ウエザーさんの瓶詰め  [ファンタジー][幻想]

 お天気の瓶を買ってみることにした。急坂の町に似合って、階段下のスペースを活かした小部屋みたいな風情のお店だった。私は初めて来たのだけれど、湿っぽくて薄暗い、すべて木造の店内は、嫌な感じよりも、子供の頃に探検した屋根裏や納屋のような、柔らかい記憶の匂いがして好きになった。

「おや見ない顔だ、ここは初めてだね?」歩く幅しかない狭いお店の、片側にあるカウンターの中から、お婆さんが声をかけてくる。友達に紹介されて来たんです、と言うと、お婆さん――店主のウエザーさんは口だけでにやっと笑った。「あたしの自慢の瓶詰め、見ておくれ」

 ウエザーさんが店の奥に身体を寄せると、背後の棚に並べてあった瓶詰めがよく見えるようになった。私が片手で持つのはツラい程度の大きな瓶に、様々なお天気が詰められていた。

「眺めてよし、使ってもよし。よく見たければ言いな、取ってやるからね」

 私は晴天と雷雨を取ってもらった。雷雨は大海原の嵐で、下の方は海が荒れている。波のうねりに抗うように、小さな船が揺れていて、その中には海水を外に掻き出している人影まで。うわぁ、すごい。細かいなぁ。稲光が輝いて、かすかに雷鳴すら聞こえてくる。大きな音だと近所迷惑だし、寝付けなくなりそうだから、ちゃんと配慮されていることにも感心した。

 快晴の方は、緑深い山に囲まれた湖が舞台になっている。湖面は静かで透明で、底の地形まで見通せそう。でも霞のようなものもたゆたっていて、春らしさを感じる。太陽は瓶の蓋にくっつくくらいの高さで、角度によっては外から見ている私までまぶしくなってしまう。

 他の天気もいくつか見せてもらった。どれも作りが細やかで、どれも欲しくなってしまったけれど、初心者にもお勧めだという春の小雨の瓶詰めを買って帰ることにした。ウエザーさんが言うには、晴れはやっぱりまぶしいのが難なので、気分が滅入るほどでもない小雨くらいで、天気の瓶詰めに慣れることから始めるのがいいそうだ。

「ありがとうございました」私は浮き立った気分でお店を出たのだけれど、普段ない荷物を入れた自転車は、案外と乗りづらいものだった。ほんの一漕ぎしただけでバランスを失った私は、急坂の石畳に滑って転んでしまったのだった。せっかくの瓶詰めはパリンと音を立ててしまい、たちまち私の周りだけ、まるで私が雨の瓶に閉じ込められたみたいに、冷たいほどではない小雨がしとしと降り始めた。せっかく買ったばかりの春の雨なのに、ぜんぶ零してしまうなんて。項垂れながら自転車を立てていると、ウエザーさんが瓶詰めを抱えてお店から姿を現した。まだ雨に降られ続ける私を見て、心底から呆れたような顔をした。

「酷い有様じゃないか。ほら、この小春日和の瓶をやるから、蓋を開けてごらん」

 言われたように蓋を開けると、柔らかい白い日差しの太陽がふらりと瓶から浮かび上がってきて、私の周りの春雨に打たれて溶け合い、蜃気楼のように揺らめく。太陽は溶けるように消え、雨がやみ、頭上に小さな雲が少し残った。お天気って、混ぜたり出来るんだなぁ。

 ウエザーさんにお礼を言って新しい瓶を買い直したのだが、時折、顔の辺りまで雲が降りてきて私の邪魔をする。このお天気は一日くらいは続くのだそうだ。困ったものだ。




     ―了―

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