第03話 盾と女神の邂逅1

 日本で最初に異変が確認された0810より、約18時間前になる前日の1400。

 場所は島根県にある、海上自衛隊浜田地方総監部。

 東正門ゲートを抜け、正面にある地方総監部の建屋右側に大型艦の、建屋裏側に東側から西に向かって中小型艦艇、曳船と小型艇等の順で繋留ができるさん橋が複数設けられている。

 そして大型艦艇のさん橋には、海上自衛隊が保有する艦艇の中で最大の護衛艦である『いずも型ヘリコプター搭載護衛艦』が存在感を放っている。

 『いずも型』は、基準排水量19,500t、全長248m、速力約30ノット(55.56km/h)、艦載機として主に対潜哨戒ヘリSH-60J・SH-60K、掃海輸送ヘリMCH-101といったヘリコプターを最大で14機搭載出来る。

 繋留されているのは、『いずも型』4番艦・艦番号ハルナンバー186を付された、艦種DDH『とさ』。

 みぎ舷の中程に格納庫への搬入口があり、車両もそのまま入れるようにスロープが設置されている。

 その陸側には、暗い緑色に塗装された車両が10台だろうか?列を作っている。

 この暗い緑色はオリーブドラブ色、通称“ODオーディー色”と呼ばれる、陸上自衛隊では極普通に見られる色である。

 なぜ、ここに陸上自衛隊の車両があるのかと言えば、北海道大演習場への移動のためである。

 なお今回は、陸上自衛隊最大の『共同転地演習』のような大規模なものではなく、浜田基地から出発する部隊だけである。

 そして今回の構成は、陸上自衛隊の移動手段として

 旗艦『DDH186 とさ』

 おおすみ型輸送艦『LST4004 いわしろ』

 随伴に、あたご型護衛艦『DDG179 いわみ』

 あきづき型護衛艦『DD116 てるづき』

 むらさめ型護衛艦『DD103 ゆうだち』

という構成になっている。

 海上自衛隊側としても陸自の輸送訓練と、DDH・LSTの護衛訓練を兼ねているため、昨年陸自側から打診を受けた時、二つ返事だったという。

 ここで、『とさ』の艦尾側に目を向けると、輸送艦『いわしろ』が繋留されていて、『とさ』と同様に30台ほどの車両が列をなし、1台ずつさん橋上で陸自隊員の、スロープの先からは海自隊員の誘導で、車両が次々に艦内に入っていく。

 そんな中、一人の女性自衛官が建物側に走っていくのが見える。

 人影の少ないところに来ると、スマートフォンを取り出しどこかに電話をかけている。

 「もしもし?いきなりごめんなさい。今休憩中?電話大丈夫?メール見たんだけど、本当なの?」

 相手の声を聞いて2、3度頷く女性自衛官。

 「そう・・・うん・・・決定なんだ?・・・・・・えっと、今?陸自さんの車両、積み込み中。・・・大丈夫だよ!船務長に許可取ってあるから・・・えっ!?・・・ちょっと!私が言ったって思われるから、それ絶対に船務長に言わないでよ!」

 相手の話の内容に声を荒らげる女性自衛官。はっとした顔をすると辺りを見回す。幸い誰にも聞かれていないようだ。

 「じゃなきゃ、絶交だからね!って4月から出来なくなるのか・・・・・・あ、会わせろって、何で知ってるの?・・・副長!?なんで副長が・・・って副長にパワハラしてないでしょうね?・・・本当に?あんまりそんな事されると私の立場が・・・それに、あの人は・・・違うわよ!と、友達よ!」

 心配そうな顔で、『いわしろ』の艦橋を見たあと、視線を地面に落とす女性自衛官。

 「と、とにかくその話は・・・そっちが今ここに来れば会える?なんで?・・・えっ?何それ?・・・あの人来てるの!?・・・きっ聞いてないわよ!そんな話!・・・『今言った』って、ふざけないでよ!もう切る!」

