ポム・プリゾニエール
幼い頃から、屋敷の吹き抜けの真ん中に置かれた、大きな箱に詰められて生きておりました。首から上だけ出すことは出来ましたが、私は己の身体を未だ見たことがありません。
私は明日で二十歳になります。何やら少し大きなパーティーを開いていただけるとの事でした。今日のうちからお客様が多く来てくださって、小さなオルゴールやお花の髪飾りを次々と置いていきました。
「今日は随分と賑やかだね」
いつも親切にしてくださる、もう10年もの付き合いのお客様が髪を梳きながら言いました。
「明日で二十歳になるので、大人になるお祝いだそうです」
このお客様は10年間のうち、一度だって私に乱暴することはなく、週に2、3度訪れては、広間の大時計の針が犬を指す2時間の間、私の箱の上に座り、ずっとおしゃべりをしたり、時々お菓子を食べたりして過ごすのでした。
「ああ、知っているよ。おめでとう。僕も明日のパーティーには出席するよ」
三つ編みを長く編みながらお客様が言いました。そして、続けて、大事な事も言わないといけないね、とはにかみました。大事な事とは何か聞こうとしたのですが、ちょうどその時、プレゼントの中の大きなお花を頭に飾ろうとしたので、それは明日になってからと断り、そのままその事はすっかり頭から抜け落ちていました。犬の刻が終わる頃、また明日ね、と優しく頬を撫で、箱から降りてお帰りになってから聞き忘れた事をようやく思い出し、しかし、明日の楽しみに取っておこうと思いました。
お客様がお帰りになって、私を隠すカーテンが閉じられている間、箱を管理しているお医者様が来ましたので、ことの経緯をお話しすると、頭に被った無機質なお馬のお面を少し縦に揺らし、楽しみだな、と言いました。
「
梵鐘さんというのはこの座敷屋の大主の事ですので、その方が褒めているのですから、きっと大変に名誉な事なのでしょう。私はうれしくなって、お馬のお医者様の居る間中お話ししておりました。
明くる朝。私は話し疲れて眠ってしまったようで、気が付いたら目の前にはたくさんの机と椅子が並べられ、それぞれの机にはちろちろと蝋燭が置かれ、白いお花がたくさん飾ってありました。私の詰まっている箱は真っ白な布に覆われ、ひらひらのレースをたくさん付けて、頭には薄いヴェールを乗せられており、まるでお姫様になったような心地でした。
お客様が続々とお見えになり、長くお付き合いのあるあの方もいらっしゃいました。真っ白なスーツを着て、スーツとは対照的な赤い薔薇の花束を抱えておりました。そうしてしばらくの歓談ののち、あの方が私の箱の前に立ちました。すると箱を照らす明かりが少し暗くなって、拡声器を使った声が屋敷中に響きわかりました。
「座敷屋にお越しの皆々様!本日は箱娘の誕生日にございます!そこで我々は、日頃の感謝と
紙袋を被った司会者が大げさな言い方でお客様を盛り上げました。私自身、箱の中身を知らないので、その中をお客様に暴くというのがどのような意味を持つのか、この時までは知らずにおりました。
「そして、こちらにいらっしゃいます――様が、本日より、苹果を引き請けるとのことで、これは式をも兼ねております。どうか皆様、ここに幸せな夫婦の誕生を、盛大な拍手で祝ってください」
何やら荘厳な音楽が流れ、拍手の中、ベールと一緒に箱の前板が外されました。
先程までの華やかで、幸せな空間は一変しました。あの方は花束を取り落とし、薔薇の上に吐き戻し、それから走って何処かへ行ってしまいました。会場にいる他のお客様の中には、同じようにゲーゲーと吐き戻す人もいれば、手を叩いて笑う人や、泣き崩れる方もいらっしゃいました。小便を漏らしている人もいます。あちこちから悲鳴や笑い声が聞こえ、それが止む頃には、再び箱が閉じられました。
その日以来、『犬の刻』は二度と来ることはありませんでした。これまで通り、色々なお客様が箱の上に立っては、糞尿や精液を飲ませたり、洗っていないそそを顔に押し付けたり、助走を付けて蹴飛ばしたり、犬の刻以外の時間が延々と続きました。
お馬のお医者様が箱の中身をぐちゅぐちゅとまさぐり、軋む歯車に油を注したり、溢れた肉を押し込むのを、あの日以来設置された鏡越しに眺めながら、私は、大事なことというのは何だったのか、あれこれと想像しては、いつまでも犬の刻を待ち続けるのでした。
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