A5ヒトロイン

 顔を洗うところから私の1日は始まる。昨日の晩は電気を点けたまま眠ってしまったせいで目覚めはあまり良いものではなかった。寝癖を直し、服を全て脱ぎ、柔らかい肌にたっぷりとクリームを塗る。そのクリームがあちこちに付かないよう入念に粉をはたいてから、大きなソファに身を埋めた。

 小間使ツカイの用意した大きな桃はシャンデリアの明かりを受けきらきらと光っていて、指で摘んでもぬるりと逃げ出すほど瑞々しい。滑って落とさないよう慎重に口に運び、齧りつくと、じゅる、と音が鳴った。桃の繊維がぷつぷつと顎に触れ、ほどけて、喉の奥へと下っていく。

 座敷屋26階。裸のまま外に出て、吹き抜けに面した窓を覗き込むと、塵芥ちりあくたほど小さい人間が小蟻の様に蠢いている。手に持った桃をちゅっちゅと弄んでいると、向こう側から着物の老人が歩いてきた。


「あれ、随分と涼しそう」


「おはよう、わらび。お迎え?」


「いや、煙草を切らしてしまって。無くてもすぐ困ることはないけれど、如何せんこう歳を取ると暇なものでねえ」


「嘘ばっかり。昨日だって1階に出張ってたじゃない」


そういうと蕨は少しばかりばつの悪そうにしてお腹をさすった。


「昨日は大分残したのに、胃がしんどくって。いやだねえ」



 蕨と別れたのち、ぐるりと窓を一周回って桃を呑み込み、下を眺めるのも飽きた私は部屋に戻った。桃の汁でべたべたになった身体を洗いに風呂場へ向かう。蛇口を捻ると見る見るうちに浴室は湯気が充ち、肌がしっとりと潤むのがわかる。真っ白な浴槽にぽんぽんとオイルの詰まったカプセルを投げると、しばらくゆらゆらと漂ってから、白い軌跡を描いて底へ沈んでいった。洗面器にお湯を汲み、全身を大雑把に流してから湯船へ滑り込むと、まとわりつく様なとろりとした液体が心地よかった。


 昼。ツカイが用意した桃を食べる。朝よりも少し小さいかもしれない。右手で桃を握ったまま、風呂上がりのことことと湯だった身体に左の中指を滑らすと、摩擦を感じさせないほどにするすると柔らかい。絹の手触りだった。鎖骨から横っ腹につつつと触れ、ヘソの周りをくるりとなぞって、そっと乳房へと指を運ぶ。乳輪に沿って速度を落とし、その中心を指の腹で柔らかく擦ると、ぞくぞくと膝まで走る電流の様な快感に襲われた。くにくにと人差し指と親指でいたぶり、ふと思い立って右手の桃を押し付けると、人肌に温まりべちゃりと濡れたそれはまるで誰かの舌のようで、静かに興奮を覚えた。身体中に撫で付け、ぐちぐちと潰し、全身をぬめらせ次の桃へ手を伸ばす。空気に晒されていた新しい桃はまだひやりとしていて、刺すような刺激を肌に残した。ドラッグのようにより強い刺激を求めた私は、冷たい桃を一口嚙って吐き出すと、その欠片を熱く爛れた穴へぐいと押し込んだ。桃を孕む。異物感が下半身に心地いい。一口、また一口、と桃を腹に詰めていき、背徳感を快感に変え遊んでいる内に、私はいつの間にか蛙のような姿勢で仰向けになって、穴を両手でぱっくりと開いていた。

 皿を引き上げに来たツカイが、扉を開いてぎょっとしている。身の丈からしてそこそこの年齢だろう。手招きすると素直に寄って来た。


「ね、私の、ここ、とても甘いのよ」


舐めて、と囁くと数秒考え込んだ後、黒の頭巾を捲り上げ、ツカイはベッド脇に跪き、私の下半身をぐいと引き寄せ顔を近付けた。


「手を使ったらだめよ。舐めるくらいなら、数には入らないわ」


頭巾の中身はまだ若い女だった。ひと舐め、ふた舐めまでは恐る恐るといったふうだったが、それから先はまるで餌に食いつく犬のように汚い音を響かせながら、必死に舌を穴にねじ込み、中の桃を味わおうと必死に吸い付く。余程甘いものに飢えていたのだろう。


「んっ、んあっ、はあ、甘い……でしょう?」


こくこくと頷き、尚も激しく啜るその必死さが可笑しい。


「待て」


あっ、と泣きそうな顔でこちらを見る様子に哀れみさえ覚えた。そこで、少し腰を上げて穴に力を入れてやると、中から桃がぶりゅ、と汚らしい音を立て産まれた。桃と私の顔を交互に見て、乞うような視線を向ける。まだ、とおあずけをして、さらに2、3ひり出してから、よし、と言うと、律儀に手を使わずに桃に飛び付いた。その様子を眺めながら私は、残りの桃を潰すように穴の中に指を4本挿れ、ぐちょぐちょと搔き回した。


 夜。すっかりばかになった穴から桃をぼたぼたと垂れ流し風呂場へ向かう。コックを目一杯捻り、勢いよく噴き出すお湯を押し当て残りの桃を吐き出させた。新しく張り直した湯船に飛び込み、お湯をざんざんと溢れさせる。まだ中に残っていたらしい桃の欠片がひとつ出てきた。ぱしゃぱしゃと軽く濯いでから口に含めるが美味しくない。

 風呂から上がると、垂れ流した桃も乱れたベッドも全て綺麗に戻っていた。枕元には大きな皿に山盛りの桃が置いてある。3つほど無心のまま食べたが、食べながら船をこぐ始末で、残りの桃を諦めベッドに横たわった。空気に溶け込んでしまうような眠気にそのまま身を委ねた。

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