「明希の適性検査」~その1~

 滑り出した箱はなめらかに進んでゆく、かなり速いはずなのに揺れどころか、騒音すら感じられない。明希は驚いた。一世紀と半分前くらいに実用化されたときは酷い騒音と乗り心地だったらしい。


 「すごいですね、地下にこんなものがあるなんて」明希は目を見開いて言った。


 「すごいでしょ、これが火星の日本基礎地盤地下には張り巡らされているのよ。お陰で移動には苦労しないの」珠樹はそう説明した。


 箱についた小さな窓から見えるトンネル内の景色は酷く殺風景で、時折流れてくる搬入中の器材等が車窓に映るのみだ。五分ほど二人はそんな景色を眺めていた。


 『もう国連軍本部ですよ』珠樹の情報端末スクリーンから声が響く。箱は加速を止めてゆるやかに速度を落とし始めた。


 「はいはい、分かったわよ」箱が徐行に入るや否や、珠樹は手早くハーネスを外して身なりを整えた。明希もそれに続けて身なりを整える。箱が完全に停止すると、二人はトンネルの外に出た。


 明希が辺りを見回すと、そこは既に建物の中だった。どうやら直通でになっていたらしい。明希がそう考えていると、珠樹が声をかけた。


 「こっちがエレベーターよ」五階のパネルを押す珠樹、すぐにシュミレーターのある五階に着いた。


 「今回の適性検査はシュミレーターを使って行うけど、軍仕様だからパイロットスーツを着ることをおすすめするわ」珠樹はそう言って明希をロッカールームに案内した。


 火器管制官用の個人用ディスプレイを内蔵したヘルメットに対Gスーツ、装具の入ったジャケットを着込む明希。ふと鏡を見ると、いかにも軍のパイロットに見える自分の姿が映っている。嬉しくなった明希はそのまま小躍りした。


 「適性検査は模擬戦形式で、AIに合わせて火器管制を行うの。その相手は私が努めるわ」珠樹も装具を備えて言った。


 「よろしくお願いします」明希は返事を一つすると、珠樹の指示でシュミレーターに向かった。軍用だけあってガスシリンダーやアームの数も多く、複雑な機動で発生するあらゆる負荷を再現することが出来るようになっている。明希はハッチを開けてサブシートに座った。


 自動でOSが立ち上がり、全周囲モニターがフィールドの様子を映し出した。瓦礫の多い市街地のようだ。恐らく、気兼ねせずに戦えるだろう。前のシートも一応覗いてみたが、案の定人がおらず、中央のディスプレイには『AUTO PILOT 』の文字が点灯していた。


 模擬戦が始まる前に、明希はセンサーや照準器の感度や位置、測距装置の操作系統をもう一度確かめた。AF-6のマークが入っている辺り、どうやら学校の軍事教練で使っているシリーズよりも進んだシステムを採用しているらしい、少し手間取りそうだ。そう思ってから明希はヘルメットのバイザーを下げた。


 バイザーが閉まると、内部に火器管制用のモニターが立ち上がった。ロックオンカーソルが中央で静止している。


 「準備はいい? 」珠樹の声が明希のヘルメットの中に響いた。


 「用意は出来たんですけど……AIに合わせるのは初めてなので心配です」


 「心配なんてする必要ないわ、五分で慣れるわよ、こんなの」AIには昨日の戦闘でとれた篠宮くんの空間機動特性データと、現在隣のシュミレータールームで記録しているデータをリアルタイムでフィードバックしているから、実質AIに合わせると言うより、篠宮くんに合わせるんだけど……珠樹はそう知っていたが、黙っておいた。


 つまるところ、この適性検査は奏志にとってはパイロット、明希にとっては火器管制官としてのを調べるだけでなく、二人の適性、もといを確かめるものでもあったのだ。


 「それじゃあ、そろそろ開始するわよ」


 「……はい」明希が返事をするのと同時に、シュミレーターのモードがアクティブに切り替わる──


 


 


 

 


 


 




 


 


 

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