第4話

 ───そして、僕が飛鳥さんの秘密を、知る日がやってきた。




 桜の花は既に散り果てた、四月も下旬に差し掛かった頃だった。みなだいぶ学校にも慣れ、授業もみっちり本格的になってきていた。


 その日の授業が終わり、SHRショートホームルームも済んでみながどやどやと教室を去っていく中、僕と飛鳥さんは担任に呼び止められた。


 「えーっと、友納くん、飛鳥さん、ちょっと残って。あなたたち、部活の入部希望届、まだ出してないでしょう」


 文武両道を謳う南高では、部活動も学業の一環と位置づけられていて、何らかの部活に必ず入らなくてはならない。一年生はまだ仮入部期間だけれど、正式に各部に入部届を出す前に、実際にどの部活に入部するかとは関係なく、まずその「希望届」を、第三希望まで書いて提出する必要があった。


 希望の多い部は、仮入部者や見学者の人数を絞る調整を行ったり、入部自体が抽選になったりするためだ。本当は、入学直後の部活動説明会の翌日には出さなければならないものだったが、僕らは提出していなかった。


 「提出必須ですか。希望する部活に入れなくなるかもしれない、ってだけでしょう」


 尋ねてみると、担任の返事はこうだった。


 「最終的に統計を取るんですって、だから、必須なの。私は六時くらいまでいるから、それまでに職員室に出しに来てくれる? 出すまで帰っちゃダメよ」


 担任が出ていくと、放課後の教室には、僕と飛鳥さんだけが残された。


 ふたりっきり……といえばロマンチックだが。


 「……めんどくせー……」


 飛鳥さんが希望届の用紙をひらひらと振りながら、どっかと自分の席に腰を下ろした。そして窓の外をぼんやりと眺めた。物憂げ……というより、単につまらなそうだった。


 南校舎二階の窓は、サッカーコートと陸上トラックが整備された大グラウンドに面している。各運動部が、新入生に見せつけるように張り切って声をあげていた。窓の下をやたらばかでかい声をあげてランニングする道着姿は……空手部か。


 「あー、うぜぇ。あんなん、ぜってームリ」


 「まぁ確かに、体育会系なヒエラルキーに染まった飛鳥さんなんて、想像つかないね」


 僕は、飛鳥さんの隣の席に勝手に腰を下ろして、相槌を打った。


 「入りたくないんだよねー、部活。どっか適当に幽霊部員になるしかないんだけどさぁ……入部したら、興味持ってるフリくらいはしなきゃダメじゃん? それさえ、メンドーだわ」


 飛鳥さんは変人ではあるが、学校生活に支障をきたさない程度のコミュニケーションはする。それを怠ると、さらに面倒ごとが起きて、本意でない振る舞いをさせられると承知しているからだ。変人なりの処世術といえる、が、それはそれで不本意には違いない。


 「友納は、何で出してないのさ」


 「飛鳥さんがどの部活に入るのか、確かめてからにしようと思って」


 「……あんた、ちょいちょいさらっとスゴいこと言うよね。何なんだい?」


 「けっこう本気なんだけど」


 「チョーシ狂うなぁ……」


 飛鳥さんは困った顔をして窓の方へ顔を背けた───そして何気なく白髪をかき上げた。女の子が会話中に髪に触れたら好意のサインとかいうが、飛鳥さんに限っていえばそれはただの無意味なしぐさで、単に話題を切り替えたいだけだろうと察せられた。それでも、一瞬見えたうなじに、僕はちょっとどきっとした。


 「どしたん? 友納」


 「いや……何でもない。それで、部活、どうする?」


 「んー、そーだなぁ、放課後、まったりする居場所は欲しいなー、とは思ってるんだよね。授業サボった後もさ、すぐ戻んの馬鹿らしいから、部室とかあると便利かな、って。友納、南高ウチでいちばんやる気がなくって、今にもつぶれそうで、部室を即乗っ取れちゃいそうな部って、どっかねぇの?」


 「知らないよ、そんなの……」


 部活動説明会のときに、生徒会が発行した、全部活を紹介する冊子をもらっている。索引のページを開いてみると、五〇近く並んでいた。


 「この中から適当に探すしかないね」


 「んー、……何か、どこも必死こいてやってそうなとこばっかだな。インターアクトってなんだっけ……」


 「ボランティア」


 「ぜってーイヤ……」


 索引のページと紹介のページを何度か見比べてみたが、まったく身が入っていない飛鳥さんからは、結論が出てきそうになかった。




 ───と。


 「あ」


 突然、飛鳥さんが立ち上がった。顔のにやつきが、深くなっている。


 授業を抜け出すときと、同じことが起きている、と察した。


 「ちょっと外出るわ。できたらさ、その紙、適当なこと書いて出しといてくんないかな」


 「待って!」


 身を翻して去っていこうとする飛鳥さんの手を、思わず後ろからつかんでいた。このときを、逃したくなかった。


 「え……」


 飛鳥さんが驚いて振り向いた。笑みが消え、本当に驚いていた。


 「僕も、連れていって欲しいんだ。君が行くところへ」


 「な……馬鹿! そんなこと……」


 飛鳥さんは僕の手をふりほどこうとした。だけど、僕は思いっきり力をこめて彼女の手を握った。決して、離されなかった。


 飛鳥さんの表情が一瞬、葛藤に満ちた。目を見開いて、口をへの字に結んで、何かに耐えるような。だが、最後には、すべてを振り切るようにこう叫んだ。


 「後でごちゃごちゃ騒ぐなよ、あんたの決断だからな!」


 次の瞬間。


 信ずべからざることが起きた。


 僕らは、見たこともない場所へ、瞬間移動したのだ。

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