第5話 僕等はいつも求めている

 学級会なるものは苦痛だ。

 突然なにをと思う奴もいるかもしれないが聞いてほしい。

 たとえばその日の議題がクラスメイトでグループを作れというものだとする。

 しかもそのグループ作りは交流を深めるために高校生活二年目の始まりとして行うことになる。

「どうしてこうなった……」

 朝舞高校二年C組、その教室の中で俺は嘆いていた。

 廊下側の窓際の席を割り当てられた俺も最初はそれだけで喜んでいられたが今はそんなこっちゃない。

黒板にはデカデカとオリエンテーションと書かれていた。

「クラス替えをしてしばらく経ったけどオリエンテーションを行うことになりましたー」

 この二年C組の担任教師、相良萌さがらもえ先生は手順をおって説明に入る。

 三十路前半とは思えない愛らしさから生徒達からは萌ちゃん先生と好評だ。

 本当あの人三十代なのか?私服で歩いていても十代くらいにしか見えないんだが。

「はいはーい!萌ちゃんせんせーオリエンテーションって萌ちゃんせんせーとも回れたりするんスかー?」

 果てしなくうぜぇ。

 ザ・目立ちたがり男の正木龍樹まさきたつきが冗談か本気か判断し兼ねる一声により一層教室内が騒がしくなる。

 絶対アイツ萌ちゃん先生狙ってんな今からポイント稼ぎかよ。

「もうっ正木君!先生はあくまで皆を指導する立場なんだよ?」

「すいませーん!萌ちゃんがあまりにも可愛くって。先約なかったらオレが第一立候補しようかと思っちゃったり?」

 あーやべ、殺意沸くレベルだわ。

 ナチュラルに担任口説いてんじゃねぇっつの、いや萌ちゃん先生は確かに可愛いですけどマジリスペクト!

 あ、いや話を戻そう。ああいうクラス全体に狙ってますアピールして威嚇射撃するような奴は友達出来ねーな絶対、うん。

「やめろよ正木。相良先生に迷惑だろう」

「うへぇ、ミコト君そんなこと言わないでさー許してよオレ本気も本気よ?」

「俺じゃなく相良先生に謝るべきじゃないか?」

「あー、ごめんねー萌ちゃんこの通りっ」

 ごめんなさいのポーズを取る正木は正直ふざけているようにしか見えないが周りもいつものやりとりだと気にはならなかったみたいだ。

 一方、正木に注意を促した福山尊ふくやまみことの存在が俺には気掛かりだった。

 理由はなんてことない、福山は入学早々女子から注目の的のイケメンで誰彼構わず優しく話し掛けられる正に理想の男子。

 俗に言うリア充とかいうやつだ。

それなら俺だってリア充だ。なんたって俺にはゲームっていう充実の象徴があるからな、画面の向こう側の女子の攻略に忙しい身だ。決して羨ましいなんて思わない、ずぇーったい!思ってないんだからねッホントだぞっ!

