27話 運動会 午前の部

なんやかんやでプログラムは順調に進み、幾つかの種目が消化されて午前の部では最後の種目である玉入れが行われる。

ルールはいたって普通、商店街の広場に各組が玉を入れる籠が複数設置されており、そこにどんどんと球を投げ入れていき、最終的に籠に入っていた玉の数を競うというものだ。


この競技には両組のほぼ全員が参加するが、今回に限り直接相手に対する攻撃だけは禁止されている。

何故ならこの密集した中で妨害を制限しなかった場合、殴り合いになるのは目に見えているため、相手に対する妨害は玉を使ったもののみとした。


『―また、籠の周りに描かれている白線の内側に10秒以上滞在すると、運営側からの妨害が発生しますのでお気を付けください。以上がルールとなります。制限時間は10分。それでは参加者の皆さんはお好きな位置へ移動してください』


「それじゃ大角君、私はあっちの方の指揮を執るから」


「ええ、頼みます」


マイクを切るの同時に佳乃から声がかかる。

これから佳乃はここから少し離れた場所で、先ほど放送で言った運営側からの妨害に関する指揮を執ることになっている。

別に向こうは向こうで人がいるので佳乃が行く必要はないのだが、本人はワクワクとした様子を隠そうともせず、妨害行為を自分の手で操ることが心底楽しそうだ。




放送を聞いて紅白両組の人間がそれぞれ自分の組の色で塗られた籠の元へといくつかのグループに分かれて集まっていく。

籠は3メートルの高さがあり、その脚元には半径2メートルの円が白線で描かれている。

その円の周りに沿うように参加者たちが並ぶ。


それらを見届けて、スターターの銃声によって玉入れが始まった。

ワッという歓声が上がる中、各員一斉に球を投げ上げていく。

誰もが籠へと注目しているため、徐々に白線の内側に足を踏み入れてしまい、10秒が経った頃、最初に円の内側に入っていた男性の態勢が大きく傾いでいった。


―うぉ!?おいどうした!


―あだっ…!


―むっ!そこぉっ!


―スナイパーか!


―甘いわね。フンッ…ゴム?


ほぼ同時にそこかしこで上がった悲鳴や疑問の声だったが、その理由は白線の内側で蹲っている人たちにあった。


『はい、現在蹲っている方たちは時間いっぱいに白線の内側にいたため、運営による妨害の対象となりました。内容としましては、この広場から離れた場所にある建物の屋根の上にスナイパーが隠れており、規定に基づいて狙撃が行われました。』


スクリーンには分割表示で複数の屋根の上が映し出されており、そのうちの一つで迷彩服を纏った佳乃が手を振っていた。


狙撃によるお妨害は佳乃からの提案で用意されたもので、狙撃手も佳乃が調達して来ており、付近の大学にある射撃競技の選手と、サバゲ―サークルの人間をかき集めてきて現在の狙撃体制が組織されている。

どういった報酬で彼らを連れてきたのかは教えてもらえなかったが。


『使われているのはゴム弾で、当たっても致命的なダメージはありません。ただ相応に痛いのでしばらくは行動に支障が出るかと思われます』


ざわざわと観客が不安そうな声を上げていたので、しっかりと実弾ではないことを説明する。


ゴム弾とはいえ普通の人間には十分に脅威ではあるのだが、この場にいるのはどいつもこいつも体だけは頑丈な妖怪怪異だらけなので、ゴム弾の直撃を受けても普通の人間よりもはるかに軽微な被害で済む。

とはいえ痛いものは痛いようで、今こうして見ている限りでは直撃弾を食らった者が競技へ復帰するには少しばかり時間がかかりそうだ。


『違反一に対し狙撃一発がなされるため、円の内側に留まり続ける限り、10秒ごとに弾は飛んできますので、早々に白線の外へと退避するのをお勧めします』


逆に言えば、狙撃をものともしないのであれば円の中に留まっても構わないのだ。

その場合は10秒ごとの狙撃をどうにかしなければならないが、籠のすぐ下で球を投げ続けることができるアドバンテージを考えるとそれだけの価値があるだろう。


瞬発力に自信があれば10秒が経つ前に線の内側で玉を投げ続け、時間ぎりぎりで円の外側に逃げるというやり方もありだが、その場合は線の内外への移動と狙撃への警戒で体力と精神力を著しく消耗する恐れがあるため、あまり賢いやり方とはとは言えない。


また、狙撃を受けて行動不能に陥っていない者も何人かいる。

それは身体能力に優れた動物系の妖怪に多く、ほとんどは直撃弾を回避するか防ぐかしているのだが、その中でも規格外と言えるハナと圭奈は、飛んできた弾丸を掴みつつ弾道から狙撃地点を睨みつけたり、直撃弾を回し蹴りで撃墜したりと人間離れしすぎる芸当を披露していた。

お前らはニュータイプか?または人類の革新者かよ?


