第8話 最上階の逡巡

 塔に近づくにつれて、彼の歩は鈍くなる。私はそれに会わせてペースを落とす。


「ナツさん、なんでシキをつれていくんですか?」

「私が死んだらすぐにあなたに起動して貰うためよ」


 あなたの背中を押すためとは言えず、私は微笑みながらそう口にした。


「そうですか」


 彼はそれっきりまた無言になり黙々と歩く。シキは私たちの歩みに会わせてゆったりと揺れた。






 塔につくと、彼は塔を見上げた。首が痛そうだ。


「思っていたよりずっと高いです」

「そうね。楽に死ねそうね」

「はい」

「苦しまないで済むのはとてもありがたいわ」

「苦しくない死なんてきっと無いですよ」

「今以上に苦しいことなんてきっと無いわ」


 私がそう言うと、彼は少し苦しげに私を睨んだ。


「ナツさん」

「なに?」

「笑わないでください」

「え?」

「苦しいのに、微笑まないで」


 その少し泣きそうな声音に私は驚く。


「あぁ、無意識だったわ」

「そうですか」

「ごめんなさい」

「いえ、いいんです」







 塔を上る。ただひたすらに。シキは、彼と代わる代わる担いだ。バケツリレーのようで少し楽しい。

 彼は汗をかいている。息も上がってきて辛そうだ。


「もう少しよ」

「その言葉、さっきも聞きましたよ」

「さっきよりも、もう少し」

「さっきより遠くなっていたら怖いです」

「そうね」



 最上階にたどり着くとそこには2つのカプセルがあった。このカプセルは強化ガラスで保護されており、無理矢理開いたりすることができない構造になっている。私と彼はそこにシキをいれて、バルコニーに出た。風がとても強く、夕日はすでに半分以上その姿を隠してしまっている。


「出番よ」

「わかってます」

「あなたには感謝しているわ」

「……はい」

「シキとアキとフユをよろしく頼むわね」

「…………はい」

「それじゃあお願い」

「……はい」


 私はそう言って柵から身を乗り出す。右から吹く風か強くて少し怖い。振り向くと彼は涙を流していた。



「ナツさん」

「なに?」

「僕にはやっぱりできません」















「僕にはやっぱりできません。お願いです。死なないで」

 僕がそういうとナツは、いつもの態度を変えることなく言った。


「あなたにしかできないのよ?」

「僕以外にもヒトはいます」

「それでも私はあなたがいいの」

「それでも僕にはできません。飛び降りろなんて言えません。ナツさんにしんでほしくありません。フユさんもアキさんもきっと同じ気持ちです」

「やめて。私はもう耐えられないの。死にたいの」

「生きてください。あなたがフユさんに言ったように」

「お願いよ。死なせて」



 情けないと、僕自信も思っている。今さら決意が揺らぐなんてナツに申し訳がない。


 ナツはため息をひとつついて口を開いた。その顔には微笑みが浮かんでいない。怒りも憎しみも呆れも浮かんでいない。ただ、柵の向こうから夕日が沈むのを眺めていた。


「こうなることは少し予想できていたの」

「え?」

「あなたは優しいから」

「…………」

「予想していたけれど、やはりショックね。少し一人にして」


 その言葉に僕は頷いて、カプセルの横を通り最上階と階段を繋ぐ扉を開けるとそれを潜り、音がならないように静かに閉めた。扉に背中を預ける。扉はひんやりとしてここちよかった。




 その五分後僕の視界は青い光に包まれた。

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