 スマートフォンを耳からはなすと、終話のアイコンを連打して通話を打ち切った。

 「全く!お父さんは!それにあの人もあの人よ!なんで教えてくれないの!」

 踵を返した女性自衛官は『いわしろ』に向かって走り始める。

 そして艦内に入ると、船務長に礼を告げた後、艦橋に走って向かった。

 女性自衛官は艦橋に入る直前、荒くなった息を整え、大きく深呼吸をしてから入っていく。

 艦長と副長が何か話している。艦長が笑っているのを見る限り、どうやら雑談をしてるようであるが、女性自衛官が入ってくるのを見やると、二人ともそちらを向く。

 「お話中失礼します」と挙手敬礼する女性自衛官。

 答礼する艦長と副長。

 「副長、今、大丈夫でしょうか?お忙しければ、後でもかまわないのですが。」

 副長に向き直る女性自衛官の表情がやや暗い。

 「どうした、長浦?何かトラブルでも起きたか?」

 長浦と呼ばれた女性は一度口を軽く開くが、いったん閉じる。

 そして意を決したのか、作業帽をとり、改めて不動の姿勢になると頭を下げた。

 「副長、申し訳ありませんでした!」

 艦橋に響く長浦の声。驚いた顔をする艦長と副長。さらに何事かと周りにいる幹部や曹士達が、作業の手を止め長浦を見ている。

 副長には長浦が謝る理由が思い付かず、艦長と顔を見合わす。

 長浦は体を起こすと、申し訳無さそうな顔をして副長に説明を始める。

 「その・・・父が・・・あ、いえ、長浦群司令が・・・」

 言いよどむ長浦に訝しむ副長。

 「なんで長浦群司令の事で俺に謝るんだ?それに、何もされてないから、ちょっと意味がわからないんだが?」

 困惑した顔の副長。後ろにいる艦長も、呆気にとられている。

 「あの・・・副長に・・・パワハラをしたのでは・・・と思いまして・・・申し訳ありません!」

 長浦の言葉に周りがざわつき始める。

 「いやいや、長浦?落ち着け!群司令とは話はしたが、パワハラなんて受けてないぞ!?何の話だ?全く見えないんだが?」

 副長は長浦の言葉に狼狽える。なにしろ本当に何のことで長浦の父である群司令から、パワハラを受けているのではないか、と言われているのか分からなかったからだ。

 「あの、副長から無理矢理に・・・私の事を聞き出していると思ったものですから。」

 長浦の目が潤み始めている。

 副長は、何かを思い出したのか、あぁと小さくつぶやく。

 「もしかして例の陸自さんの事か?あれは俺の口が滑っただけだ。群司令から圧力は受けてないから安心しろ、長浦。」

 ざわついていた周囲の声も、そこかしこから、「なんだぁ」とか「心配して損した」という物が混じり、次第に収束していく。

 そして顔を真っ赤にした長浦だけが、周囲の空気から取り残される形になった。

 「まぁ、そう言う訳だ。長浦にとって群司令は身内だから、そう思ったのかわからない。けどなぁ、長浦群司令はそんな事が出来る人じゃないから安心しろ。ですよね、艦長?」

 後ろにいる艦長に向かって、同意を求める副長。

 「副長の言うとおり、私も2年ほど一緒に仕事させていただいたが、気持ちよく仕事をさせてもらったよ。だから、安心して自分の仕事に戻りなさい、長浦船務士。」

 釈然としない気持ちは残るが、輸送艦『いわしろ』のトップとナンバー2である、艦長と副長から言われ、「お騒がせして申し訳ありませんでした」とやっとの思いで口に出すと、10度の敬礼をして、艦橋から出て行った。

 副長はやれやれといった表情を浮かべたあと、作業の進捗状況を担当の士官に確認をする。陸上自衛隊の車両の搭載は、『とさ』の方は全て終わり、『いわしろ』も後10台位で終了すると報告を受け、それを艦長に報告する。

 それから平行して行われていた、物資の積み込みも順調に進み、気付けばまもなく日没の時刻が迫っている。

 そこかしこから、信号ラッパを練習する音が聞こえ始め、各艦艇の艦尾には、手が空いた者から集まりだした。

 「まもなく5分前!」

 護衛艦や輸送艦、地上の建物から各々放送が流れ、日没5分前を告げる。

 そして、日没の時刻を迎え、君が代が建物から放送で、各艦艇からは、一般の人には馴染みのない、信号ラッパ用の独特な君が代が聞こえ、国旗と自衛艦旗の降下が行われる。

 なお、信号ラッパはトランペットに形状は似ているが、音階を変えるボタンなどがないため、必然的に出せない音階もあり、そのため独特な君が代が演奏されることになる。

 その君が代を吹鳴中は、自衛隊員達は不動の姿勢で、自衛艦旗や国旗に向かうのだが、それは集まっている隊員達だけでなく、艦内や建屋内で作業中の隊員達も例外ではなく、危険な作業中でない限り事務作業中であろうと、廊下や基地構内を歩いていようと、手や足を止め、一番近い国旗や自衛艦旗に正対し、不動の姿勢をとるのである。

