第2話 フマレル

中学校2年生の体験以来、幾度かの霊現象と思しき経験をすることになる。

これは、その中でも稀有な例といえよう。

実際に霊が出てくることはないのだが、不思議な経験である。


20代も後半に差し掛かったころ、私はアパート暮らしをしていた。

新築のアパートで私が初めての入居者になる。

1・2階に2部屋づつ、計4部屋の小さなアパート。

間取りは6畳で風呂・キッチン付きのオール電化、狭いながらベランダもあった。

私は202号室 隣201号室には若い女性がひとり 101号室には30代前半の男性がひとり 階下101号室が不明であった。

101号室の入居者以外とは、顔を合わせ挨拶することもあるのだが、

101号室の入居者は、見かけたことがなかった。


6畳、長方形のスペースにベッドは邪魔なので、

私は、布団で寝ていた。

毎晩、誰かしらが遊びに来ていたので、先輩からソファーベッドを譲ってもらい、友人が泊まる際にはソファーベッドを利用してもらっていた。

通常は薄い敷き布団で寝ていたため、ときおり、階下のTVの音や、中年の女性の声と中年の男性の声が、ボソボソと聞こえることがあった、誰かが住んでいることは間違いなく、夫婦か親子なのだろうと思っていた。


ある夜、眠っていると、ギャーという猫の悲鳴のような声で目が覚めた。

私は、どうも枕が苦手で、敷布団に横向きで眠る。

それゆえ、耳が床に接地され、階下の音が耳に入ることがあるのだ。

ビクッと目が覚めると、その後はシーンとした静けさ。

夢かと思い寝なおした。

翌朝、隣の女性と顔を合わせ、挨拶をかわすと女性が話しかけてきた。

「あの~昨夜、変な声、聞こえませんでしたか?」

夢ではなかったのだと思い

「あぁ、深夜ですよね、私も聞こえました。夢かとも思ったのですが」

「いえ、わたし起きてたので、びっくりしてしまって、そっとベランダから外を見てみたんですけど、101号室の部屋のドアが開いてて、男の人が箱を持って川のほうへ歩いて行ったんです、なんか怖くて、すぐカーテン閉めたんですけど」

「男の人、101号室のですか?」

「たぶん……」

と自信なさげな返事のあと言葉を続けた

「見たことないので、解らないですけど、あ~、後ろ姿だけだったし、でも101のドアが開けっ放しでしたから、ほかに人もいませんでしたし……ちょっと気味悪くて、あっ、すいません、会社遅れそう、すみませんでした」

と小走りに階段を降りて行った。


(やっぱ、なんか気味悪いな~)

と思いながら、その日は仕事も捗らなかった。

帰宅して、ほどなく、女性の先輩が訪ねてきた。

「ユキちゃーん、遊びに来たよ~」

[私は、年上の女性の友人から、ユキちゃんと呼ばれていた]