そうして籠の直下に留まるものはほとんどいなくなったが、ハナや圭奈を筆頭に、狙撃など知ったことかと言わんばかりに極少数が白線の内側にいた。

どいつも先ほどの狙撃を防ぎきった奴らばかりで、10秒後の第二射も躱していた。

あいつら、この大会中は人間離れしたことは極力控えろって言ったのを忘れてんじゃないか?


随分と優位な位置に陣取ったのだから、玉入れもさぞ捗るだろうと思われたが、残念ながらそいつらは絶望的に玉入れが下手くそだった。

力の加減が出来ていないのか、玉を投げ上げても籠を飛び越して向こう側に落ちたり、弱く投げると籠まで届かずと繊細な力のコントロールが得意とは到底思えなかった。


そんな状況にハナは地団太を踏んで悔しがり、圭奈も顔にこそ出さないがあの顔は相当イラついている時のそれだ。

白線の外側にいる連中が投げる玉が順調に籠に飛び込んでいき、正直ハナ達は戦力になっていないと思う。


実況も交えて玉入れが進むと、突如俺の携帯に着信が来た。

相手は狙撃チームの指揮を執っているはずの佳乃で、何事だろうと電話に出てみると、なにやら不機嫌そうな声が飛び出してきた。


『大角君、例のアレを使うわ』


「はい?例のって…あ。…いやダメですよ!あれはジョークで用意したヤツじゃないですか!あんなの使ったら観客もドン引きだし、参加者のヒンシュクも買いますって!……佳乃さん?もしもーし!もしもしもしもし!?」


呼びかけても帰ってくるのは電話が途切れたことを知らせるトーン音だけ。


どうやら佳乃は一方的に使用を宣言するだけで、俺の許可を求めていたわけではないようだった。

恐らく一応俺に進言したという形だけは取ろうとしての行動だったのだろう。

程なくして競技会場に複数のドローンが飛来して来た。


4枚羽のローター4基が奏でるビィーンという独特なローター音に、玉入れに参加していた人も観覧客も、突然の闖入者に注目している。

一時的に競技が中断されたような空気になった広場に、放送が鳴り響く。


今から流れる放送は佳乃が専用で使う放送回線で、俺の方から切ったりできないので、大人しく聞くしかない。


『さて、ここでボーナスステージです。只今競技会場に飛来しましたドローンに、玉を当てることが出来た場合、当てたチームの籠に+20個分加算されます。ただし、攻撃に使っていいのは玉入れ用の玉だけです。籠を狙い続けるか、大量得点を目指してドローンに挑むかはご自由に。…まあ?私ならこんなおいしい獲物を逃すバカはしないけど』


最後に挑発じみた言葉を残して放送は切られた。


ただ通達だけで済ませばいいのに、わざわざ挑発を混ぜるとは、よっぽど狙撃が防がれたことが許せなかったのだろう。

なにせ佳乃の発案で通された妨害が、まさかあんな力業で防がれるなど思いもしなかったはずだ。

ハナ達のスペックを甘く見ていた佳乃の詰めが甘いというのもあると思うがな。


見え透いた挑発を無視してドローンを狙わない人がほとんどの競技会場に置いて、闘志を燃やしてドローンを狙う奴らがいた。

そう、あの狙撃を防いだ連中だ。


彼らはほぼ全員が自分の実力に自信を持っていると同時に、佳乃の『やれるもんならやってみな』感があふれる挑発に簡単に乗るぐらいに単純な奴ら揃いだったのだ。

ドローン撃墜に集中するために狙撃を嫌ったのか、その全員が示し合わせた様に籠の周りの白線から出て、一斉にドローンに玉を投げつけ始めた。


布製の玉の癖に強力な膂力で投げられると中々の速度を出す物で、高所に滞空するドローンに唸りを上げるように飛んでいくが、直撃寸前にドローンは大きく機体を傾けるとアッサリと迫る玉を交わしてしまった。

それは他の連中が狙ったドローンも同様で、避け方こそ違うが、どれも危なげなく回避しきっている。



―ちょっとハナ!それ私の獲物よ!他の狙いなさいよ!


