第2話 異世界生活始めました

「……」


 ログアウトボタンが見つからず、何度も穴が開くほどメニュー画面を見たが、やはり見つからない。このままではまずいと思い、GMコールを行った。


「こちらノーゲーム世界管理部です。ご用件をどうぞ」


 GMコールを押したら、知らない女性の声が聞こえてきた。普通GMコールはメールでのやり取りだったはずだが、テンパっていた俺はそんなことを深く考えずに用件を言った。


「えっと、ログアウトボタンが無くなったのですが、そうすればいいですか?」


 藁にもすがる思いで聞いた質問であったが、帰ってきた答えは斜め上の返答であった。


「あなたはノーゲームの世界に来ることを選択されましたので、ログアウトという手段はありません」


「え? なんだって?」


 あまりに突拍子もない答えだったので、耳を疑った。


「ですから、Normalization Onlineを元に作られた仮想世界、通称“ノーゲーム”にあなたは来たのです。なので、ログアウトという概念は存在しません」


 少し不機嫌気味にGMは答えてきたが、正直何が何だかわからない。


「つまり、俺は異世界に転移したという認識でいいんですか?」


「細かく言うと違いますが、概ねそんな感じです。」


 俺の半信半疑の問いにGMはサラっと答えた。


「えっと、元の世界に帰る方法とかはあるんですか?」


 一番重要なことだ。ゲームの世界で過ごしてみたいという欲望は確かにある。しかし、まだまだやりたいゲームもあるし、こっちの世界で一生過ごすというのは考えられない。


「はい。異世界への送還は第一級神の権限にあります。ですので、称号を第一級神になれば帰ることができます。」


 帰ることができる聞き一安心と思ったが、もう一つ重要なことがある。


「地球にある俺の体ってどうなったんですか?」


 そう。転移モノには必ずある元の世界の体の存在。転移モノや転生モノは死んでいることが多いため、安否の確認はしておきたかった。


「それは、問題ありません。今こちらでのあなたの存在は精神のみがこちらに来たと考えて頂くのが分かりやすいでしょう。地球にある体は今もVR機器を装着したままです。ちなみに、こちらの世界での一年が地球の一分に相当するので、安心してこの世界を楽しんでください。」


「……はぁ。じゃあ、あと第一級神になる方法って教えてもらえたりしますか?」


 なんか頭が痛くなってきた。要はこっちで百年過ごしても向こうでは百分だから、何にも気にすること無いということだ。ただ、第一級神になるのに死ぬまでかかるというのはごめんだ。


「方法は二つありますね。まず一つは、第一級神である龍神、魔神、人神のいずれかを倒すことです。ただ、龍神と人神は神界に籠ってるので、倒すのなら魔神しかいません。ちなみに神界は第一級神以上の階級のみ入ることが許されています。」


「魔神っていうのはすぐ見つかりますか?」


「魔王を瀕死に追い詰めると、魔王の魂を糧に魔神が顕現します」


 魔神と聞くと隠しダンジョンのボスを想像していたのだが、まさにその通りだった。


「もうひとつの方法は今まで通りレベル上げです。ちなみに今の段階から経験値として百兆ぐらい必要です。ちなみにこれは一日にゴブリンを千体倒したとして、約一億と二千年掛かる計算です」


「……何でゴブリン限定なんだよ。つうか、絶対狙っただろ」


 なんで地球のネタを知ってるんだと突っ込みたかったが、一応GMなので地球の事にも詳しいのだろうと考えた。


「さて、状況説明はこんな感じだけど、あと聞きたいことはありますか?」


「いや、もういいです」


 結局、やることはゲームの時と変わらないので、後はやりながら考えることにした。


「わかりました。では何か困ったことがありましたらGMコールをお使いください。それでは“ノーゲーム”の世界をお楽しみください」


 そうしてGMコールが切れた。


「はぁ、なんかもう疲れたし寝るか」


 色々あって疲労がたまった俺は布団に潜り込み、泥のように眠った。




――――――




「……っん、ぅぅん」


 窓から射す日差しで俺は目を覚ました。


「はぁ、……やっぱり夢じゃなかったか」


 見慣れた天井を見ながら、俺はやるせなさを感じた。ゲームの時はログアウトをするとアバターが寝た状態になり、ゲーム開始時に起きることになる。なので、宿屋の天井は何度も見たのだが、実際にそこで寝るとなると何とも言えない気持ちだった。