部屋で、今朝の話をすると、先輩はふーんと少し考えて、共通の男の友人をひとり私の部屋に呼んだ。

「気持ちの悪いヤツが下にすんでいるんだってな?」

と、その友人が面白そうにやってきた。

しばし、3人で話していると、

呼び鈴が鳴る。

ふと時計を見ると、深夜一時を回っていた。

ドアを開けると、隣の女性が立っている。

(うるさかったかな)と思い

「すいません、うるさかったですか?」

「いえ、あの申し訳ないのですが~…お部屋にあがっていいですか?」

「はっ?」

「あの、怖くて、なんとゆうか、私も、ちょっとお話できたら、こっちに知り合いいなくて」

「あ~どうぞ」

と隣に住む女性を狭い部屋にあげ、4人で少し昨夜の話をした。

深夜2時、寝るかということで先輩は、隣の女性の部屋に泊まることになり、私は友人を泊めることになった。

散らかった部屋を片づけるのも面倒になり、友人をソファーベッドに寝かし、私は部屋に対し、布団をおかしな角度で敷いて寝ることにした。


――金縛りで目が覚めた、金縛りには慣れていたのだが、いつもと違う。

動かないというより、重いものに体を押しつけられるような感覚。

なんだか酷く気分が悪い。

そのうち、足元から、徐々にグーッと足でゆっくりと踏まれているような鈍い圧力が襲ってくる。

それは、非常にゆっくりとしたペースで、

グーッ……グーッ……と私の足から腹へ、腹から胸、そして顔へと上がってきた。

腹や胸を圧迫されるのは非常に息苦しく、顔は見えない足に頬を踏まれているようだった。

ふいに金縛りが解け、スッと体が軽くなった。

時計を見ると朝4時を過ぎたころだった。


夜に、また4人で私の部屋に集まった。

私は、昨日の金縛りの話をしようか、しまいか迷っていた。

正直、私は幽霊を信じていない。

あまり自分の体験を人には話さないようにしているのだ。

しかし、どうにも気持ち悪かった。

「下の人、黒魔術でもやってるんじゃないの、猫とか殺したり

その猫の悲鳴だったんじゃない?それで、猫の死体を川へ捨てに行ったとか」

そんな話を先輩が冗談めいて話し出したとき、つい昨夜のことを話してしまった。


「気持ちワル!」

先輩がオェッという顔で舌を突き出して笑う。

「顔踏まれる感覚とか嫌ですね」

と隣の女性が怪訝な顔をする。

「よし!今日は俺が布団で寝よう」

と友人は今夜も泊まることになった。


先輩は今日は帰るとのことだったので、隣の女性も部屋に戻った。

昨日は何も無かったし、まあ戸締りして、なにかあったら電話するなり

ドア叩くなりしましょうってことで解散した。


その夜、何事も起きなかった。

その旨、メールでみんなに回して、私の気のせいということになり、数週間たった。

隣の女性とは、その後、廊下で立ち話する程度の関係に落ち着いた。


そんなある日、テーブルを買った私は、部屋の間取りに頭を抱えていた。

そのまま夜になり、部屋は散らかったままで布団を敷くことになってしまった。


――ズーッ……ズーッ……――。

金縛りが解けると、深夜3時前。

またか、私は再び踏みつけるような感覚に襲われた。

目が覚めて、考えるに、あのときも布団を斜めに敷いていた。

角度の問題なのか?


翌日、布団はそのままに眠りに入る。

――ズルッ……ズルッ……――。

都度、感覚こそ違えど、重い金縛りは続いた。


さらに翌日、頭を逆向きに寝てみた。

何も起こらずに朝を迎えた。

向きと角度が金縛りを引き起こすようだ。

私は、何も告げずに友人を呼んで泊めることにした。

布団で再び寝るよう促し、私は寝たふりで深夜を待った。


翌朝、友人は金縛りを経験していたようで、私にそのことを話し出した。

本人の話によると、金縛りは初めての経験だそうだ。

解けた感覚はなく、目覚めたら朝だったとのこと。


私は、その夜、友人が金縛りになっている様子をそっと見ていたのである。


――友人が眠りだして、2時間ほど彼は突然カッと目を開けた。

目だけが左右に動きだし、手足が痙攣するようにピクリピクリと動いている。

仰向けに寝ていた友人は、天井を凝視し、何事か口を動かそうとしている。

アッ…ウー…エグッ…といった小さなうめき声を幾度か発し、

「セ・ボ・???……」

何事か一言話した後、突然ガクッと強張っていた体の緊張が解けたようで、そのまま寝息を立て始めた。

それは、深夜2時過ぎから30分ほどのことだった――。


この話は友人には今もしていない。

その後、何度か別の友人に布団を試したが、100%奇妙な感覚を訴えてきた。

ほどなく、私は転勤によりアパートを出ることになったのだが、階下の住人の件は何も解らないまま、結局、私は住人を見かけることすらなかった。

そもそも隣の女性が見た後ろ姿の男も住人かどうかも解らないまま引っ越した。


昨年、そのアパートの前を車で通った。アパートは当時の景観のまま建っていた。


霊道というものがあるようだが、あの場所はそんな通り道だったのかもしれない。

歩いたり、引きずったり、這いずったり。

いまもだれかがフ・マ・レ・ルのだろうか。

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