―うるせー!あたしがどれ狙おうと勝手だろ!圭奈こそ他に行けよ!


ギャーギャーと喚きながらも玉を投げる手を止めないという器用な芸当を披露するが、それを嘲笑うかのようにドローンは飛来する玉を華麗にかわすことで、観客の目を楽しませていた。


そこまではまだ平和だったと言える。

このドローンが真の恐ろしさを発揮するのはこれからだ。

全てのドローンにはスピーカーが取り付けられており、これは災害時の緊急放送を飛行中のドローンに行わせるという、新しい運用方法を模索する行政から試作機の制作を依頼されていた商店街の模型屋の持ち物で、今回佳乃が勝手に持ち出していた。

佳乃がドローンを徴発する際に俺も同行していたが、正直、模型屋の主人の半泣きの顔が哀れすぎて直視できなかった。鬼か。


ドローンを撃墜しようと玉を投げていた連中が、突如その動きを止める。

観客はそれを見て不思議そうな雰囲気に包まれているが、その原因はスピーカーから流れている音にあった。

と言っても、実際に流れている音を俺達は聞こえない。


あのスピーカーから流れる音は、人間には聞こえず、妖怪にしか音を拾えない仕組みになっている。

そもそも人間の耳が捉えられる音というのは決まっており、一定の周波数までしか人は音を認識できない。

これを可聴域と言うのだが、その可聴域外の音を拾えるのは人間よりも敏感な聴覚を持つ動物ぐらいなものだ。

代表的なもので言うと、猫などはかなり高い周波数の音まで拾えるらしい。


さて、そんな可聴域外の音ではあるが、実は妖怪には聞き取れるのだ。

というのも、元々人間よりも優れた能力を持つことの多い妖怪怪異達は、人間に聞こえない周波数の音で会話をする能力も持っていた。

ただ、この能力は年々衰えてきており、一部の年寄りを除いて、今では高周波数の音を操るものはほとんどいない。

せいぜいが聞き取れる程度なのだそうだ。


ところが、科学技術の進歩というのは目覚ましいもので、これを科学の力で再現したのが、今スピーカーを通して流れている音である。

それを聞いた奴らが、攻撃の手を止めて聞き入っている状況は、はたから見ると確かに妙な光景だろう。


―イヤァアアア!ヤメテェエエ!!


それまでボーっと突っ立っていた圭奈が、突然狂ったように玉をあちらこちらへと投げつけ始めた。

必死の形相の圭奈が投げる玉は、ドローンを狙ったものであろうと予想できるが、そのどれもが命中することなくどこかへと飛んでいった。


恐らく圭奈に関する何かしらの、人には言うのが憚れる秘密的なことを、スピーカー越しに暴露したのだろう。

それを聞くことができる妖怪連中は誰もが気まずそうな顔をしているし、圭奈は遂に顔を両手で覆ってその場でしゃがみ込んでしまった。

あの圭奈をそこまで追い詰めるというその内容に興味を覚えないわけではないが、あの姿を見たら同情の方が先に立つ。


―あっはっはっはっは!圭奈、お前そんなことしてたのかよ!ぶわはははははは!


