掠奪者の境遇 ~少女と大天使の本心~

 レイジー達が、掠奪者ブランダラプターズの調査から去った後の司令部。誰一人として生き残らず、人の気配はとっくの昔に失せている。


 その場に居付くのは、腐敗が進む欠損した死体と、それらを足で踏み荒らしながら闊歩する、様々な姿をした掠奪者達ブランダラプターズの姿しかない。


 アモンが言った通り、空腹を満たす為ならば、共喰いすら躊躇ためらわない彼等には、レイジー達が行ったあの調査内で知る事の出来なかった、彼らの本当の能力があった。


 あらゆる生物の特徴を兼ね備えた、未だかつてどんな生物にも当てはまらない特異的な進化。更にその組み合わせも、各個体によって、様々な物となっている。


 しかし、姿形がいくら違えど、彼等は掠奪者ブランダラプターだ。彼等は喰った生物のDNAを、自分の体細胞と合体させて、その生物の特徴を得ている。しかし……この方法を悪用する個体が現れた。


――――共喰いをして、掠奪者のDNAと取り込んだ生物のDNAを奪ったのだ。


 これほど効率的な行為はないだろう。自分は一度に多数の生物のDNAを摂取できるうえに、同族のDNAを取り込む事で、更に自身の体が大きくなる事に気付いてしまったのだから。


 繰り返される捕食と共喰いの中で、もう一つ思い至った事があった。――――知性だ。彼等は色んな生物を捕食し、共喰いを通じてそれを奪い合った。だが、どれだけ共喰いを繰り返そうと、捕食して他の生物のDNAを取り込もうと、『知性』だけは得られなかったのだ。


 知性があれば、生存競争にも優位に立てる。そう考えた掠奪者達は、こぞって知性を求めた。


 そんな時、掠奪者達ブランダラプターズは、ある物に目を付ける。それは――――異次元からやって来た二足歩行の生物だった。


 空間に大きな穴をあけて、こちらへとやって来たその生き物は、今まで喰ってきたどの生物よりも味が悪いものの、自分達が、本能的に求めている知性を有している事が、低俗な掠奪者の目で見ても分かった。


 何もかもを欲しがった彼等は、決してその生物達の前に姿を見せず、静かにその時を待った。そうしている間に数は徐々に増え続け、ある一定値を超えた時点で、彼等は堰を切った様に、ある日突然、その知性を有する生物の全てを奪ったのだ。


 ……しかし、その生物を喰い殺せど喰い殺せど、何一つとして知性らしき物は生まれない。むしろ、静かにその生物を喰い殺す事だけを考えて、共喰いを我慢していた反動で、前にもまして生存競争が激化してしまっていた。


 その事実に、掠奪者達ブランダラプターズは困惑する。


 酷い事例になると、母体の体から分裂して生まれた個体が、自分を生んだ母体を喰い殺す事もざらにあった。こうなってしまっては最早――――誰にも止められない。


 レイジーやカエデ達は、合計で三種類の掠奪者達を、自分達の肉眼で確認している。しかし掠奪者は、同族や他の生物との争いによって、個体数を増やす化物だ。


 掠奪者達ブランダラプターズの種類は無限大に存在し、個体数はもっと幅広く存在する。……それでも、完全無欠の最強生物など、絶対に存在しない。


 略奪者達は、同族殺しや他の生物の捕食を繰り返していたが為に、いつの間にか生物が持つ毒に対して、極端に弱くなっていた。


 普通の生物は、肝臓内部に多数の毒を打ち消す為の、様々な免疫を作る機能を持っている。しかし掠奪者達ブランダラプターズは、それらの免疫を作る機能の全てを、特異的な進化の果てに、失ってしまっていたのだ。


 掠奪者達の体内には、毒に対する免疫機能どころか、肝臓自体が委縮して、肝臓本来の機能を失っており、その代わりの臓器が生成されていた。


 つまり、掠奪者の体内にある大まかな臓器は、心臓と血管の循環器。そして消化系の臓器と、脳をはじめとする神経系の器官。そして最後に、肝臓に取って代わった臓器のみという事だ。


 ……しかし、特異的な進化を遂げる生物にも、ごく一部の例外が存在した。


 さらなる進化を繰り返すうちに、毒への耐性を持つ者が現れた。猛毒を持つ生物を、自身の体に取り込んだ結果、猛毒に対する免疫を獲得するに至ったのだ。



「な、なんだこりゃ……!? なんで掠奪者アイツらの情報が、こんな所にあるんだよ……!?」


 その場所は司令部の資料室。ここで一人の男が、紫色の血に塗れた手で、資料を漁っていた。蒼い髪の青年は、驚きに満ちた表情で、その資料を食い入るように見ている。その紙面には、掠奪者の体内図と各臓器の解剖結果が、事細かく明確に記されている。