 放送や信号ラッパの君が代が終了すると、終了の信号ラッパが鳴らされ、今まで直立不動だった隊員達も、それぞれの続きの作業や、持ち場に戻ったりし始めている。

 他の艦艇の乗員達は課業の終了もあり、リラックスした雰囲気になるのだが、これから北海道への移動する艦達、あえて言うなら『北方転地護衛艦隊』は出航の時刻がせまり慌ただしさが増している。

 旗艦『とさ』には『いわみ』、『てるづき』、『ゆうだち』、『いわしろ』の各艦の進捗状況が報告され、いよいよ出航の準備が整った。

 「出航用意ヨーイ!」

 『いわみ』と『てるづき』から艦橋にいる隊員の威勢の良い声に続き、出航用の信号ラッパがスピーカーから聞こえると、それぞれの艦尾側の繋留用のロープが収納されていく。

 そして、艦首側の繋留用ロープが解き放たれると、離岸が進む。そしてそれを受け、『ゆうだち』と『いわしろ』から、『いわみ』『てるづき』と同様に「出航用意」のかけ声と、信号ラッパが聞こえてくる。

 2艦の準備が進む中、『てるづき』はすでに沖に向かって警戒しながらゆっくり進み、『いわみ』は曳舟によって180度回転されている最中、『とさ』からも出航用意と信号ラッパが聞こえる。

 そして『ゆうだち』と『いわしろ』がある程度離岸すると、『とさ』もようやく艦尾の繋留用ロープが解き放たれており、艦首のロープが、今解き放たれようとしている。

 『てるづき』が会合予定場所に間もなく到着する頃、後方から『いわみ』が、その後を『いわしろ』、『ゆうだち』が続き、『とさ』も曳舟による180度回転を終えているところである。

 「なあ、副長?長浦船務士は大丈夫だったか?」

 『いわしろ』が間もなく会合予定場所に到着という時、ふと、副長に声をかけた。

 「はい、しばらくは元気が無いようでしたが、出航前にはいつも通りになったと船務長から聞きました。」

 「そうか・・・。私の家族は皆民間だから、こういう時の『3代目』の気持ちが、わからなくてな。」

 近くに見えてきた、先に到着している『てるづき』『いわみ』を見やりながらも、遠くを見ているような目をする艦長。

 「私もです。兄は空自で、妹は陸自の予備自ですが、海自ここには誰もいませんから、わかりかねます。」

 予備自衛官とは、普段は会社に勤めたりしながら、定期訓練をする自衛官である。有事の際は召集され、後方支援を中心として活動する者達である。

 予備自衛官には2種類あり、まずは通常の予備自衛官。一般からは予備自衛官補を経て、元自衛官で一年以上の勤務者はそのまま予備自衛官として任用される。

 階級は例えば“予備2等陸士”など、階級の前に“予備”がつく。

 それに対しもう一つの、即応予備自衛官は元自衛官であり、即応性が求められるため、年間の訓練日数は予備自衛官よりも多くなっている。

 階級は、例えば退官前に3曹だった場合、“即応予備3等陸曹”などとなる。

 「まして、長浦は“サラブレッド”だからな。確か、群司令のお父上も海軍から海自だそうだったし、奥さんのお兄さんとお父上も元海自だったらしいしな。」

 「正に海自に入るべくして入った・・・ですか?艦長」

 「船務長も言ってたよ。どう接したらいいのか?ってね。彼も苦労性だからね。」

 少し離れた所にいる船務長を見やる二人。

 ふと腕時計を見た艦長は、艦首に正対する。

 「さて、仕事再開だ、副長。遊んでいると、仕事している皆に怒られるからな。」

 「はい、艦長。」

 一呼吸おいて、命令を下す艦長。

 「両舷停止!進路そのまま!」

 「両舷停止!進路そのまま!宜候ヨーソロー!」

 艦長の号令に答える下士官達。速度を落とすべくスクリューを停止させ、会合場所での艦の停止に備える。

 辺りは暗くなり、代わりに艦の灯りだけが薄明かるく見える。

 『ゆうだち』と『とさ』も間もなく到着し、陣形を整えながら、『北方転地護衛艦隊』は一路北海道に向け移動を開始した。

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