「分かってくれればいいよ?私も皆と楽しい思い出作りしたいしね」

「さっすがー萌ちゃんマジ惚れるわ!」

 やっぱり最先端を行くリア充様は違う。

 あんなオープンに告白とかある種メンタルが強くないとやってられないだろう。

 横から口を挟んだ福山もそうだ。

 本人がどういう思惑で言ったか知らないが大体の連中は口を挟まないか茶化すかの二択、稀にいるのがグループの中心で周りを先導する奴。

 俺は勿論口を挟まない。

 クラス内での居場所も曖昧な俺は精々教室の隅でぼーっとしてるのがお似合いだ。

「じゃあ早速オリエンテーションのグループ作ろっか!」

 萌ちゃん、出来れば俺はあのリア充共とは交わりたくないんだが。

 ある程度距離感を守った上で友達作りをしたい。

人にはその人に合ったやり方っていうのがあるんだ。皆が皆同じように仲良くなれるわけじゃないソースは俺。

 仮に俺がコミュ力の塊だったら大手を振ってあの上位カースト共の中に特攻していただろう。だが俺にそんな度胸もなければメンタルもない、精々小心者だほっとけ。

「あー……くそ世界なんて滅べばいいのに」

「ぴゃぃ!?」

 なんだ今の可愛い悲鳴。

 つい聞こえた声を探してキョロキョロと周りを見回す。

 すると教科書で顔を隠そうとしているが隠しきれてない俺の方をちらちらと見る人物が約一名。

 俺の席からちょうど斜め一つ分離れた席に座っていたのは目に涙を溜めて今にも泣いてやるぞと言わんばかりな顔をした子犬系美少女。

「はわわっ」

 なんか慌ててる。

 あ、机に頭ぶつけた。

 ただ今は皆班決めに夢中になっているからかそのドジっ子ぶりに気付く奴はいないみたいだ。

 でも今更教科書で顔隠してもバッチリ俺が目撃してるんだから意味ないというか。

 俺が直接手を下したわけじゃないのに罪悪感をひしひしと感じるんだが、こんなのおかしい間違ってる。

「酷いですっ」

 やけに鮮明に聞こえた。

 目が合ったから気のせいではないだろうが多分彼女は俺に向かって言ったんだろう。

 直接何かしたわけではないが、間違いなく彼女は自分の失態を擦り付ける気だ主に俺に。

「……ありえねぇんですけど」

 彼女との接点はゼロだがどうやら逃がしてもらえないらしい。なんだか最近似たような経験をしたから断言できる。

 その子はくりっとした丸い目をこれでもかという程見開くと手を上げ席を立った。

「すすすすみません先生!私二日君と組んでもいいですかっ?」

「え?」

「ハイ?」

 ちょっ、この子何言ってるか分かんない!

 萌先生もぽかーんってしちゃってるじゃないか。

 大体意味分からないから俺君の名前も知らないし第一友達でもなんでもないしね!

 萌先生も流石にこれはおかしいと言うだろう。

 教室が静寂に満ちる。

「二人とも仲良しなんだね!うん、グループはやっぱりそうでなくちゃ」

「ちょっ」

「おーすげくね?ミコト君、二日君ってば女子から指名だぜ男冥利に尽きるよねぇうらやま!!」

「そんなことを言ってるのは正木だけだよきっと」

 待てというに!

 さらっと正木は二日君とか呼びやがるし寒気がっ寒気があああああ!!!