 するとその蒼い髪の青年がいる資料室の中に、淡い紅の髪を持つ少女が駆け込んできた。


 その後に続いて、碧色の髪と眼鏡をかけた青年、そして竜胆色の髪をした小さい少女も、慌てた様子で立て続けに押し入ってくる。彼女達は、蒼い髪の青年とは違った事が原因で驚いているようだ。


「早く逃げましょう! ここは掠奪者だらけですよ!? 資料なんて見ている暇もないですよ!!」


「いやちょっと待て……なら、いつでもできるんだよ。だからあともう少しd……」


「そんな事をやってる暇は無いって、さっき言ったばかりじゃないの!」


 なんと蒼い髪の青年は、仲間が切羽詰まった口調で話している最中に、自分の隣にあったコピー機に手をかけて、自分の手に持っていた資料を印刷し始めた。それを目にした、淡い紅の髪をした少女が、彼の後頭部を引っ叩く。


 余りにも力が強かったのか、蒼い髪の男は叩かれた勢いで、額をコピー機の角にぶつけてしまう。よっぽど痛かったのか、ぶつけた額を押さえ、数秒間の間だけその場に蹲って悶絶しはじめた。


「ちょっと、何してるのよ! 早くトンズラしないと……!!」


「うっせぇ!! こうなったのはそもそもお前のせいd……」


「アンタがのんきに印刷なんか始めるからでしょ!?」


「しかたねぇだろ! これは結構大事な資料で……あん?」


 今度は無言の状態で、眼鏡をかけた青年と小さい少女が、蒼い髪の男の服の袖を同時に引っ張る。二人の顔色は、彼の蒼い髪に負けないぐらい、青ざめていた……。


 何事かと、蒼い髪の青年が振り返ると、その扉の外で、今にも壁を突き崩さんとする、掠奪者達ブランダラプターズであふれかえっているではないか。


 これには堪らず、淡い紅色の髪をもつ少女も、悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまう。蒼い髪の青年の仲間達が、これは助からないと覚悟している中、当の本人だけが、余裕綽々と言いたげな笑いを浮かべた。


 首や肩の関節を回した後、両手の指を鳴らして、仲間を軽く笑い飛ばす様な、とても軽い口調のまま、大声で叫ぶ。


「フン。この程度でギャアギャア悲鳴上げるんじゃねぇ。この俺を誰だと思ってんだ。『流浪の民 流星族』の御曹司――――『メテオ=ブルメテウス』様だぜ!」


 そう言った瞬間、メテオの目の前にあった、掠奪者達によって突き破られる寸前の壁が、跡形も無く吹き飛んだ。


 それと同時に、壁の前に群がっていた掠奪者達も、壁を突き抜けて外に放り出されたり、廊下の端まで吹き飛んだりと、実に様々な被害を被る。メテオの仲間である三人が、暫しの間、茫然としたまま、跡形もなくなった廊下に立っている、メテオを後ろ姿を見つめていた。


 三人の方向を向いたメテオは、フフンと得意げに笑って見せた後、手で付いて来いと合図してから口を開いた。


「おいおい。まだまだやる事は、腐っちまうほどいっぱいあるんだぜ? そんな所でボーっとしてるヒマがあんなら、とっとと次の仕事だ仕事! スピカ・イオ・タイニー! さっさしねぇと置いて行っちまうぜ!」


 メテオはそう言った後、自身の体を蒼い光に変えて、目にも止まらない速度で外へと飛び出した。そんな彼の後を追う様に、三色の光も目にも止まらない速度で、外へと飛び出す。


――――四色の光は、蒼く澄んだ空の彼方へと、溶け込むように消えてしまった。



「あ~、もうちょっと左……違う、行き過ぎよ。……そこそこ、その辺りの塗装をお願いするわね」


 大体の動きは、作戦に従って決めた。作戦指揮などはレイジーに一任したカエデは、必要最小限の人物を連れて、デウスクエスの修復に赴く。


 彼女が神園にやってきた時、デウスクエスが撃墜されてしまった為、オーバーヒートを起こしたブースターなどの修復を行っていた。修復班として起用されたのは、ガブリエルを中心とした熾天使四人と、クラマにスサノオ、そしてツクヨミだ。


