第二章 罪と罪、咎人と大罪

赦しを乞う者―――その名はギルティオン

「……これらの理由により、私個人の意見としましては、我が国の威信にかけて、このような異常性の高い現象を、おいそれと見逃すわけにはまいりません」


 男は議場の中央に立ち、国の中枢を担う者達に語る。現在この国の一部で起こっている『異常性の高い現象』を。その声が議場に響いたのとほぼ同時、動揺しているのか多数の声が、ひそひそと話す声が聞こえ始めた。


 最近、この男が暮らす国『鐵薙てっていの国』では、国民の間で囁かれている『ある噂』が、こうして国の中枢に届く程の、異例の事態になっているのだ。


 住民たちが噂する内容は、便りが帰ってこない、国の東部に位置する農村群。農村群であるが故、近隣の農村同士の繋がりは非常に強く、農村で作られた物の往来は、都市部よりも活発である。


 その為、仕事を求めてその農村群の方へと行く者も、都市部から少なからずいる。10人中4人ほどと言った具合で、半分とまではいかずとも、それなりに多い方。


 問題はここからだ。その出稼ぎに出て行った、若者達からの便りが、返ってこないらしい。こちらから便りを出しても、便りが返ってくる事はなく、かといって向こうから勝手に、親の元へと便りを寄越してくる訳でもないらしいのだ。


 更に深く聞いてみれば、国が運用している『郵送機』と呼ばれる、手紙を届ける機械が、謎の紛失を始めた時期と合致していた。


「……人の消息を確かめるべきだとも考えております。国が保有している郵送機の紛失と時期的に合致するのも、まさかという一言で、軽く済ますおつもりですか?」


『それでは1つだけ聞こう。まさか貴様は人が本当に、機械もろとも消えている……と考えているのか?』


「確証は持てませんが……専門的な立場から意見させてもらうと、恐らくそうではないかと考えています」


 そこで男が言葉を切り、少しだけ躊躇するような仕草を見せた後、決心した面持ちで再び口を開いた。


「……最悪の場合を想定しますと。隣国の秘匿技術を応用して造られた、あの『武装兵機』を、試験的に使う事態にもなりかねません」


 その一言で、議場に小さく響いていた声が、怒声へと変化する。


『無責任な発言は、極力控えてもらおうか! 軍隊を動かす事ならまだしも、よもや『ギルティオン』の試験運用を、いきなり実践的な段階で行うなど言語道断だ!』


 『ギルティオン』とは……鐵薙の国が、隣国の技術を応用して造り上げた、有事の際にのみ、使われる巨大な機械の名称だ。その名には、この国の言語で『(罪に対する)赦しを乞う者』と言う意味がある。


 応用と言えば、聞こえは良いかもしれないが、実際は隣国から技術を盗んできたのだ。


 当初、隣国から技術を盗むことに反対していた男。実際に今、議場に立って噂を語っている男、『望堂もうどう たつき』がそう命名した。


 彼は生物学の知識を国に買われ、隣国で秘密裏に作られていた兵器の、更に上をいく兵器を造れと迫られた。最初は樹も、断り続けていたのだが、最終的には従わざるを得なくなる立場に立たされてしまう。


――――彼の家族が、国の人質に取られてしまったのだ。


 ある日突然、いつものように帰宅した樹の目に飛び込んできたのは、めちゃくちゃに荒らされた家の中から、家族が忽然と姿を消している光景だった。


 彼はその前日に、頻繁に訪れる、国の役人を追い返した時、去り際に彼等が言っていた言葉を思い出す。


「自分で自分の首を絞めてる事に、いい加減に気が付くべきだと思うがな……」


 家族の一人ぐらい、家の中のどこかにいないのかと、必死になって探している時、家の外から拡声器ごしに、喋る声が聞こえた。その声が言うには……国家反逆の重罪に関する容疑が、自分にかけられているらしい。もちろん、樹にはそんな事をした覚えはなかった。


