゃいけない、みなもの夢なんだ。


 僕は今日、僕自身の手で、みなもの夢を潰そうとしていた。

 それがみなもの、そして僕の幸せのためだと信じて。



 でも、もしも他にみなもを幸せにする方法があるのだとしたら――?



「……僕が島にいさえすれば、たいていの要望は聞いてくれるってことですよね?」


 三島司令の口の端がグっと吊り上がった。目は素のままで。


「もちろん」


「……わかりました」


 そう言った途端、おじさんたちから、おおっと歓声が上がった。


「そのかわり、」


 兄貴が帰ってくるまで、と言いかけてやめた。

 せっかく夢が叶っても、またすぐに取り上げてしまったら、みなもが悲しむ。


「みなもだけは時々、本土に行かせてやってください。お願いします」


「請け合おう。――ようこそ、皇国海軍へ。南方威少尉、そして橘みなも准尉」


 三島司令は僕に手を差し出した。

 でも僕は、彼に生理的に薄ら寒いものを感じて、どうしても握手をする気にはなれなかった。


 ☆


 僕は、やってもいない武勲の勲章を、ラメラーアーマーのごとくびっしりとぶら下げた古くさい礼服に、みなもはギャルゲー巫女のようなけしからん衣装に着替え、皇居で任命式をやった。


 そのあと再び国防省に戻り、僕らはジュースを飲みながら空き部屋で休憩してたんだけど、知らないうちに人生最大のピンチを迎えていたんだ。


「次は記者会見だ。国防上で言えば、これが一番大事なイベントになる」

 と難波さん。


「え? な、何でですか?」

 僕は意味が分からなかった。


 彼は不敵な笑みを浮かべて言った。

「威、お前さんを全世界にお披露目するからだよ」


 ――全、世界、だって?

 いま僕の脳内で、この『全世界』の三文字が、巨大な石像となって僕にのしかかってきた。


「琢磨氏の不在で色めき立っていた連中は、記者会見を見て、さぞ歯噛みするこったろうな。なんせ、そうそういないと思ってた後任者が、たった数日でスピード任命されたんだからな。ハッハッハッ!」


 と嬉しそうに言うと、難波さんは僕の背中をバンと叩いた。

 どうやら、防衛力に穴の開いたスキに、攻め込もうとしてるヤツがいるらしい。

 マジかよ……。


 ところで、あまりにも精神的に追い詰められると、物理的に苦しくなることってない? 僕はこういうとき、酸欠や目眩で倒れることが多い。


 PTSDってやつさ。


 子供のときの僕は、人外差別による集団でのひどいいじめを受けていた。

 その時の経験で精神がちょっとアレになったんだ。

 だから今でも大勢の視線に晒されると、フラッシュバックして苦しくなる。

 未だに治らずみなもに助けられてばかりだ。


 で、僕は今まさに、発症しそうな状況に陥りつつあるってわけだ。

 ガッデ――ム!


「ここ、シワ」

 そう言ってみなもが、ふと僕の眉間にぷきゅっと指を立てた。


 みなもはこうして時折僕を正気に戻すんだ。

 ほっとくと僕がいつまでも考え込んだりしてるから。


 考えたって何も変わらないのに、気付くと思考のループにはまってたりする。


 ……その円環を断ち切るために、僕は出雲へ行こうとしていたのに……。


 暗澹たる気分でうな垂れていると、事務方のお姉さんが僕らを呼びに来た。


 いよいよか……。

 そう思っただけで、胃液が食道を遡ってくる。


 ☆


 どこをどう歩いたか分からないまま、僕らは記者会見会場に到着した。

 ドアの隙間から中を覗くと、ものすごい数の報道関係者がギューギューに詰まっていた。

 僕の下からみなもも中をうかがっている。

 ふと、僕の腕をみなもがぎゅっと掴んだ。

 あいつが不安なんじゃない。僕の不安を先回りして消そうとするんだ。


 室内に入った途端、目の前が真っ白になった。

 蒸された空気が充満して、僕は余計に気分が悪くなってきた。


 無数の光が点いたり消えたりしてる。


 目の中は青っぽいもやもやが消えず、なんだか良く見えない。


 そこかしこからは、虫たちのざわめきのように、カメラのフォーカス音や駆動音、フラッシュのチャージ音が聞こえる。


 会場内のカメラというカメラが、一斉に瞬いて、僕やみなもを撮りまくっているんだ。

 僕は全身の毛が逆立つ思いがした。


 僕はなるべく周りを見ないように、帽子の鍔をさらにぐっと下げ、先導している制服組のおじさんにくっついて歩いていった。

 後にはみなもと難波さんが続いている。


 しっかりしようとすればするほど、体が水圧でぎゅっと締め付けられるような感覚に陥り、ドキドキや息苦しさ、目眩がコンボで襲ってきた。



 頼む、今だけガマンしてくれ、僕の体。ちょっとだけでいいから――――

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