 クラマ達三人は、デウスクエスを撃墜してしまった張本人である為、有無を言わさず手伝わされる羽目になってしまう。しかし熾天使達の中で、デウスクエスを修理したいと言い出したのは、ガブリエルではなくラファエルであった。


 カエデはツクヨミの力を借りて、空中で作業をしている。作業を始めた最初は、「落ちる!! 落ちるって!?」などと大声で騒いでいたが、宙を舞う感覚にも慣れ、今は真剣にデウスクエスの修理に当っている。


 ほかのメンバーは、自力で空を飛んているが、スサノオだけは、クラマの背中に乗って、修復作業を手伝っている。


 カエデは修復の手を休める事無く、自分の隣で作業しているウリエルに話しかけた。


「アンタ達に手伝わせちゃって、なんか悪いわね。本当なら自分の機体ぐらいは、自分で整備しなきゃいけないのに……」


「良いんですよカエデさん。紙園に来てから、天使らしい事や人の手助けをした事も、全くありませんでしたし……。ってこんな事言ってる私達、天使らしくありませんよね……」


 そう言って、少し自嘲気味に笑ったウリエルを見て、カエデは塗装を塗りながら、徐に口を開いた。


「……ウリエルって言ったっけ? アンタ、私と似てるわね」


「えっ……?」


 ウリエルは、呆気にとられたような表情をこちらに向けて、塗装を塗る手を止める。カエデは、そんなウリエルの反応が面白かったのか、クスクスと小さく笑ってから口を開いた。


「――――熾天使なかまレイジーアイツ。どっちをとるか迷ってるんじゃないの?」


「ッ!? そ、そんな事は……」


 返答に詰まるウリエルを見て、(競争相手も多いのねぇ……どれだけの女をたぶらかしてんだか……)と、カエデは胸中でレイジーに対して毒づきながらも、再び口を開いた。


「そう言うところが、私とそっくりだって言ってるのよ。クレイアイツに対して、人として付き合うのか……。それとも軍人として、クレイアイツ相棒パートナーとして付き合うのか。それを決めかねていた時期が……私にもあったからね」


 「……まぁ、今となっては未練の欠片もないけどね」と言って、カエデは明るく笑い飛ばす。その姿を見たウリエルは、何とも言えない心境になった。


「……運命という物なのでしょうか。私には、貴女とご主人が、不思議な力に引き合わされたような気がしてならないのですが……」


「そういうのを……私達人間は『腐れ縁』って言うのよ」


 「そんな縁で結ばれた覚えなんて、私にはこれっぽっちも無いけどね」と半分呆れたような口調で、ため息混じりに呟いた。

 終わった関係だと思っていた本人からすれば、まだ心の整理も追いついていない筈だ。そんな彼女の横顔を見て、ウリエルもソッと呟いた。


「……本当に貴女は強い人ですね。普通なら訳が分からなくなっても、何らおかしくない筈なのに」


「強いんじゃないと思うわ。ただ……私は『あの時の約束』を守る為、必死になってるだけだと思う」


――――『クレイアイツの隣、相棒は私しかいない』っていう、自分が言い出した約束を守る為に。


 そういう彼女の横顔は、『形も姿も無い何か』に、追い立てられているように感じられた。しかし、それを察したところで、ウリエルには何もできない。


 しかし、その時ウリエルは、ふと気が付いた。この紙園内に――――問題をという事に。


「ご主人は叡智の紙園この場所を、『自分とは何かを考える場所』と言っていたんです。ご主人が貴女を拒まなかったのは、ひょっとして……」


「そう言う冗談は、神様に結末を聞いてから口にしなさい。天使は根も葉もない事を軽率に口走らないんじゃないの?」


「イタッ……」


 咄嗟に動いた片手で、素早く刷毛ハケを持ち替えたカエデは、その柄でウリエルの頭を軽く小突いた。小突かれたウリエルは、カエデの正論に返答を返せずに口ごもる。


「それは……まぁ、そうですけど……。でも、もしそれが本当だったら……!!」


「……さぁね。私は根拠もない事を信じない事にしてるの。クレイアイツがどう思っていようが、私には関係ないわよ」


 塗装が終わったカエデは、ウリエルに向かってそう言い残した後、別の場所へと移動するように、ツクヨミへ合図を送る。そんなカエデの姿を見て、ウリエルは諦めと呆れが混じった溜息を零した。


「やっぱり貴女は……本当に強い人です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る