第2話

 必然と言えば、必然だったのかもしれない……。

 十六歳で入隊後、常に前線で戦ってきた私は、ある時怪人に襲われているのを助けた事が切っ掛けで智尋……夫と知り合い、十八歳で結婚。気弱ではあるが優しい性格の智尋との生活はとても幸せなもので、その後はつつがなく妊娠・出産を経験し、一年の産休を終えた後は即座に現場に復帰した。その時当時の上官が何か言いたそうな目をしていたが、それは完全に無視を決め込んだ。

 そして、息子……尋貴を育てながら前線で戦う事になった私は、正義の心を持ってもらいたくて……いや、自分の仕事を理解してもらいたい為だけに、道徳系の絵本やビデオを見せ続けてきた。その甲斐があったのだろうか、尋貴は、草花や動物の事が大好きな、心の優しい子どもに育ってくれた。

 

 ……が、ここに大きな問題があった。

 

 これは、尋貴と一緒にレンタルビデオショップに行った時の事だ。キッズコーナーで特撮ヒーローのビデオを借りたいと駄々をこねている男の子を目撃した私は、ふと尋貴に、特撮ヒーローに興味が無いか訊いてみたくなった。

「……尋貴は、あーゆービデオを見たいと言わないな」

 多少、言葉はぎこちなかったかもしれない。何しろ、愛する一人息子が自分の職業に興味を持ってくれているかどうか、という話だ。緊張していたのだと言われれば、否定する事はできない。

 だが、尋貴から返ってきた言葉は、興味云々以前のショッキングなものだった……。

「うん。だってボク、あーゆーのキライだもん!」

「き……嫌い!?」

 多分、この時の私は相当動揺していたのだろうと思う。興味が無いならまだしも、嫌いとは……。思わず声を裏返らせてしまった私に、尋貴は頷いた。

「だって、あの人達って、悪い人だからって敵をみんな殺しちゃうんだもん。人に怪我させたり、殺したりするのは悪い事なんだよ。だからボク、ヒーローも敵も大キライ!」

「そ、そうか……」

 私は、ショックのあまりそう返事をするのが精いっぱいだった。……そう。問題というのはこれだ。心が優し過ぎて……と言うよりは道徳系の絵本やビデオばかりを観てきたからかもしれないが、尋貴は私の職業とほぼ同種である特撮ヒーローが大嫌いになってしまった……。

 そんな尋貴に、私が普段変身して怪人と戦っていると知られれば、私は尋貴に嫌われてしまうかもしれない……。それを恐れた私は、今まで尋貴に正体がバレないよう、必死に隠し続けてきたのだが……。



# # #



 時は、十数分前に遡る。街の大通りに怪人達が発生したという報告を受けた理貴は、一人変身して現場へと向かった。仲間達は一緒ではない。別の現場でも怪人が発生したという連絡があったからだ。それも、数か所。戦力で分散するとなると、理貴は一人で行動する事になる事が多い。それだけ、理貴の戦闘能力が高いという事だ。

 黒のスーツに身を包み、隊の規定に則って顔を外から判別する事も可能なクリアーのメットを装着し、現場へと駈ける。左腕には変身ヒーローの証しとも言える。通信機能付きの変身ブレスレット。右手には抜き身のブレイドを持ち、駆け行く先を阻もうとする雑魚怪人達を切り捨てていく。現場に到着するまでに、ものの五分。ゴリラを遺伝子改造したと思われる怪人が一般人である男の頭を掴んで持ち上げている様を見た理貴は、迷う事無く怪人に突進し、男を掴むその腕に向かってブレイドを一閃させた。ゴリラ怪人の腕はアッサリと切り落とされ、男は重力に従って地面へと放り出された。

「大丈夫ですか? 走れるのなら、逃げて下さい。早く!」

 男が立ち上がるのにだけ手を貸すと、理貴は短くそう言った。男は、言葉も無いのか青ざめた顔でコクコクと頷くと一目散にその場から逃げていく。それを横目でチラと確認すると、理貴はすぐさま怪人に向けて態勢を整えた。

 腕を切り落とされて怒り狂ったゴリラ怪人が、残った腕を振り上げて理貴に殴りかかってくる。それをひらりとかわすと、理貴は再びブレイドを一閃させた。怪人の残る腕も切り落とされ、ゴトリという音がする。

 しかし、遺伝子改造を施された結果だろうか。怪人は痛みや恐怖といった物を知らぬかのように、身体ごと理貴に向かって突っ込んでこようとする。理貴は舌打ちをするとブレイドを閃かせ、容赦無く横薙ぎに払った。怪人の胴が二つに分かれ、血を撒き散らしながら地面に落ちていく。ドサリという音がして、今度こそゴリラ怪人は動かなくなった。

 理貴はブレイドをヒュンと振り、血を振い落とすと流れるような動作で鞘に収めた。カチリと安全装置が作動する音がして、そこで初めてホッと安堵の息を漏らした。

 その時だ。

 ガラッ、と瓦礫の崩れる音がした。理貴は即座に身を強張らせ、音のした方へと身体を向ける。そして、身体が完全にそちらを向いた時……鋭く辺りを睨み付けていた理貴の目は、驚愕と動揺で見開かれた。

 察しの良い方であれば、もうおわかりだろう。

 そう、そこには彼女の息子――尋貴が呆然と立ち竦み、怪人の死骸の横に佇む理貴の姿を見詰めていた……。

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