第31話 妖精狩り

  5  妖精狩り


「……くっ」


 ルピニアは弓を手放し、矢筒を肩から落とした。エルムも杖を床に捨てた。


「大変よろしい。最初からそうしていただければ、お互い楽でしたのにねえ」


「アトリをどうする気だ!」


 魔法に縛られたままのジャスパーが叫ぶ。


「そう大声を出さなくとも聞こえていますよ。耳はいいほうですからね。さて、どうするかと言われると少々迷いどころですが……まずは確認といきましょう」


 細目の男は腰を落とし、剣を突きつけたままアトリの襟首に手を伸ばした。

 身をよじるアトリを押さえつけ、ローブの首元を掴み刃を当てる。

 刃が背中の布を縦に裂いた。

 アトリが悲鳴を上げた。


 露になった白い背中には、薄緑色に輝く何かがあった。左右の肩甲骨の下辺りから、薄く平たい何かが二つ生えている。端の方はちぎられた布のように不規則な輪郭をしており、左右の形は不揃いだ。


 ジャスパーはちぎれた蝶の羽を連想した。

 背中に蝶のような羽を持つ、エルフに似た種族。

 思い当たるものが一つだけあった。


「……フェアリー」


 ルピニアが呆然とつぶやく。


 フェアリー。羽妖精とも呼ばれ、かつて妖精の代表格とされた古い種族。その最大の特徴が背中の羽だ。彼らはその羽に風の精霊の加護を受け、自在に空を飛ぶことができるという。


 いかなる理由によるものか、近年では彼らを見かけることすら稀になっており、ジャスパーも本物のフェアリーを目にするのは初めてだった。


「ひどいちぎり方をしたものです。ここまでされると粉が採れませんね」


 細目の男が呆れたように肩をすくめた。


「粉が採れたら死体でもよかったのですが、こうなると血に期待するしかありません。生きていてくれて本当に良かった」


 アトリの肩がびくりと震える。


「粉とか血とか、いったい何を――」


 問いかけたジャスパーも嫌な予感しかしなかった。


「妖精狩り。フェアリーの羽から粉を採って売る連中や。フェアリーが減ったんもこいつらのせいや」


 ルピニアが吐き捨てるように答えた。


「なかなか勉強している。もっとも、その粉がいくらで売れるかまではご存知ないでしょうねえ」


 細目の男は笑みを崩さない。


「魔法の触媒として優秀で、手に入れるのが困難な材料ですからね。五人分もあれば一生遊んで暮らせます。魅力的だと思いませんか。……まあ、このお嬢さんからは、いささか価値が劣る血をもらうしかありませんが」


 弾かれた杖に伸びたアトリの手を、細目の男が踏みつける。アトリの悲鳴が響いた。


「おとなしくしてください。手荒な真似はしたくありません。お嬢さんには当分の間、元気に血を生み出してもらわないといけませんからね。なに、少しずつですから心配は要りませんよ。半年かそこらはもつでしょう」


「てめえ……!」


 ジャスパーは歯を食いしばり、光る縄をちぎろうともがいた。拘束されているのは腿から上だ。膝から下は動くものの、立ち上がって歩くことはとてもできない。


「アトリに触るなクズ野郎! お前に比べたら吸血鬼のほうがまだマシだ!」


「はいはい。ちゃんと聞こえていますよ、安心してください。君には吸血鬼以下のクズ野郎がお友達をどうするか、しっかり見届けてもらいましょう」


「もうやめて! やめてください!」


 細目の男を見上げ、アトリが叫ぶ。


「わたしの血がほしいならあげます! せめてそのひとたちは助けてください!」


「それでも良かったのですがねえ。顔を見られてしまってはどうにも。表向き、妖精狩りは重犯罪ですので」


 細目の男は肩をすくめた。


「お嬢さんが無闇に逃げ回るからですよ。いくら逃げる力がほしくとも、あの司教に弟子入りしたのは間違いでしたねえ。冒険者にさえならなければ、こんなにお友達を巻き込むことはなかったでしょうに」


「あ……」


 アトリが蒼白になり、言葉を失った。


「……違う。逃げる力なんかじゃない」


 ジャスパーの脳裏に怪我をした五人の姿がよぎる。


 アトリは危険を背負う覚悟で彼らを助けようとした。自らの巻き添えになったかもしれない者たちを、見捨てることができなかったからだ。


 司教とやらが誰かは知らない。誰の弟子でも関係ない。アトリがほしかったものは、断じて逃げる力ではない。あの男に負けない、誰も巻き添えにしないための力だったはずだ。


「アトリをバカに――」


「ところで狩人さん。その脚、痛くないの?」


 場違いに軽い声が割って入った。

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