色彩の創術士《ソーサルティア》

小鳥遊空生

夢へと誘いし混沌の蒼茫

episode1

吹き抜ける爽やかな風。


青々と茂った広大な草原。


風に揺れる沢山の木々の葉。


色鮮やかに咲き誇る名も無き花々。


透き通る蒼茫たる大海原。



――ふと目の前に広がる見慣れぬ光景に私は身震いをした。

ここは何処なのかな?

遠くに見えるのは洋風なお城?

遠い位置から見てるが巨大な城というのがここからでもわかる。



……でも、これは明らかに夢だってのは理解できた。



だって、私は「日本」に住んでいるから。



日本にはこんな広い草原や洋風なお城なんてないし、ましてや私が住む地域には絶対ない風景である。



すると、ふと視界の中にまるでモンゴルの遊牧民を思わせる服装の人が歩いてきた。


その人はいきなり右手の人差し指を掲げ始める。私はその指に視線を集中させると……


キィィンという甲高い音と共に、瞬時に辺りが真っ白になっていった。



言葉の通り、輪郭以外が白くなった。



何故か、全ての色が消え失せていた――――






ゴツンっ!



……ゴツン?


その音に驚き、瞳をパチリと開く。


「痛い……」


鈍い音の招待は、少女がベッドから転げ落ちた時に頭を打った物のようだ。少女は強打した後頭部を摩りながら反転した世界を元に戻す。


辺りを見回すと、なんてことはない見慣れた自室が視界に入った。まだ眠そうにトロンとした目で、枕元に置いといた白い携帯を手にしパカッと軽い音を響かせ開いてみた。


「七時……か」


現在の時刻を確認し、ため息まじりに携帯を枕元に投げ勢いよく立ち上がる。そのまま前方へ歩み、窓にかかった赤チェックのカーテンを思いっきり開き、燦々と照らす太陽の光を身体中に浴びせネコのようにうーんと伸びをした。


「うん、今日も快晴!気持ちがいいね!」


日光のおかげで目が覚めたのか、しっかりと開いた少女の瞳は黒いが光に照らされうっすら灰色に見える。まだボザボサとした栗毛の髪を指で軽く梳かした。すると部屋の扉から遠慮がちなノックが飛び込んできた。


緋菜ひな? 起きたのー?」


そう言い、少女――緋菜の部屋の扉を勢い良く開けられた。声の主は腰辺りまで伸ばした明るい栗毛の髪を緩く纏めている彼女の母親であった。黒のエプロンを翻し中に入って緋菜の顔を覗く。


「あら、今日は寝坊しなかったのね」

「そりゃあね! 授業初日から遅刻したらピンチだもん! ってか着替えるから閉めて」

「はいはい。早く降りてきなさいね」


扉が閉まったのを確認すると、緋菜は黒のクローゼットから真新しい制服がかかったハンガーを取り出す。白いYシャツをパンと叩いてから着込み、紺のハイソックスと赤いチェックのプリーツスカートを穿き、スカートをちょっと折り上げる。


パリッとしたベージュ色のブレザーに腕を通して、最後に襟元にお気に入りの真っ赤なリボンをキュッと絞める。


「……よしっ。おっと、カバンカバンっと」


姿見でおかしい所がないか簡単にチェックしてから、真新しい茶色のカバンを手にして部屋を勢いよく出た。


軽快に階段を降り、ダイニングに入っていく。


「おはよー!」

「おはよう、緋菜」


ダイニングに入ってきた緋菜を迎えたのは、濃紺のスーツに身を包み、深く黒い髪をオールバックにしている彼女の父親であった。経済新聞を読みながら、コーヒーを啜っている。


「よぅ、緋菜。今日は寝坊しなかったんだなー」


緋菜が自分の席にカバンを置くと、隣に座っていた緋菜とは似ても似つかない黒くボサボサとした髪の少年がニヤニヤしながら朝ご飯のウィンナーをフォークに刺す。


海威かい……」


すると緋菜の顔は恐ろしい形相に変化し、少年――海威の頭を鷲掴みにし、指に力を入れる。


「大きなお世話よ! それに姉を呼び捨てにしないっ!」

「いててっ! な、何すんだよ! バカヒナ!」


緋菜は「なっ!」と呟き、更に顔を歪める。そして海威は舌を出して、敢えて挑発してきた。


「二人ともやめなさい! ……緋菜。もう高校生なんだから、少しは大人になりなさい!」


母親が二人の間に割って入り、叱りつけてきた。


「は……はーい」


緋菜は納得のいかないような表情を浮かべ、ぶーたれながら返事をする。


「ひひひ。御愁傷様だね、お・ね・え・さ・ま」

「あなたもよ? 海威。小学6年になったんだから、落ち着きを覚えなさい」


母親の叱責は、海威にも当然向けられていた。


「ほらほら、お喋りはそこまでにして。せっかく早起きしたのに、早く食べないと遅刻しちゃうぞ?」

「あ! ほ、本当だ!」


父親の助け船で、母親のお叱りから逃げられた海威。母親は「もう」とため息をついて、空いてる席に座る。


そう何を隠そう、母親は説教になると時間も忘れ、我を忘れて叱り通すという嫌な癖の持ち主なのだ。父親もそれをわかった上で止めてくれたのだ。母親のスイッチが入らないうちに、と。


(海威め……命拾いしたね)


海威にニヤリとイヤな笑いを送り、ちょっと冷めた目玉焼きにフォークを入れる

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