 自分はただ、他国から盗んできた技術を基盤に、新たな兵器を造る事に反対していただけだ。


 ……しかし、必死の訴えも退けられ、樹は半ば強制的に、1体の巨大な機械を造り上げる。


 その機械に、名前を付けるように命令された彼は、技術を盗んでしまった隣国、そして家族に対して、罪の赦しを乞うという意味で、この機械に『ギルティオン』という名を付けた。


 樹は、自分に向けられる怒声に対して、怒りの衝動を抑え、冷静に返答する。


「ギルティオンの開発設計者は私です。それはつまり、ギルティオンの運用責任も全て、私一任であると言ったのは、何を隠そう貴方達のはずです。……私の言っている事に、何も間違いはない筈ですが……何か?」


『ぐぬぬぬ……ッ!! 勝手にしろ!!』


 その言葉を聞いた樹は、席でふんぞり返っている者達に一礼した後、その場を退いた。


 議場の扉を閉めた後、扉に背を向け後ろを振り向いた時、暗闇の中に真っ赤な双眸がある事に気が付く。


「迎えなど頼んだ覚えはないんだが……」


「自分の意志で勝手に来ただけ。どうせ議場の話が終わったら、自分の目で確かめに行くつもりだったでしょ? それなら私も付いて行きたいんだけど……別に良いわよね?」


「なんでお前は、相手が断らない前提で、自分の話を進めるんだ……」


 「そこがお前の悪い癖だ……」と言いながら、樹は呆れ果てた表情で、これ以上無いほどに長く深い溜息を吐く。今に始まった事ではないとは分かっていても、四六時中ずっと、密着取材の様に付き纏われては、精神的に堪ったものではない。


 廊下の電灯が点滅し始め、樹とその声の主を一つの電灯が照らす。


 樹の前には、日焼けでもしたかのような褐色の肌。そして、肌の色とは真逆の白衣が、とてもよく映える、赤い目の女性が立っていた。


「ギルティオンの開発が終わって、暇人なのは私も貴方もお互い様でしょ。貴方だけ暇つぶしのネタを見つけて、1人抜け駆けしようとしたって、そうはいかないわよ」


「あのな叶香……暇つぶしつったって、例の映像を見直すだけだぞ」


「え……あのグロテスクな奴を見直すの?」


 樹が叶香と呼んだ、褐色の肌を持つ女性。名を『音姫木おとめき 叶香きょうか』と樹には名乗っている。本名かどうかは不明だが、彼女と出会った時から、樹はその名前で彼女を呼んでいる。


 例の映像……それは、樹が個人的に雇った情報屋が、特別に提供してくれたビデオテープだ。樹が例の農村の噂を口にしたところ、その情報屋がビデオテープを譲ってくれたのだ。


 なんでも、その村には人がおらず、空き巣にもってこいの場所だったから、ある物全て盗ってきた……などと言っていたが、これにとんでもない物が映っていた。


「……例の噂の内容が本当だったのか。それとも俺が雇った情報屋が、ビデオテープを偽造して作った物なのか……どっちなんだろうな」


「どちらにせよ、かなり悪質ね。……前者はとてもじゃないけど、笑えない冗談ジョークだわ」


 樹は国の中枢を担う者達に、噂の内容までは話していない。確かに調査の必要性を説いたが、あれはこのビデオテープに映っている、映像の真偽を確かめる為の口実だ。


 もし彼等に、この映像の事を話したとしても、せいぜい鼻で笑われるのが関の山……と言ったところだろう。下手をすれば、鼻で笑われるどころか、相手にすらされないかもしれない。