「取り敢えず、朝食にするか」


 宿屋の一階が食堂になっており、料金を払えば食事を出してもらえる。ゲーム時には使わなかったが、現実になると普段料理をやらない人間としてはとてもありがたい。


「すいません。朝食をお願いしたいんですが?」


「おはようございます! 朝食ですね? 百センになります!」


 対応してくれたのは、宿屋の看板娘である通称リンちゃん。なぜ通称かと言うと、店主や他の客がそう呼んでいるのを聞いたことがあるだけで、本名を知らないからだ。そのリンちゃんは犬型の獣人族で、小柄で元気っ子という感じだ。俺は彼女に百センを渡して席に着いた。ちなみにお金の単位はゲームの時と同じでセンというのが使われている。食事を見た感じでは、一センが五円位かなと思うが、物価も何もかもが地球と違うので正確にはわからない。そんなことを考えてしばらく待っていると、リンちゃんが料理を持って来てくれた。


「お待たせしました!」


「ありがとう」


 そう言って、朝食を食べようとしたら、彼女が何か言いたそうに俺の方を見ていた。


「えーと、何か顔についてる?」


「え? いや、そうじゃなくてですね。今までずっと宿泊されていたのにウチの宿で食事を摂られていなかったので、どうしたのかなぁ、と」


 確かに当然の疑問だ。首を傾げながらそう問いかけてくる彼女に、俺は当たり障りのない解答をした。


「いや、なんか自分で作るのも面倒になってきたって言うのが一つと、色々な料理を食べたいなっていうのが一つかな」


 いきなりこっちの世界に飛ばされて生活することになったからなんて言っても、頭のおかしい奴と思われるし。実際、作るのが面倒なのも、せっかく来たんだからこの世界の料理も食べてみたいというのも嘘ではない。


「そうなんですか。じゃあ、今後ともウチの食堂を御贔屓にお願いしますね?」


 そう言った彼女は、子供のあどけなさに加え妙な色っぽさがあった。


「ああ。まだしばらく泊まる予定だから、よろしくね」


 そう答えると彼女は微笑んで、自分の仕事に戻って行った。




――――――




 食事を食べ終えた後、部屋に戻って装備の設定をしていった。特典の装備は明らかに他の人に見られたらまずいが、全部に隠蔽効果があるため問題なさそうだ。隠蔽効果とは、他の人が装備品を見た時、その品質を低く見せる効果である。なので、特典をフル装備して冒険者ギルドに行くことにした。


 冒険者ギルドに着くと、ゲームの時と雰囲気が違った。ゲームの時は荒くれ者が集う酒場風のこれぞギルドって感じだったが、今目の前にあるギルドの風景は酒場風ではあるが、清涼感のある落ち着いた感じの場所であった。俺は、掲示板からゴブリン討伐の依頼書を手に取りカウンターへ持って行った。


「すいません。依頼を受けたいのですが」


「はい、ゴブリン討伐ですね? ギルドカードの提示をお願いします」


 対応してくれた受付の人は、エルフ族の落ち着いた雰囲気のあるお姉さんであるセリーヌさん。依頼受注カウンターはいくつかあるが、俺は掲示板から一番近いこの人の受付でいつも受注している。


「確認できました。それでは、よろしくお願いします」


 そう言って、ギルドカードを渡してきた彼女は俺の方をじーっと見ていた。今日は何だかよく見つめられる日だ。ここは同じ返しをしておこう。


「えーと、何か顔についてますか?」


「いえ、いつもと違う装備でしたので、どうしたのかと思いまして」


 うん、至極もっともな意見だ。ずっとゴブリン狩りしかしてない人間が、急に全装備取り替えるなんて変だし。


「なんかずっとゴブリン狩りしていて飽きてきたので、心機一転して新しい自分になろうかと思いまして」


「はぁ」


 そんな俺の言葉に彼女は釈然としないという表情をしていた。自分で言ってて何言ってんのとか思ってしまうぐらいだから、しょうがない。


「じゃあ、依頼に行ってきますね」


「わかりました。頑張ってください」


 恥ずかしさにいたたまれなくなった俺は、逃げるように依頼を行うために森へ向かった。

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