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 キルリアの病室を出たウルドは、中庭にやってきた。宮中には大小様々な庭があるが、ここは医療区に程近い、静かな森のような庭だった。その中央には小さな池があり、その池には色鮮やかな魚が悠然と泳いでいた。

 ウルドは、そんな池の淵に腰掛けた。ここは以前からウルドがよく知る場所で、教師に怒られた時などは、一人になりたくてよく来たものだった。

 池で泳ぐ魚を見ながら、ウルドは改めて考える。ルークの言ったことは最もだった。彼女が敵国に通じていたならば、それは国に対する重大な裏切りだ。しかも、彼女はウルドと同じ、仮にもライトリアである。もし、敵国に通じ、情報や動向を流していたならば、厳罰は免れない。

 しかし、ウルドは彼女をよく知っていた。この五年、ほとんどの時間をともに過ごしてきた。同じ班で、地方に行ったりもした。時には、訓練で手合せし、彼女の能力の高さに舌を巻いた事もある。

 どんなときにも、彼女は真剣に、真っ直ぐだった。同い年とは思えないほど、聡明な彼女。そんな彼女が、闇に属するなんてことはないはずだ。

 それが、偏見だとしても、ウルドはそう信じていた。

現に、魔王の城で、自分の身も顧みず、彼女はウルドを助けてくれた。魔王の使いと共に学院を去ってから、彼女は変わってしまったのかと悩んでいたウルドは、あの時、魔王からウルドを守ろうとしたキルリアを見て確信したのだ。キルリアは闇に染まったわけではないと。

 その時のことを思い出したウルドは、あることに気が付いた。あの時、確かにキルリアは『ウルド』と呼んでいたのだ。聞き間違えではないはずだった。キルリアが『ウィルダム』ではなく、『ウルド』と呼んだということは、ウルドの正体を知っていたということになる。どこでそれを知ったのか。

 ずっと、彼女が目を覚ましたら聞いてみようと思っていたのだが、先程の彼女の様子に驚いて忘れていた。しかし、今更病室に戻るのは気が引ける。今の彼女は動ける体ではない。また、機会があるはずだ。

 そう思い、ゆっくりと立ち上がったウルドは、ふと昔の事を思い出した。それは、学院に入ったばかりの頃。ウルドは自分と同じく最年少で入学した彼女に興味があった。しかし、なかなか彼女との接点がなかった。そんな中で、最初に会話したのは、夜中の学院だった。

 慣れない環境で、どうしても眠れなくて、夜中にベッドを抜け出したウルドは、同じように出歩いていた彼女に出会った。当時の彼女は、表情も言葉も乏しくて、何かに怯えるように、ずっと緊張しているようだった。初めて会ったあの時も、闇を怖がり、目を閉じ眠るのを恐れていた。

 あの頃の彼女が、闇の国から逃げてきたばかりだと考えれば、それも頷ける。あの少女が、この国を、ウルドたちを騙していたとは、ウルドには思えなかった。

 ただ、兄や父に対して上手く弁護できるかと言えば、ウルドには出来ない。結局、ウルドには、成り行きを見守るしか無いのだ。

 だが、もし、闇の魔王が彼女を再び迎えに来たら、今度こそ、彼女を守る。もう二度と、目の前で彼女を失うことが無いように。

ウルドはそう決意を新たにしたのだった。

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