「だが……これは俺達にとってもチャンスだ。これだけ巨大な生物がいるとすれば、ギルティオンにはうってつけの実戦相手になるかもしれないな」


「ちょ……本気で言ってるの!? まさか許可を取らずに、ギルティオンを発進させる気じゃないでしょうね!?」


「許可なんて待ってられる暇があると思うか? なんせ相手は――――だぞ? それこそ国家どころか、この世界の危機じゃないのか?」


 彼等が見た映像には、以下の内容が映っていた。


 映像の序盤には、撮影者の声が同行する村の人間と、他愛もない会話をする様子が映っていた。そして林の前を通り過ぎようとした時、その村人が怪しむ表情を見せ、ある一つの植物の前で、急に立ち止まる姿がある。


 撮影者も、急に立ち止まった村人に声をかけてから近付き、少し会話をした後、カメラがその問題の植物を映した。


 見た目は、何の変哲もない、どこにでも生えているような、ただの植物だ。しかしこの植物を怪しむ理由は『葉の厚さ』だ。村人が話している内容によると、この辺りには、ここまで葉の厚い植物は無い筈だ……と言っている。


『ここらへんで農作業してたら、嫌でもこの辺にある植物は詳しくなるもんさ。でもこんな特徴を持つ植物は、見た事も聞いた事も無いなぁ……』


 村人が撮影者と話をしているのか、顔をカメラとは少しだけ違う方向に、顔を向けて話している――――その時だ。


 村人が植物から目を離している時、撮影者と村人の前にある植物が、不自然に揺れ動いた。……二人が話し込んでいた際、風など一つとして吹いていない。


 だが二人の目の前にある植物は、ガザガザと葉が擦れるような、不気味な音を立てて、確かに動いている様が映像になっている。まるで――――撮影者と村人を


『な、なんだ……何事だ!?』


 撮影者も、その不気味な植物を前に、徐々に後ずさりをはじめる。恐怖を覚えているのか、映像のブレが激しくなりつつあった。


 恐れをなして逃げ始めたからか、そこから先はもう、色彩でしか何が起こっているのかを推察できない。


 ただ、緑色の物体――――恐らく例の植物が、植物らしからぬ不自然な動きをしている事は、何とか分かった。


 既に撮影者は、本格的に逃げているのか、撮影する対象が全く定まっていない。その時、何者かの悲鳴が聞こえ、立ち止まった撮影者が、映像をその悲鳴が聞こえた方向に向ける。


 そこには、先程まで撮影者と話していた村人が、まるで枝から枝へと移動する蛇の様に、自分へと近づいてくる植物を、何とかして追い払おうとしている姿があった。


『く、来るなぁあぁぁあ!? こっちに来るんじゃない!!』


 尻餅をついたまま後ずさりし、手近にあった鍬を植物が近寄れないよう、めちゃくちゃに振り回す。すると、鍬の先端部分が、振り回している最中、なおも近寄ってくる植物に当った。


 鍬が当たった衝撃で、植物が村人のいる方向とは別の方向を向いた。しかし、目立った外傷はなく、再び植物の先端が村人の方へと向き直る。


 植物の先端にあるのは――――分厚い一枚の葉。村人は半ば放心状態のまま、自分の眼前まで迫った葉を見つめている。


『…………』


 先程とは打って変わって、黙った村人を観察するかのように、その葉が舐める様に見回している。すると、何の前触れも無く、いきなり葉が村人の眼前から遠ざかった。


 村人が、自分は助かったと、ホッと息を吐いたその時、葉の部分から謎の液体が滴り始める。ソレに再びギョッとした村人は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


