*手にするものの姿

「どうしてお前ばかりがもてはやされる。どうしてみんな俺を見ない。お前の何が特別だというんだ。俺と何が違う!」

 彼が何を言っているのかナシェリオには解らなかった。現に、村ではラーファンは一番の人気者だった。ナシェリオはそのおかげで阻害されなかったようなものだ。

 けれども、ナシェリオは知らなかった。村人たちが真実、期待していたのはナシェリオであったことを──北の民の子であり、実際に彼の両親は村を守った。集落の住人たちは流れるその血に大きな期待をかけていた。

 元来の穏やかな性格が災いしたと言うべきか、ナシェリオは人々が向けている視線にはまるで気が付く事がなかった。

「復讐か」

 ラーファンが何を言っているのか解らないながらも、彼が何をしたいのかはその言動から充分に理解できた。

「復讐して何が悪い!」

 ナシェリオを鋭く睨み、黒い霊気オーラを放ちながらゆらりと立ち上がる。

「憎しみこそが力の源だ。怒りこそが強い力を生み出す」

 握りしめた拳を震わせ、己が得たものに悦びを感じているのか口角をいやしく歪めた。そしてふと無表情になり、無言で見つめるナシェリオに優しく微笑みかける。

「お前はずっと俺の傍にいてくれた。これからもそうしてほしい。俺の手を取れナシェリオ、そうすれば苦しまずに済む。お前を傷つけたくないんだ」

 ナシェリオは、暖かな声と共に再び差し出された手をじっと見やる。話を聞くまではラーファンと対立するつもりなど微塵もなかった。

 この手を取らなければそうなることは必定ひつじょうだ。されど、彼に従えばこの世界はどうなる?

 見栄で言っている訳でもなければ、それが虚言でもないことは彼が放つオーラから感じ取れる。ラーファンは紛れもなく強大な力を手に入れている。

 そしてその力は強烈な悪意をまとっている。

「君は本当に──」

「俺とお前ならば、程なくして世界を掌握できるだろう」

 ことごとく蹂躙せしめ、逆らうことがいかに愚かなのかをあらゆる存在に見せつけたのちにこの世を破壊し、新たな世界を創造するのだ。

 俺は世界の創造主となる。

「ラーファン!」

 恍惚と天を仰ぐ友に形容し難き災厄を感じ、考えるよりも先に抜いた剣を振り下ろす。ラーファンは赤い瞳をぎらつかせ、こうなると解っていたのか同じく剣を抜きそれを受け止めた。

「君は、何かを憎まなければこの世界を見ることが出来ないのか!?」

「何もかもを持っていた貴様が言うのか」

「なに?」

「剣も、魔法も、才能も、邪魔者すらいない貴様はどんなにか恵まれた存在だったか解るまい」

 俺が欲しかったもの一切をお前は持っている。なんと腹立たしいことか!

「邪魔者だって?」

「ことあるごとに俺のやることに反対し、あいつらは俺の出世の邪魔をする煙たい存在だった」

 ラーファンが両親を疎ましく思っていたことは知っていたけれど、そんな風に考えていたなんて──!?

「彼らがどれだけ君を心配し、君の死に嘆き悲しんだのか解らないのか!」

「俺はお前のように優しくはないからな」

 違う、優しいのは君だ。人間という存在を諦めなかったから、この世界の不条理と残酷な面を認められなかった、認めることが出来なかったから君は絶望した。

 村から出なければ、君は優しい世界のままで生きられた。

 けれど、君は自分の希望は全て叶えられると信じて止まなかった。世界は容易く変えられるほど優しくあるのだと思っていた。

 君はあまりに──優しすぎたんだ。

 それ故に心を砕かれ、絶望し、何かを憎まずにはいられなかったんだろう。だけれども、これは間違っている。

「憎むことは間違っている」

「当然だろう! 俺の全てを否定した世界など何の価値もあるものか」

 お前が力を得るごとに、暗い地の底で俺を殺した世界への復讐心は大きく膨らんでいった。

 どうして俺だけがこんな所で惨めにしていなくてはならないんだ。どうしてあいつはあんなにも輝いている。どいつもこいつも憎い。

「しかし見ろ。俺の願いは叶えられ、その力を手に入れた。ひれ伏し、赦しを請う人間どもの血を浴びて俺は高らかに笑ってやるのだ」

 狂ったような笑みを見せる友の姿にナシェリオはごくりと生唾を呑み込む。

 鬱屈した感情がようやく解放された事によるものなのか、これが本来のラーファンなのかナシェリオには計りかねた。

「本気なのか!?」

 君は、本気でそんなことを──!?

「だったらどうした」

 ラーファンは、一歩も退くことなく剣の力も緩まないナシェリオに相変わらずな奴だと口の中で舌打ちする。

 今のナシェリオにならば勝てる。さりとて、闘わずして引き込めるならその方が楽でいい。心の隙間に入り込むことが出来たなら、造作もなく懐柔かいじゅうできるだろう。

 ずっと俺の後ろをついてきたこいつが今更、俺に刃向かえるはずがない。こいつは堅固けんごだが、傷を開く方法を俺は知っている。

「いいことを教えてやろう」

 これから話す事柄にナシェリオがどんな反応をするのかと嬉しそうに口角を吊り上げた。

「プレオイシスはどうして暴れたんだろうなあ」

「……どういう意味だ」

 下卑た笑みに顔をしかめる。するとラーファンは、交えた剣に力を込めてナシェリオに顔を近づけた。

「お前の両親が死んだのには裏があったのさ」

 ナシェリオは耳元で紡がれた言葉にびくりと体を強ばらせた。あれが仕組まれたものだったというのか。

「先にお前に目を付けたのは冥王だ。冥王はお前を英雄にしたかったんじゃない、魔王とさせたかったのだ」

 その器は大いに闇を取り込むことが出来るだろう。ヴィテトエルはナシェリオを足がかりに、この世界を手に入れることを計画した。

 プレオイシスでは失敗したが、ドラゴンがラーファンを殺した事で冥王は歓喜した。ほんの小さな闇を心に灯せさえすればいい。

 そこからするりと手を伸ばし、じわりじわり心を支配してゆこう──人間は他の種族のなかで最も新しく、欲望の強い生き物だ。僅かなことで激しく心を揺らし、些細なことから物事を途方もなく大きくする。

「しかしお前は軟弱で、冥王の策略にはまるで乗ってこなかった」

 ドラゴンから受けた仕打ちに嘆きはすれど、そこから闇を生み出すまでには至らない。そんなナシェリオに冥王はいくばくの口惜しさを感じただろうか。

「冥王が、父と母を殺したというのか」

 それが本当であるなら、二人は私のせいで命を落としたのか。だからといって、どうして彼らが殺されなければならなかったんだ。

 私がこの器を有したのも偶然ならば、彼らが私を産んだのも偶然だ。それが運命だというのならばそれも仕方がないだろう。

 されど、冥王がプレオイシスを暴走させ、二人を死に追いやったことは運命ではない。ましてや己の野望のために小さき存在を利用するなど、それが神であった者のすることなのか。

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