 見事に静止の声を遮ってくれたリア充共は和気あいあいと俺を話のネタに使いやがった。

 あれか、上位カーストともなると下位の連中の意見は聞きませんってか?それおかしくない?俺にだって人権ってもんがあるんだぞ目に物見せてやろうか。

「ちょい先生いいですか」

 大して親しくないクラスメイトなんていないのと同じだと思えば行動は早かったかもしれない。

 教室内の視線が俺一点に集中したのにはかなりびびったし喉が乾いて言葉が詰まりそうになったが一言断言してやる。

「俺にも人権はあるんでとりあえず保留にさせてくださいませんかね」

 大真面目に回答したはずなのだがクラス中からくすくすと笑い声やら噂話なんかが聞こえてくる。

 中にはやっぱり二日も男の子だよねー、だとか女子から声かけられたら断れないだろとか話は様々だ。

「……ありがとう二日君」

「べつにお前のためじゃないし」

 名前も知らないドジっ娘を救ったわけじゃない、大勢の前に立たされてほんのちょっと萎縮して断りきれなかっただけだ。

 晒し者にされたおかげで頭も冷静になった。

 さて、一対一になればこっちのもんだ。




◇◇◇



 苦痛極まりない学級会はなぜか変な方向へと回り始めた。

 知らない女子に指名されてサシでの話し合いになれば流石に相手も引くだろうと読んでいたのに――

「わ、私っ那倉なくらちよりです!ごめんなさいっ」

「やめてくれ何もしてないのに罪悪感で押しつぶされそうになる自己紹介すんの胃が痛くなるわ」

「ごごごごめんなさいっ!」

「だからやめれ視線が俺等に集中しちゃうだろ死んじゃうから」

「え!?二日君死んじゃうのっ?駄目だよまだ生きててもらわないと!私のペア二日君しかいないんだよ!?」

「なぁ頼むよなんで自分のことしか考えられないの?俺の意見も聞けよ君頭おかしいの?」

 那倉ちよりは学級会でオリエンテーションの班決めで自由に席を移動しても良いのをいいことに急接近してきた。

 いくら皆友達同士で仲良くグループ作りをしている最中とはいえ一時でも目立ってしまった人間が影を薄く出来る方法を俺は知らない。

 極力目立たないようにじっとしていたのに全部台無しだ。

「頭は普通だから私と話をしてよお願いだからっ!」

「嫌味のつもりが逆効果か」

 物理的に無理となると会話しかない。

 一息つきたい気持ちを抑えなぜグループに俺という微妙な位置付けの生徒を選んだのか理由を問う。

「なんていうか……二日君なら協力してくれそうだったし」

「そりゃあ買い被りすぎじゃねぇの」

「そ、そんなことないよ?」

「俺は友達のために何かしてやろうなんて大層な心掛け持った人間じゃないんでね」

 いつでもどこでも自分優先。

 孤立している奴はいつだって己のことで精一杯。

 周りを見回している暇なんてない。

 他人に声掛けたり気に掛けたりできるのは余裕のある人間、もしくはよっぽどのお節介野郎。

「ということで俺余裕ないからお断りさせてもらいたいんだわ」

「わ、私が気に触るような言い方したから、なのかな?」

「いいや、俺の気持ちの問題だ」

 誰が悪いとかじゃない。

 俺という、二日流自身がそれを許せない。

 何もきっかけらしいきっかけを作っていないのに一方的に感謝されているのが納得いかない。

 要するに実感がないから受け入れがたいのだ。

 視線をちらちらとこちらに向けつつ那倉は期待と不安をないまぜにした表情で固まっていた。

「小心者で臆病者な小物にそんなデカイ目的は達成できねーよ」

「けど二日君のそれって出来ないって決めつけてるだけじゃないかな?」

 なにを――

 いざという時意見を言えない人が小心者だというなら二日君はそれには当て嵌まっていないと彼女は言う。

 全く言葉に出来ていないわけではないのだから、それが些か屈折した回答になっていようとも。

「それはないな」

「でも二日君みたいなタイプの人って嫌なら嫌って言うんじゃないかなー…なんて」

 那倉は自信なさげに笑う。

 確かに彼女の言うことは的を射ていた。

 俺はこんな出来損ないだが関わりたくない場合極力近づかず離れた場所から聞き耳を立てて見守るかあからさまに嫌な顔をしてその場を凌いできた。

「実はお前って意外と俺のこと見てる?」

「えっ?いや、そそそんなことないよ!?確かにいつも一人でぼーっとしてるなぁとかスマホ覗いてる時ほわほわしてるなぁとか思ったりなんかしてるけどっ」

「おぉ、あからさま過ぎる反応ありがとさん」

「いえいえこちらこそ!!」

 なんだこれ。

 もう一回言うがなんだこれ。

 俺達なんの話をしてたんだっけ?ほんのちょっとクラスメイトのしかもに目をかけて貰えたからと舞い上がっちゃいないぞ。

 口元がにやけがそうになるが落ち着けー大丈夫お前は普段通りの冴えない顔のままだぞー。

「あれぇなんだろ悲しくなってきたぞ?」

「ど、どうしたの二日君っ?!」

 本気で心配してくれているのかこっちの気もお構いなしに那倉は顔を覗き込んできた。

 女の子って生き物に耐性を持たない男ってのは大半がキョドって虚勢を張った挙句女の甘い誘惑に踊らされるって相場が決まっている。

 俺は嫌な予感を感じ飛び退くと手を前に出し待ったをかけた。

「いや気にしないでくれ顔面偏差値が低いのを再確認しただけだ」

 自分で自分の首を締めるとか情けなくて笑える。

 俺はほぼ自滅する形で心に甚大なダメージを受けていた。

 傷は深いがそれよりも今は彼女との問題を解決するのが先だろう。

「えっと、わわわ私、人のことを顔で判断したりなんかしないよ?」

 しゃべるの自体慣れてない気弱な子犬系美少女が必死に言葉を繋ごうとしている。

 どうしてそこまでしてこの女の子は頑張るんだろうか。出来ないならさっさと諦めてしまえばいいのに、その方がずっと楽で利口な判断だ。

 虚栄を張って強がったところで虚しいだけだ。

 無駄を踏むのは嫌だろう?馬鹿馬鹿しいだろう?だったら余計な手間をかける必要もなく。

「だ、だって二日君はそのっ、今こうして私とちゃんと話してくれてるし……だから、改めて言わせてください」

 彼女の大きく零れ落ちそうな瞳と俺の視線が交わる。

 この場から逃げ出したい衝動に駆られたが那倉の纏う空気に当てられたせいで動くことを余儀なくされた。

「私と一緒にグループを組んでくれませんか?」

 そう口にした那倉はそっと俺の手を握った。

 女の子特有の柔らかい手に触れて脳内は爆発寸前だった。

 可愛い美少女に声かけられただけでも発狂ものなのにそんな手まで握られちゃったらそんなん勘違いしちゃうでしょうよ。

 理性を保てよお前なんかに一介の女子がお近づきになりたいなんて思うわけがないだろうと思う反面、女子がグループ組んでくれるって言ってるんだからそのまま流れに乗っちゃえよと思ったりなんかしちゃってる本能との板挟み状態に頭がクラクラする。