 しかもその植物から、唸り声のような奇妙な声が聞こえ始めたのだから、精神的に堪ったものではない。


 そして――――衝撃的な瞬間が映像におさめられた。


 葉がまるで、蛇の頭と口の様に、のだ。裂けた部分からは、唾液にも似た液体が止めどなく溢れている。しかし、植物の変化はそれだけではなかった。


 下顎と呼ぶべき部位が、紙をカッターで切り分けたように2つへ分かれた。その裂け目の中には、キラリと鋭く光る物体が、びっしりと生えているのが、遠目でも分かる。


「……と、まぁ。ここまで見た通り、コイツは植物でも動物でも無い訳だ」


 ここで映像を停止させた樹が、村人に向かって口らしき部位を表した所で停止している映像を凝視しながら、腕を組んで眉間に皺をつくって考え込む。


 見ての通り、見た目は植物。


 この映像を最後まで見ている樹と叶香は、既に知っている事だが、動物だろうと植物だろうと、この植物はとにかく何でも喰らうのだ。


 この事より、非常に雑食性が強い、奇妙な外見の生物である事が分かるだろう。


 樹が映像を止めたと同時に、叶香が席を立って、映像を見る前に予め作っておいた、ココアを再び温めて飲んでいる。


 飲みかけのココアと、まだ口を付けていないココアを持った叶香が、座っていた席に戻り、何食わぬ顔で飲みかけのココアを渡してきた。


「私には、ホラー映画のワンシーンにしか見えないんだけど……あ、渡すココアを間違えちゃった」


「……それは俺だって思ってるさ。正直、こんな生物がいるとは考えられない」


 これだけの捕食能力と、一回あたりの食事量から考えれば、この生物の周辺に生息する生き物は、瞬く間に死滅してしまうだろう。


 この村の周辺に動物が1匹でもいたかと、情報屋に聞く事を忘れていた樹は、1人心の中で頭を抱えていた。もし情報屋が、1匹も見かけなかったと答えていれば、この生物が実際に存在する可能性は大きくなる。


(村人が1人もいない……と言ったって、それは所詮噂だろうと、奴等は気にも留めないだろうな。何か決定的な証拠があればいいんだが……)


 そんな事を考えつつ、叶香から渡されたココアを飲みながら、再び再生ボタンの上に指を置いた……その時だった。停止している最中、画面の隅に妙な物が、少しだけ映り込んでいる事に気が付いた。


「……ん、なんだコレ? 人……だよな?」


「え? ……あらホント。よく見つけたわねこんなの」


 樹が指さしたのは、村人の目の前で、不気味な口を開く植物の遥か後方。後方へといくにつれて、画質が荒くなっているので、その者達が何をしているのかまではよく分からない。


 気になった樹が、再生ボタンを押すと、画面奥にある二つの、人のような物も同時に動き始める。何かから逃げているのか、一目散に画面隅から、画面中央の奥まで移動した。


 植物が村人を喰らい始めたと同時、画面奥にある二つの影にも変化が現れた。


「……!? おいおい、これは人の動きじゃねぇぞ。いくら軍の人間でも、こんな動きは無理だろ」


 その影は、常人には到底できないような高さの、跳躍をして見せた。画面奥にある事を考えれば……高さはおよそ3mほどと言ったところか。


 さらに奇妙な事に、跳躍した後……その2つの影が姿を消した。そしてその直後、カメラの視点がめちゃくちゃになり、地面にカメラが落ちる。落ちたカメラが映していたのは、人間や家畜、更には農作物など、ありとあらゆる食物や動物を食い荒らす、謎の植物が映っていた。


 ここから先は、録画が途切れてしまって、見る事ができなくなっている。


「……なぁ、画面の奥に映っていたアレ。お前はなんだと思う?」


「私もそれを考えてる途中よ。正直な事を言うと、こんな得体のしれない植物よりも、あの影の方が気になるわ」


 ココアを飲みながら、2人は映像の一番奥手に映っていた、妙な影について話を始める。


 形からして、恐らく人型である事は分かるが、本当に人のなりをしていたとして、あんな跳躍が可能だろうか……。もし仮に可能だとしても、それはもう、人間のなりをした別の何かだろう。


 ココアを飲み干した樹が、何も映らなくなった画面を見つめて、静かに口を開いた。


「人間離れした神業……ってのは、例えとしてよく言われるが、これは本当にって奴かも知れねぇな」

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