第8話

「伝統あるって聞いて、でっかいとは想像してたけど……」


「まさかここまでなんて……」



ヴァンフォーレ魔術学院への長い旅路を越えた優也達は、乗ってきた馬車を降り、豪勢な門の前に立っていた。ちなみに今回の優也は大人しくクッションを貰った為、尻へのダメージは最小限に収まっている。やはり見栄を張ってもろくな事がないと学習したのだろう。


見上げるほどに巨大な門は、まさに学校の権威を表していると言えよう。唯一驚いていないパルメニアは、優也たちのリアクションを見てクスリと笑った。



「驚きですか?」


「あ、ああ。こんなに大きな門だとは思ってなくてさ……」


「学校一つにこの大きさ……よっぽどすごい学園なのね」


「大体……私六人分……?」



思わず声が出るほどの重々しい威容に、さらに奥にそびえ立っている学園とおぼしき場所。説明されなければここが一国の城だと言われてもおかしくないほどの巨大さだ。実際、ここへたどり着く前に見たヴァンフォーレ公国の城と比べても遜色あるかどうか。さすがにロタリア王国の城と比べてしまえば差はあるが、一つの学院として見れば随分なものだろう。



「いくら伝統ある学院っていってもこれは……大きすぎないか?」


「やはり生徒数が多いので。学年にして十は超えているらしいですよ? そのうえ全員住み込みときてはそれなりの敷地も必要なのでしょう」



なるほど、と頷く優也。そんな大きな学院に自分たちが短期間とはいえ入れるのだ。自然と身も引き締まる―



「ちょ、ちょっと優芽!? 何してるのよ!?」


「? 門があったら超えるものじゃないの?」


「そんな訳ないでしょう!!」



……そんなことは無いようだ。一つ溜め息をついた優也は、苦笑いをしているパルメニアに一つ断りを入れると、雅と共に優芽を止めにかかった。



「優芽ー!! 危ないから降りてこーい!!」


「なぜ私が門を超えるのか……なぜならそこに門があるから……」



駄目だ。完全に声が届いていない。せめて彼女が落ちたときに備えて下で待機しようと考え、真下に陣取った優也であったが……



「……!?」


「ちょっと優也? どうしたの……って!?」



同時に見上げた雅も驚きの声を上げる。それもそのはずだ。



「んしょ、んしょ……」



―優芽はスカートを履いている。そして優也達はその下に。そうなれば必然的に何が起こったのかは想像がつくだろう。あえて多くは語らない。


ただひとつ言えることは、優也の視界には白が映り込んでいたということだけである。



「ゆ、優也!! あんたは目を瞑ってなさい!!」


「グヘェ!? 目が、目がぁ!!」



雅からの鋭い目潰しがクリーンヒットし、どこぞの大佐ばりに転げ回る優也。そんな下界の様子をちらりと見下ろした優芽は、



「……なんだ、パンツか」



興味無さげにそう呟いた。



「あんたも少しは気にしなさい!!」



雅の怒声が青空に響き渡る。



「……いつもの風景ですねぇ」



パルメニアはもはや馴染んでいた。


まさにカオスである。




◆◇◆




「……知らない天井だ」



未だズキズキと痛む頭を押さえつつ、定番の台詞を呟く。うん。人生で一度は言ってみたい台詞を言うことが出来て満足です。


どうやら自分は、気を失っている間に保健室のような場所に写されたようだ。やや硬めのベッドが背中に響く。思い返せば修行してた頃も気絶してはこんな感じで目覚めてたな。



「入学式どうなったんだろうか……」



あのいけ好かないやつとのバトルをおっぱじめようとした所でアリサに妨害された所まで覚えているのだが……それにしてもあの金髪。俺につっかかってくる必要など無かっただろうに、何故キレられたのだろうか。あれが無ければアリサからの心象が悪くなることもなくなり、今頃はキャッキャウフフと出来ていたであろうに。やはりイケメンは敵なのか。悪なのか。ならば滅ぼさねばならぬまい。そして俺以外のイケメンを屠れば必然的に俺がイケメンに……。


叶わぬ夢に唸っていると、隣から聞き覚えのある声が掛けられる。



「……フン、何を気持ち悪い顔をしている。寝起きに気分の悪くなるものを見せるな」


「あん?」



声の方向に振り向くと、なんと先程の金髪が上体を起こしてこちらを睨み付けているではないか。



「な、なんでお前がここに!?」


「別に私がどこにいようが私の勝手だろう。なにか文句があるのなら、貴様が出ていけば良い話だ」


「この、言わせておけば……!!」



再び口論がヒートアップしそうになったその時。



「お二人とも、その辺りにしておいたらどうですの?」



涼やかな声が保健室に響く。声の主を確認するまでもない、この声はアリサだ。



「アリサ! 入学式は終わったのか?」


「ええ、とうの昔に。今は新入生に向けての説明会を各クラスで行っていますわ」



そんな説明会を放ってまで俺を見舞ってくれているなんて……これは間違いなく脈ありだな。



「……何を考えているか知りませんが、多分違うと思いますわよ。私は校長室にて少々説明を受けていた物でして」



ポッキリと折れた心とフラグ。二つに増えた分痛みも倍増だ。そんな俺を尻目にアリスは金髪へ話しかける。



「そういえばあなたの名前を聞いていませんでしたわね。お名前はなんと?」


「……リノリスだ。家名は伏せさせてもらう」



ぶっきらぼうに返事をする金髪。なるほど、リノリスというのか。いけ好かない性格の割には良い名前だ。


それにしても家名を語らないとは……最早なにかあったと自分から言っているようなものだ。家名は伏せるなんて言わなければいいのに。まあ、本人のプライドの高さや意識の高さを見ると、平民のふりなど到底出来たものでは無いだろうが。



「そ、そうですの……」


「……」



ほーれ見ろ、空気が微妙になっただろ。アリサもやっちまったっていう顔してるだろ。初対面の奴の自虐ネタが一番扱い辛いんだよ。わかったらこれからはやめておこうな。経験者からの忠告だぞ。



「ほら、今はそんなこといいから。とりあえず各々のクラスに向かおうぜ」


「そ、そうですわね」


「……」



アリサが助かったという表情でこちらを見てくる。リノリスは無表情だ。愛想わりぃな。



「でもアキラさん? たしか貴方はクラスがまだわかっていない筈では?」


「そうなんだよなぁ……どうすっかなぁ」



頭をガリガリと掻く。サーシャの手紙になんか書いてねぇかなぁ

と懐に手を伸ばした瞬間、そこであることを思い出した。



「……あ」


「どうしましたの?」


「……紹介状渡すの忘れてた」



ヒュウ、と冷たい風が吹いた気がした。

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