 何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

 だが那倉ちよりの言葉よりも男子にボディタッチするという行為は俺の人生において一度として踏み込んだことのない未知の領域だ。

 女子が男子に興味を持つなら跪かせて飼殺しにしてやろうとか物騒なことを考えるに違いない。

 実際俺は中学の時気になってた女の子に飼殺しにされたよ、ものの見事にパシらされて都合が悪くなったらポイされたよ。

「俺の日常生活一式の面倒見てくれるならいいぜ」

 それを時に人はロマンと言う。

 可愛らしい女の子に生活管理されるなんて最っ高じゃないか。

 だからこそ絶対女子の引くであろう魔法の言葉を伝えた。

 これで彼女は俺に近づこうとも思わないだろう。多分「キメェ奴が私に話しかけてんじゃねーよバーカ、バーカ」くらいに思うに違いない。

 さぁ早く言ってみろよ心の準備はとっくの昔にできあがってんぞ。

 期待を膨らませ無表情を装って那倉の返事を待つ。

「わかったよ。それで二日君の気が済むなら私が生活の一切合財の面倒を見ます」

「なんだと?!」

頬を赤くしてモジモジしている姿はなんだろうか非常に征服欲を掻き立てられた。

 か弱い女の子に勝てるものなどこの世のどこにある?否、そんなものは存在しなかった!

 今、俺が、実際に、この身を持って体現している。

 あれれぇ?どこで間違ったのかな?かな?

「君自分が何言っちゃったか理解してる?」

「友達になるにはまず相手の要求を呑まないと、ですよね……?」

 馬鹿か馬鹿なんだな馬鹿なんですね!!

駄目だこの子頭の中ゆるゆるだ早く何とかしないと。

 クラスメイトとはいえ名前もさっき知ったばかりの俺だが那倉ちよりをこのまま野に放っておくのは危険すぎる。

 彼女の一言を聞いた男子生徒諸君が女の子という生き物に勘違いをしてもらっては困るからだ。

 なぜかって?そんなもん俺がクラス内での地位を確立できないからに決まってるだろうが。

「違うわ。お前の中の友達の定義自体がトチ狂ってんだよ」

「ど、どの辺がです、か?」

「どこが?んなモン最前提からだ。どこに友達になるために態々相手の要求飲み込む馬鹿がいる?」

 こうなったら順をおって説明してやろう。 

 特にこのドジ犬には一から教え込まないと。

 自分がどれほど愚かなことを口にして世の男子に淡い希望を与えているかをその身に嫌ってほど理解させてやる。

 コクコクと素直に頷くところを見る限り聞く姿勢があるのは良いが逃がしてはやらん。

「いいか?友達ってのは共通の話題を共有したりできるもんだ。だがお前のそれは友達を理由にしっぽふって気にいられようとしてるだけの駄犬だぞ」

 自分で言っているが俺にそれらしいお友達は未だできた試しがない。

 そういう定義があると仮定して俺はさも実体験してきたかのように那倉に話を進める。

「つまり、」

「お前はグループ作りと称して俺の言うことなんでも聞いてやるって言ってるのと同義なんだよ」

「で、でもですねっ私はただ!!」

「でももクソもねぇよ。それは言い訳にしかならねぇぞ?」

 俯く那倉の表情は見えないがこれで全て上手く収まるところに収まるだろう。

 女子と久々に長い時間会話したからか饒舌になってしまった気がするが普段から大人しい俺はいつもの目立たない窓際の席でふて寝させてもらうとしよう。

「じゃあ私の意思で貴方の側にいたいというなら認めてくれますか?」

 顔を上げ決意した那倉ちよりは先程までの不安と怯えの混じった目をしていなかった。

 自信に満ち溢れた顔で笑う那倉に一瞬目を疑ったがなにも言い訳らしい言い訳が思いつかなかった俺は頭を掻きむしり――

「おいおい認めてほしいとかお前俺のこと好きなの?」

「好きですよ?」

 おうふ。

 それを理解しているのかいないのか告げた那倉はなんというかなんというか数時間も過ごしていない俺にも精神的に図太く成長したように感じた。

 女の子は早熟って聞くが確かにその噂は間違ってないと断言できた。

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