第11話

 私が学校で『ブタ子』と呼ばれ、やりたい放題させられる事が無い日々は数日ほど続いた。その間ずっと、私をいじめ続けていた女子生徒たちは風邪で寝込んだままだったのである。その間私は他のクラスメイトから『ブタ子』ではなく、ごく普通のクラスの一員として接してもらうことが出来た。やはり、あの女子生徒たちの影響力は大きかったのかもしれない。


 でも、あくまでそれは女子生徒たちの風邪が回復するまでの期間限定の話だった。


「ったく、ブタ子のせいよね……」

「あいつが新種のインフルうつしたからよ」


 殺処分すれば良かったのに、と私に聞こえるような悪口を言いながら、病気が治った女子生徒たちが話し続けていた。普通に接してくれていたクラスメイトたちも、面倒を避けるかのように私に話しかけることが少なくなってしまった。結局、私は元通りの『ブタ子』に戻ってしまったと言う訳である。


 幸い、彼女たちが風邪で寝込む前に私に告げた『明日、酷い目にあわせる』と言う約束は、女子生徒側がすっかり忘れていたようで、その件に関しては何の危害も加えられなかった。ただ、私に聞こえるような悪口や、筆箱やノートなどの私の所有物への落書きなどは相変わらず続いてしまった。


「ブタ子は今日もひとりぼっちなんだー」

「誘ってあげるー?」

「いいよー、病原菌をうつされたらたまらないし」


 昼食の時も、女子生徒たちはわざと私の近くに集まり、大声で会話を交わしながら弁当を食べていた。お母さんの作った美味しいお弁当を一人で食べている私をちらりと見る女子生徒の顔は、まるで今までの鬱憤を晴らすかのような笑顔だった。

 それでも私は、今までほど自分を追い詰めるような気持ちにはならなかった。まるで悪口が、耳の穴に入った途端にすぐ隣の穴から抜けていくような心地だったのである。そのまま私は食べ終えた弁当を畳み、足早に図書室に向かった。勿論その目的は、中にある様々な本を読み、気に入った本を借りるためだ。


「あ、この本お願いします……」


 今日も2冊ほど、私の大好きな分野である生物の本を借りた。図鑑のような感じだけど中身は大学の教授の方々が書いた専門的なものばかりだ。まだまだ難しいところは多いけど、私もきっとこのような文章を書いて、色々な本を書いたりこういった書物に掲載されたりするんだろうな、とワクワクする思いで読むことが出来た。家に帰った後も、宿題が済み次第じっくり読みふけろうかな、と考え、教室に戻ろうとしたときだった。


「……あれ?」


 教室の近くの廊下で、生徒指導の先生が数人の生徒を叱っていた。よく見るとその生徒は、私のクラスメイト、しかもいつも私を『ブタ子』と呼び、悪口や悪戯などやりたい放題しているあの女子生徒たちだった。一体何が起きたのか、教室に戻った私はクラスメイトに尋ねてみた。あの女子生徒と違い、一切の悪意も無くクラスメイトはその理由を教えてくれた。

 何でも、以前に髪型か何かで女子生徒は生徒指導の先生に注意されたと言う。にもかかわらず、それを一切直さないどころかますます酷くなって学校に戻ってきたことに、先生の堪忍袋の緒が切れたのだ。言い逃れは出来なかったようで、『ブタ子』のせいだ、と言う言葉は聞かれなかったみたいである。


「……」「……」


 そして戻ってきたときには、あの女子生徒たちから昼食時の元気はすっかり消えてしまっていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ブタ子、やっておいて」


 いつものように飼育小屋の当番を私に押し付けるときも、女子生徒たちの言葉は少なめだった。私の耳にも先生の野太い怒鳴り声が響くほどだったから、よっぽど怒られたのかもしれない。


 ともかく、私は普段通りに担任の先生からブタさんたちの餌を貰い、そのまま飼育小屋へと向かっていった。すると、そこには私たちがいない時でもいつも動物たちの面倒を見ている、事務の先生だった。


