第6話 休日、いつも通り

いつもの部屋に荷物を置くと、残っていた洗いざらしの手拭いを取り出し井戸へ向かう。


井戸には桶とたらいが立てかけてあったが、たらいだけを使う。


井戸は非常に深い。土地柄、深く掘らないと地下水脈まで到達しないのだ。


それでも俺は深い底の水へ意思を注ぐ。……あわてずゆっくりと、井戸に手をかざし、水へ意思を注ぐ。




それほど時間はかからず、かざした手に湿り気を感じる。


すぅーっと手をたらいにかざすと、弧を描いて井戸からたらいへ水が注がれていく。


八分目まで注がれた時点で手を井戸へ戻し、水への集中をきると手の感触が切れ、さらなる時間の経過とともに"じゃばーん"と水が落ちる音がした。


ようやっと旅の埃?汚れ?垢?を落とせそうだ。ここでぴしっと表現できたら格好つけれるのだが…勉強不足だ。誰かに使う前に調べておこう。


それ以前に身だしなみを清潔にせねば…いや、人並みの生活を味わうには、まずさっぱり身奇麗にして臨みたい。






たらいの水に意思を注ぎ、かざした両手にそれぞれ拳大の水を保持する。


それぞれの水をかき乱しつつ、頭にあてがって洗っていく。


そのうち渦巻いていく拳の水で念入りに頭を洗いおわると、水を下水溝へ流して行き、たらいから新たな水を補充する。


今度は縄状に水を変え、体を洗っていく。肌に縄状の水が流れていくが、肌着には浸みていかない。にもかかわらず、それぞれの関節部分、首周り、わきの下から背中を重点的に洗い排出。


水を換えて下半身もさっぱりする。こうして砂も汗汚れもさっぱりして、ようやっと夕飯にありつくのだった。







翌朝。いつも通りに目が覚める。


習慣というのはめんどくさい。ゆっくり寝ていていいのに身体は覚醒して行き、二度寝しようにもままならない。


あきらめて、顔を洗いに手拭い片手に井戸へ向かう。


「おはようございます、ヴィリュークさん。早いですね」パンの匂いの向こうからおかみさんが声をかけてくる。


「おはようさんです。……習慣なのか目が覚めちゃいましてね。ふぁぁぁぁぁ…」こんなだらけていられるのも街中だけだ。


ずりずりと足を引きずりながら井戸へ向かう。


「しゃっきりしたらいい男なのにねぇ。そこの水瓶、満タンにしてくれたら朝食一品追加しますよ」


なにやら発破をかけてくるおかみさんの言葉に視線を向けると、洗って伏せてある水瓶がひのふのみ?


「水瓶3つもあるじゃないか。トマト3つとは言わないが2つは追加して欲しいぞ」食堂を通過しなに、かご山盛りのトマトは確認済みだ。


「ん゛?寝ぼすけのくせに食い意地は張ってるのね……しかたない、それで手を打ちましょ」


「しょうだんせいりーつ」ひらひらっと手で合図する。





昨晩のように、水を縄状にして井戸から引っ張り出す。


あらかじめ起こしておいた水瓶へ、奥から順番に満たしていく。順番に井戸のほうへ戻っていき、最後にたらいに水を満たすと、井戸周りに水をこぼさぬように水縄をぐるりと回すとそのまま井戸へ放り込む。


もちろん井戸の壁に水が当たる音もさせず、水底に直接水を落としていくのだ。こうしたちょっとした操作が鍛錬につながっていく。


最後に水瓶へパタパタパタと、立てかけてあった蓋を閉じていく。


「おかみさーん、おわったよー。お茶いっぱいたのむよ」ずりずり。店に戻る。


「ありがとさーん、ほんとあんたは起き抜けはしゃきっとしないねぇ」おかみさんの苦笑している顔が目に浮かぶ、ふあぁぁぁ




途中で俺は顔を洗い忘れたのに気付き、井戸に戻っていった。

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