ハナだけは圭奈のその暴露話を聞いて黙っておらず、プルプルと震えてしゃがみ込んでいる圭奈を指さして大笑いしている。

あいつは本当に圭奈に対しては容赦がないな。


だが忘れてはならない。

今の奴らは、例外なく佳乃にとっての憎き攻撃対象であることを。


笑っていたハナが突然動きを止め、ぎこちない動きで自分の頭上に滞空しているドローンへと顔を向けた。

どうやら今度はハナにターゲットが移ったようで、先程の圭奈の行動の焼き直しとばかりにハナが玉を投げつけだす。

ドローン目掛けた玉は当然当たるはずもなく、そんなハナを嘲笑うかのように、集まってきたドローンが円を描いてハナの周りを飛び回り始めた。

どこかドローンの動きがハナをおちょくるような、小バカにしたような動きに見えるのは俺だけだろうか。


そうするとどれを攻撃したらいいのかわからないハナはどんどん混乱していき、遂には手近なドローンへと殴りかかる様に飛び上がっていった。

普通の人間が手の届く高さにはないのだが、妖怪であるハナには余裕で到達できてしまう。

当然これは違反行為のため、周りにいた運営委員の人間と、チームメイト達が取り押さえにかかったが、それでも暴れるハナの動きを止めるのに何人もの手が必要になった。


ようやく大人しくなったハナは競技場の隅へと連れて行かれ、膝を抱えて座り込んでしまった。

その隣には同じように膝を抱えて体育座りをする圭奈の姿があった。

お互いに気まずそうに黙っている様子は、なんだか珍しいものを見た気分になる。


いやマジで佳乃は何を言ったのだろうか。

あのハナがあそこまで暴れる何か、それを知っている佳乃に俺は恐れを抱かずにはいられなかった。

ただまあ、多分しょーもないことだろうというのは、それを聞いていた他の連中が浮かべていた微妙な顔から推測は出来る。


ハナと圭奈の暴露話に時間を使ったせいか、他の面々の暴露に入る前に競技終了の笛が鳴り響いた。

2人以外の者はどんな秘密がバラされるのかという怯えから解放され、露骨に胸を撫でおろす。


こうして玉入れはハナの失格もあって白組が負けてしまったが、後半のよくわからないうちに打ち崩れてしまった展開が観客たちには意味が分からないため、なんだかモヤモヤとした雰囲気が会場には漂っていた。

こればかりは説明のしようがないのでどうしようもない。


この後は休憩を入れてから、本日のメインイベントである大騎馬戦が行われる。

先程から目に付く商店街の人間達は闘志に溢れた目を浮かべるものと、楽しい催し物を期待する子供のようなキラキラした目を浮かべる者の2通りがあった。






午後に備えて広場では大勢の人が昼食を求めて出店を巡っており、かくいう俺も出店で食料を買い込んできたところだった。

この運動会期間中だけ臨時で用意されているフードコートへ、両手いっぱいの食料を抱えながら目当てのテーブルを探し歩く。


「大角君、こっちよー」


俺の名前を呼びながら手を高く掲げて振ることで存在をアピールしているのは佳乃だ。

同じテーブルにはハナと圭奈も座っている。

俺は彼女たちの昼食を買いに行かされていたというわけだ。

とは言っても無理やりパシらされていたわけではなく、そうしなければならない理由があったのだ。

なにせ今ハナと圭奈は魂が抜け出たのかというぐらいに大人しい。


その原因は先の玉入れにあるのだが、元凶である佳乃が一緒のテーブルについても噛みつくこともないくらいに意気消沈している。


「お待たせしました。とりあえず一通り買い漁って来たんで適当にどうぞ。…お前らもいい加減しゃきっとしろよ」


「…うるせー…大角にはわかんねーよ…」


「…死にたい…。いっそ一思いに殺して…」


完全にいつもの元気を失っている2人だが、特に圭奈のダメージは深刻で、とんでもないトラウマが刻まれているんじゃないか?


「佳乃さん、完全にやりすぎじゃないですか」


「うーん…、私もそう思うけど、あの時はとにかく頭に血が上ってやったからねぇ。後悔はしてないけど反省はしているわ」


もしゃもしゃと焼きそばを食べながら言う佳乃の様子は、とても反省しているようには見えない。


「ほれ、お前らも食べろよ。早くしないと冷めちまうだろ」


未だ目が死んでいる2人の前に出店で買ってきた食べ物を押し出す。


「…うるせー…大角にはわかんねーよ…」


「…死にたい…。いっそ一思いに殺して…」


ダメだこりゃ。完全に心が折れている。

差し出した食べ物も視界には入っているのだろうが、まったく気にも留めず先程と全く同じ言葉を繰り返す2人に、一体何を言われたのか気になり、佳乃に尋ねてみる。


「2人をここまで再起不能にするなんて…。佳乃さん、一体何言ったんですか」


「あら、聞きたい?実はね『ダメーー!!』…だそうよ?」


口を開きかけた佳乃に割り込むようにしてハナと圭奈が大声で制止してきた。

よっぽど聞かれたくないのか、先ほどまでの死んだような目から今はギラギラとした血走った目に変わっており、口を開くのを許さんといった様子だ。

そんな2人の気迫に晒されて尚佳乃は微笑みながら食事を再開するあたり相当胆が据わっている。


結局荒療治ではあったが立ち直った2人は俺が勝って来た食事を食べ始め、午後からの競技へ備えることになった。

終ぞ佳乃が何を言ったのか分からずじまいだったが、このことを2人の前で追及するのは俺の命の危険がありそうなので、いつかどこかの機会で聞きたいものだ。


間もなく妖し乃運動会のメインイベント、騎馬戦が開始される。

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