「いやー、いつもご苦労様」

「あ、ありがとうございます……」


 そして、事務の先生はいきなり私に対してこんな質問を投げかけてきた。他のクラスが当番のときは数名でやってくるのに、どうして私のクラスの時は『私』一人だけなのか、と。確かに、今までずっとそういう事態が続いていた事からすると、何かがおかしいと感じるのも時間の問題だったのかもしれない。でも私は真実を告げることは出来なかった。告げ口したらあの女子生徒たちにどんな目に遭わされるか分かったものではないからだ。それに、最近災難続きの彼女たちがどれだけストレスを溜め込んでいるか、それを考えるととても恐ろしかった。


「……あ、ごめんごめん、悪いこと聞いちゃったかな?」


 どうやらそんな私の心が体にも表れてしまったようだ。大丈夫です、と私が返事をすると、それ以上事務の先生は突っ込んでこなかった。ただその代わり、今日は先生も一緒に飼育小屋の当番を手伝ってくれることになった。

 

「はーい、今日のお掃除は超豪華フルコースですよー」


 色々と冗談を言いながらも、先生は本当に手際よく動物たちにご飯をあげたり、掃除をてきぱきとこなしていた。いくら動物が大好きとは言え、やはり私には素人の出来るだけの世話しか出来なかった。小鳥やカメたちが心地よく過ごせるほどに綺麗になった飼育小屋を見て、少しだけ私は複雑な気分になってしまった。

 でも、ブタさんの所にやって来たとき、不思議なことが起きた。事務の先生と一緒に床を掃除し終わり、そして先生が水を用意したときだった。何故かブタさんは、その水から体を反らし、私の方に顔を近づけたのだ。先生が何度体をさすって水を飲ませようとしても、ブタさんはずっと同じ体制を崩さなかった。まるで、先生よりも私の注いだ水や食べ物を口に入れたい、と言っているかのように。


「たはは、こりゃ一本とられたな」


 先生の方もそれに気づいたようで、苦笑しながらも私に場所を譲ってくれた。その途端、待ちに待ったかのようにブタさんは一声鳴いたかと思うと、私の持ってきた野菜を一気に口にほおばり、むしゃむしゃと食べ始めた。その口元には、ほんのりと笑みが浮かんでいるような気がした。


「私よりも君からご飯を貰うのが好きだなんて、なかなかこのブタもやるなー」

「そうですね……ブタさんはとても頭が良い動物ですし」

「お、よく知ってるねー!」


 イケメンさんのことは勿論内緒だけど、私は先生に図書館から借りた本で得た知識や、学校の図書室で見つけた本の内容を話し続けた。事務の先生もまた、私がいつも動物たちのお世話をしてくれていること、ここの動物たちが大好きと言うこと、そして将来も動物たちと接していきたいと言う夢を持つ事を知り、応援してくれる協力者だ。今回もまた、私が夢に向けて一歩近づいたことにとても嬉しそうな顔を見せていた。


「色々と興味を持つって言うのも大事だからねー」

「あ、ありがとうございます……」

「……た・だ・し、もっと大事な勉強のことは忘れてないかな?」

「あっ……」


 先生の言う通り、危うく私はもっと大事な勉強のことが頭から抜けかけていた。もう少ししたら、私たちは学校でテストを受けなければならないのだ。幸い今のところ私はお世話になっていないけど、得点があまりにも悪い人には追試が待っていると言う。

 ただ、テストまでにはもう少し遊べるだけの余裕がある。それに、将来の夢を見つけることが出来た私は、今まで以上に勉強に集中し、その中身を頭に覚えることができるようになっていた。一時はつまづきかけたけど、今の私はもう一度夢を再確認し、調子を取り戻している。油断せず、じっくりと取り組んでいけば、きっと良い得点を得ることが出来るだろう。


「テストも、頑張ります……」

「応援してるよ♪」


 先生から明るいエールをもらい、私は飼育小屋を後にした。

 今日もまた、ブタさんが去り際に別れの挨拶のように声を鳴らしてくれた。 

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